第143話:ガイアと宝玉(2)
ケペルを倒し終えた後、解体作業をしながらガイアは戦闘を振り返っていた。
序盤はうまくいっていた。
マイオルが先頭にいたケペルと戦い、ガイアとモフが他のケペルを抑えて戦況を整えていた。
しかしマイオルが一匹倒した後、急に連携が噛み合わなくなった。
そのズレは危機を招くようなものではなかったけれど、修正しようとすればするほど合わなくなり、ついにはマイオルが強引に攻めて魔物を片付けるしかなくなってしまった。
やはり言うしかない。
ガイアは意を決して声を出した。
「二人とも聞いてほしい」
自分の声が震えていることにガイアは気がついた。
マイオルとモフが手を止め自分に注目していてすごく言いづらい。
でも言わなければもっと酷いことになるような気がしてならなかった。
「戦いが上手くいってないのは二人も感じていると思う。そこで提案なんだが、マイオルとモフくんの位置を変えてみるというのはどうだろう」
「⋯⋯それは僕が前衛で、マイオルさんが後衛になるってこと?」
「そうだ。いま上手くいってないのは連携が噛み合ってないからだけど、マイオルが後ろに下がって指示に思考を避けるようになれば間違いなく改善する」
「でもそうなったらモフくんが大変じゃない?」
「前衛の負担はあると思う。だが、マイペースに動いてもらった方が力を発揮してもらえる気がするし、彼の動きはどちらかと言えばタンクのそれだ」
「⋯⋯そうなの?」
「あぁ、私は後ろで見ているからよく分かるんだ」
ガイアとマイオルがモフを見た。
「そうだねぇ。僕は基本的にルキウスと二人だったから純粋な後衛はあまり経験がないんだ。それに幼い頃から騎士団で剣を習っていたからそれなりには立ち回れると思うよぉ」
「そうだったんだ」
「伝えてなくてごめんなさい。人数の多いパーティだったら僕は後衛になるだろうから後ろで頑張ってみようと思っていたんだ」
「それ自体は間違っていないですが、ここまで来たらまずはお互いの連携を高める方を優先した方が良さそうです」
「ガイアの言う通りね」
「うん。ボクもそう思うよ!」
突然離れたところから声が聞こえてきた。
三人は一斉に武器を構えて声の主に突きつける。そこにいたのは黒髪の少年だった。
「二人とも気をつけて。さっきまでは何の反応もなかったのに【探知】にその人が突然現れたの」
動きを警戒しながらガイアは改めて少年を見た。
背はあまり高くなく、灰色の瞳をしているのが特徴的だった。
三人に攻撃されそうになっているのに少年は穏やかなまま薄く微笑みを浮かべている。
「良い反応だね。流石に訓練されているというのがよく分かるよ。言っても警戒を解くことはないと思うけれど、ボクはキミたちに攻撃する気はないから安心してね」
まるで今の状況を気にしていないかのような態度にガイアは気圧されそうになった。
「あなた何者よ」
剣呑な様子でマイオルが尋ねると少年はにっこり笑った。
「ボクの名前はピューロ。偽名なんだけどよろしくね」
「そんなので納得できるわけないじゃない!」
マイオルは剣を強く握り前に出ようとした。
だがそのとき、後ろにいたモフが声を上げた。
「待って!」
知り合ってから一番大きい声だったのでガイアもマイオルもモフの方を見た。
「⋯⋯灰色の目をした黒髪の冒険者に一人だけ心当たりがあるんだ」
モフはゆっくりと歩き、前に出てきた。
「ピューロ様、もし危害を加える気がないというのであればあなたの冒険者カードをお見せいただけないでしょうか」
突然モフが丁寧な態度に出たのでガイアは訝しく思った。
そんな風に接しなければならない少年がいただろうか。
「まさか⋯⋯」
思い至りガイアは目を見開いた。
マイオルは疑問を浮かべている。
三人の様子を眺めてから少年は口を開く。
「別に良いけれど、見せた後もボクのことは『ピューロ』って呼んでね? あんまり目立ちたくないんだよ」
そう言って少年は胸元から白く輝く冒険者カードを取り出した。
「それってまさか⋯⋯白金⋯⋯?」
「『放浪』のピュロン⋯⋯」
