第142話:ガイアと宝玉(1)

 王都を出てバエティカとルシタニアを回ったガイア達は、次にフイップという街に向かった。


 この街の近くにはいくつもの洞窟があることが知られていて、グラディウスの調べによればこれまでに三人が魔界からこの地に脱出してきたという。


 世界にはそういう場所がいくつかあるようで、教会の文献に残っている場所を一つずつまわり、情報収集をしながらセネカ達がひょっこり帰ってきていないか探る予定になっている。




 セネカとルキウスが魔界にのまれてから半年が経つ。

 その間、ガイア、マイオル、モフの三人で旅をしてきた。いくつか依頼も受けたけれど、このパーティのバランスは良いとは言えない。


 能力的にマイオルは前中衛でガイアとモフは後衛だ。そこでマイオルが一番前に出て戦っているのだけれど、三人の動きが噛み合わないことが多く、個人の力で解決してしまうことが増えていた。


 表面的にはマイオルもモフも元気そうだけれど、それぞれが割り切れない気持ちを抱えていることはガイアにも分かった。


 意外だったのはモフであった。

 いつも飄々としているのは間違いないのだが、時折無理気味な攻めを始めたり、距離を取りすぎたりと偏った動きをすることが思ったよりも多かった。


 モフはガーゴイルとの戦いでは常に効果的な動きを続けていたのにこのパーティになった途端にうまくいかなくなってしまった。


 本人も自覚があるようなのだけれど、うまく調整することができずに時間ばかりが過ぎて行く。




 マイオルは相変わらず厳しい訓練を続けている。街の外にいる時には流石に自重しているがひとたび安全な場所に着くと休む間もなく鍛錬に入る。


 その様子はモフも舌を巻くほどだが、冒険者学校にいた時と比べると身が入っていないようにガイアには見えていた。


 そんな二人と一緒に行動しながらガイアは考え続けていた。

 時間のある時には出来る限り戦闘の記憶を辿り、ノートに書き連ねている。


 あの時はああ動いた方が良かった。

 あの時こうしたらどうなっていただろうか。

 そんな反省と考察でノートはびっしりだった。


 正直行き詰まっている。

 マイオルやモフともっと話し合ってお互いの動きを調整した方が良いはずなのにガイアはそれを言い出すことができなかった。


 ガイアは自分のことを物怖じしない性格だと思っていた。だけど、そうではないのかもしれないと最近は思うようになった。


 何度も二人に戦い方を提案しようと思ったけれど、二人が自分と向き合って苦しんでいるのを見るたびに自分なんかが口を出して良いのだろうかという気持ちが湧いてくる。


「どうしたら良いのか分からないな」


 ガイアは一人で耐えることには慣れている。

 大抵のことは一人でできるし、どこにだって行けると思う。


 戦うのもうまくなった。

 今は【砲撃魔法】以外にも戦う術があって力を伸ばすことも難しく無くなった。


『月下の誓い』において一番独立心が強くて自立しているのはガイアだろう。

 でも、だからこそガイアは強く仲間を求めていた。

 一人で出来ることはたくさんある。だけど仲間がいればもっとたくさんのことが出来るようになる。


 他人がいることによって一人で出来ることが少なくなってしまうこともあるけれど、そんな抑制が心地よい時もある。


 そのことを誰よりもガイアは理解していた。


「これもある種の冒険だな⋯⋯」


 次に外に出た時には二人に話をしよう。

 ガイアはそう誓った。





 三日後、ガイアとマイオルとモフはフイップの冒険者ギルド支部にやってきた。


 銅級の三人パーティだということを受付の女性に手短に伝えたあと、良い依頼がないかと聞くと彼女はハッとした顔でガイアの顔を見た。


 あまりに凝視されたのでガイアはたまらず聞いた。


「あの、私に何かありましたか?」


「もしかしてあなたは『月下の誓い』のガイアさんではないでしょうか?」


「⋯⋯えぇ、そうですが、何故それを?」


「やっぱりそうだったんですね。三日前くらいからあなたのことを訪ねに来たという少年がおりまして――」


「私ですか⋯⋯?」


「はい。ピューロ様と名乗っておりました。15, 6歳の黒髪の子ですが、ご存知でしょうか」


「いえ⋯⋯初めて聞く名前です」


 ガイアが横を見るとマイオルは首を振っている。


「そ、そうでしたか。『月下の誓い』という同年代の三人組の冒険者がここにいるはずで、そのパーティのガイアという身長高めで切れ長の目をした黒髪の女性に用事があると言っていたのですが⋯⋯」


「やけに具体的ね」


 マイオルが言った。確かに詳しすぎる。


「僕たちがここにいるって知ってるのも怖くない? そんなに情報は広めていないよね?」


 そう言ったのはモフだ。


「私は家族に連絡したくらいだな」


「僕はおじいちゃんには手紙を送った。マイオルさんは?」


「私は学校の担任に伝えたわ」


 ガイア、モフ、マイオルが順番に言った。

 マイオルは休学中だがアッタロスの名前をここで出すのは良くないかもしれないのでそう表現したようだった。


「知らない人がそこまでの情報持ってるのって変だよね⋯⋯」


 モフが言うを聞いて受付嬢は顔をひきつらせた。


「不審者かもしれないので注意をお願いします」


 ガイアはそう言って苦笑いを浮かべるほかなかった。





 自分が誰かに追われているかもしれないという薄気味悪い情報を得たあと、ガイア達はとりあえず依頼を受けることにした。


 受付嬢には居場所を伝えないように丁寧にお願いしてあるので街にいるよりも安全かもしれない。


 三人はすぐに準備を整えてとある洞窟に向かった。その洞窟の周辺に生息するケペルという魔物の討伐が今回の依頼内容だ。


 ケペルは大きなリンゴに手足が生えたような魔物で見た目以上に堅い体表を持つ。


 肉弾戦が強い上に水の魔法を使うことが出来るので銅級上位の実力を持っていないと危険だとされる魔物だ。




 フイップを出てからは整備された大きな道が続いたけれど、しばらく歩くと少しずつ道が荒れ始めた。


 そろそろ魔物が出やすい領域だろうとガイアが考え始めた時、マイオルが【探知】を発動した。


「道を外れて進んだところにケペルがいるわね。目的地からそう離れてはいないし、この辺りから入ってしまいましょうか」


 ガイアとモフは頷いて、歩きながら戦闘の準備を整え始めた。


 三人で一緒にいる時、会話がないわけではない。むしろ最近食べた美味しいものの話や自分の好みのことなどの話になれば盛り上がる。


 ガイアは『決して仲が悪いわけではないのだけれどなぁ』と心の中でつぶやいた。良好な関係のはずなのに戦闘になると噛み合わないし、そのことを相談しにくい雰囲気がある。


 いつも視野の広いマイオルも周りに目が向かなくなっていて、飄々としていたモフも少し堪えているようにみえる。


 やはり自分が口火を切るしかないのだろうなとガイアは決心した。


「そろそろ敵が見えてくるわ。四匹いるから順番に倒していきましょう」


 そう言ってマイオルが敵に向かっていくのをガイアは見つめていた。

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