第144話:ガイアと宝玉(3)

「モフくん、右側の敵を抑えて! あたしは前に出るからガイアはサポートお願い!」


 マイオルの声が辺りに響く。

 ガイア、マイオル、モフの三人はケペルの群れと戦闘を行っていた。


 戦線は安定しており、崩れる気配はない。

 隙のない連携で戦いを続けることができていた。


「モフくん! 最後の敵をお願い! 何かあったらフォローするから!」


 マイオルの声に従ってモフはケペルに接近し、円滑な動きでエストックを突き立てた。


「よし! 殲滅したわ!」


 マイオルがそう言って飛び跳ねるのをガイアは微笑ましく見ていた。





 戦いが終わると後方にいたピュロンが近づいて助言をくれる。


「やっぱりモフくんはマイペースに動いた方が良さそうだね。慣れてきたら距離のある仲間とも連携取れるようになると思うから今は前でタンクをしてみよう」


「分かりましたぁ」


「マイオルさんは前衛にいる時にも全体の動きに意識が行くのが特徴だね。個人で場を打開できる実力が付いてきたら化けると思うけれど、今は中衛で指揮をする方が良いね」


「はい!」


「ガイアさんはまだサポートする動きしか見てないけれど全く問題ないね。落ち着いているし、穴を潰す動きが良いと思ったよ」


「ありがとうございます」


「モフくん、この二人は多少無茶してもなんとかしてくれる実力があるから好きに動いて良いよ。破天荒な前衛に鍛えられているんだろうね、全体のバランスを取る力が異常に高くみえるから」


 何を始めるか分からないセネカ、状態異常攻撃に磨きがかかってきたプラウティアと比べるとモフの立ち回りは確かに落ち着いているとガイアは思った。


「まだまだ自由にしてくれて大丈夫よ!」


 同じことを思ったのかマイオルは胸を叩きながらそう言った。もしかしたら物足りないとすら思っているかもしれない。


「うんうん、それでこそパーティだよね。ボクは固定パーティで長く活動したことはないから羨ましく思うよ」


 それからガイアたちは日が傾くまでケペルを狩り続けた。


 解き放たれたモフが綿の弾力を使った高速戦闘を行ったり、綿爆弾を撒き散らしてマイオルを青ざめさせたりしたのはまた別のお話だ。





「まだ時間があるし、【砲撃魔法】を見せてよ」


 そう言ったピュロンにガイアは頷き返した。


「こっちに開けた場所があるのでそこに行きましょうか」


「うん。全力の魔法が見たいからね」


 マイオルの案内に従って一行は周囲に木も岩場もないところまで移動した。


 ピュロンはふらふらっと前に出て辺りを眺めている。


「うんうん。ここなら何にも気にすることなく魔法を使って貰えそうだね」


 そして少し離れたところで手を広げ、ガイアに言った。


「さぁ、撃ってきてよ」


「ピュ、ピューロ様にですか?」


「⋯⋯そうだけど?」


 ピュロンはコテンと首を傾げた。

 そしてしばし止まった後で「あぁ」と手を叩いた。


「人に撃つのは抵抗があるか⋯⋯。ガイアさんって冒険者学校の高威力魔法練習場を使っていた?」


「はい⋯⋯。毎日そこで練習をしていました」


「じゃあ、あの的を壊したことはないよね?」


「はい。傷一つ付けられませんでした」


「それなら全く問題ないね。あれを作ったのはボクだからちゃんと防御できるよ。全力で撃ってきて!」


 ピュロンの話を聞いてガイアは固まった。

 魔法を撃つのを躊躇ったのには他にも理由があったが真正面から防御できると言われると不思議な気分だ。


 それに毎日魔法を叩きつけていたあの的を作ったのがピュロンということにも驚きを隠せなかった。


「⋯⋯分かりました」


 きっと自分が魔法を撃ってもピュロンには傷一つ負わせることができないのだろう。


 そんな諦めの気持ちを胸にガイアは左手を前に出して魔力を循環させる。そしていつものように魔力を変換した後で、臨界状態になるまで魔力を圧縮する。


 改めてガイアがピュロンを見ると、もうすぐ魔法が完成するというのに彼はにこやかなままで立っている。


「遠慮はいらないからねぇ」


 軽く手を振るピュロンを見てガイアは頭がカッとなるのを感じた。


 白金級冒険者に自分が敵わないことなど分かっているが、あまりに余裕そうだったのでそれを乱したくなってきた。


 ガイアはいつも以上に魔力の圧縮率を高めた。

 その様子を見てピュロンの目尻は大きく下がった。


「撃ちます! 【砲撃魔法】!!!」


 ぎゅばーーん!!!