マイオルとモフが声を上げた。
目の前にいるのがこの世界で頂点の力を持つ冒険者だと判明し、ガイアの背筋は自然と伸びた。
「そうそう。『放浪』ってあんまり格好良くないよねぇ。ボクもゼノン様の『時空間の探究者』みたいなのが良かったのになぁ」
ピュロンは足元の小石を軽く蹴った。
その姿がその辺にいる普通の少年にしか見えずガイアはつい苦笑いを浮かべた。
「ピュロ⋯⋯ピューロ様が何故ここに?」
モフがおそるおそる聞くとピュロンはニカっと笑って答えた。
「ギルドで聞いていないかな? ボクは『月下の誓い』のガイアさんに会いに来たんだよ」
「わ、私に?」
「そうそう。キミたちこの前のスタンピードで活躍したでしょ? それで話を聞いていたら面白い魔法を使う子がいるっていうからさぁ」
ピュロンはガイアの方に一歩近づいた。
「ボクにキミの【砲撃魔法】を見せてくれないかな?」
思わず「はい」と言ってしまいそうになったけれど、ガイアは必死に抑えた。
いくら相手が白金級冒険者だといっても自分の生命線である魔法を簡単に見せることはできない。
影響力を考えると白金級だからこそ見せられないとすらガイアは感じていた。
ピュロンも返答があるとは思っていなかったのか一歩後ろに下がった。
「でもまぁボクのことを信用しきれないのは分かるから手紙を預かってきたんだ。これはマイオルさん。これはモフくん。これはガイアさんね。ぜひ読んでみてよ」
ピュロンが渡してきた手紙をガイアは開けて見た。
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ガイアさん
僕に【砲撃魔法】を見せてください。
ピュロン
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これはなんだろうとガイアが困惑しているとマイオルが「ムキー」と鳴いたような声を上げた。
「あたしはアッタロスさんからだったわ。あの人しか知らない情報が書かれてるから本人に間違いないわね。『ピュロンは表裏のないやつだから信用して恩を売っておけ』だってさ」
ちょっと早口だったので何か気に触ることが書いてあったのだろうとガイアは思った。
「僕はおじいちゃんからの手紙だったよ。詳しくは話せないけど偽造が不可能な印が入っているから間違いない。内容はマイオルさんとほぼ同じかな。僕はピュロン様を信用するよ」
マイオルはアッタロスからで、モフはグラディウスからだったようだ。
ガイアは思わず手元の手紙を見た。
「⋯⋯ごめんねぇ。二人と親しい人の手紙は手に入れられたんだけれど、ガイアさんのは伝手がなかったんだ。だけど一人だけないのもかわいそうだったからボクが書いたんだ」
「⋯⋯そうですか」
この白金級冒険者は思った以上に変わり者なのかもしれないとガイアは思った。
「二人が信用に足ると判断したら私も信じます。【砲撃魔法】を見せても良いですよ」
「その見返りにピューロ様はあたしたちに何を与えてくれますか?」
ガイアが承る意志を見せた途端にマイオルが差し込んだ。
「もちろんただでとは言わないよ。そうだなぁ、今日一日キミたちに付き合ってボクが助言してあげるというのはどうかな? スキルを見せて貰うのは今日の終わりか明日でも良いよ」
ガイアはマイオルを見て頷いた。
見返りと言ってはみたものの、銅級冒険者のスキルを見せるだけにしては破格の報酬だった。
「もちろん、ボクが期待した以上だったらもっとキミたちパーティを助けてあげるよ」
気前よくそう言ったピュロンを見て、ガイアは改めてこの話を受けることにした。
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お読みいただきありがとうございます!
主人公不在の時間が長くなってきましたのでこの章が終わるまで若干更新頻度をあげます。
五日に一度にしようと思いますので、よろしくお願いします。
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