 白い光が真っ直ぐにピュロンに向かい、直撃した。


 辺りに砂塵が舞い上がるとともに【砲撃魔法】によって発生した赤い光がダイヤモンドダストのように降り注ぐ。


 もしかしたらちょっとくらい傷がついているかもしれない。

 そんな期待を胸にガイアはピュロンを見続けたけれど、そこに存在したのは傷ひとつない銀色の球体だった。


 そして球体は軽く波打った後ですぐに消滅し、中から笑顔のピュロンが出てきた。


「いやぁ、思ったよりも強力な攻撃だったよ!!」


 近づいてくるピュロンの様子を見ながらガイアは心の中で嘆息した。


 白金級冒険者ピュロンのスキルは【水銀】、硬く流動性の高い物質を操る彼に傷をつけるのは至難の業だ。


 ガイアは肩の力を抜いてピュロンの方を向いた。


「ねぇねぇ、なんか途中で魔法の様子が変わったように思ったんだけど、もしかして調整できるの?」


「はい。途中で圧縮率を高めました」


「⋯⋯もしかしてスキルを半自動で使っている?」


「そうですね。基本的な流れはスキルに任せていますが、各工程を自分で調整しながら使っています。その方が威力が高いので」


「レベル1って聞いたけど間違いないよね?」


「⋯⋯はい。私はまだレベル1です」


 ガイアがそう答えるとピュロンは黙って考え込んでしまった。


 その間に離れて見ていたマイオルとモフが近づいてくる。


「ガイア、おつかれ。改めて見てもとんでもない魔法ね。それを無傷で防ぐのもすごいけれど⋯⋯」


「ピューロ様は【水銀】のスキルを使って自動防御が出来ると聞いたけれど、あれがそうだったのかな? 展開速度が異常に早かったよね」


 二人とも興奮した様子でガイアに話しかける。

 隣にいるピュロンが考え事をしているのは分かっているので返答を求めているわけではない。


 三人で話を続けていると止まっていたピュロンが動き出し、マイオルの方を向いた。


「ねぇ、マイオルさん。一週間くらいガイアさんを借りて良い?」


「へ?」


「彼女の魔法をボクに教えて欲しいんだ。いまボクは自分のスキルのために情報を集めているんたけれど、ガイアさんの魔法がヒントになる気がしてならないんだ」


「ガイアが良いならあたしは構いませんが⋯⋯」


 マイオルはガイアの方を見た。


「私も構いませんが、本当に私がですか?」


「うん。キミの魔法は特殊でとても興味深いよ。あんなにわずかな魔力を元にあれだけの威力が出せるなんて信じられない。観察するだけでも情報を得られそうだし、ましてや調節できるんだったらもっと分かることがありそうだ」


 真剣な面持ちのピュロンを見てガイアは自分の手を握りしめた。


「私で良いのなら協力させてください⋯⋯。でも、その代わりピューロ様にまた魔法を撃たせてほしいんです」


 ガイアは真っ直ぐにピュロンの目を見た。

 

 ガイアは正直悔しかった。

 ピュロンが想像を超えた力を持っているとは分かっているけれど、どうにかできるイメージが全く湧かない。

 自分には【砲撃魔法】しかないのだからそれを懸命に磨くしかない。

 そう思ってガイアはピュロンに提案した。


 そんなガイアの様子を見てピュロンは眩しいものを見たかのように目を細める。


「もちろん良いよ。はじめからそのつもりだしね。でもそっかぁ、せっかくだったら集中してやった方が良さそうだよね」


 そう言って笑うピュロンをガイアたちは訝しげに見つめた。

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