第154話:二つの力

「そもそも魔界からこの国に出される人間は神さんに愛されてると言われておるからなぁ」


「愛されているとか祝福されているって言葉が出てきていますがどういう意味なのですか?」


 ルキウスは酷く真剣な様子でタイラに聞いた。


「明確に聞かれると弱いんだが、簡単に言うと試練を与えられると言うのが正しいかのう⋯⋯」


「試練、ですか? 愛されているのに」


「あぁ、そうさね。まず勘違いしないで欲しいんだけれど、神さんはその者に合ったスキルを授けているはずなんだよ。ちょっとだけ手心が加わったとしても相応しいものを与えるっていうのが基本だね。その中でもし成長させたい奴がいるとしたら試練を贈るのが神の勤めってもんなんだよ」


 一瞬むつかしいと思ったけれどセネカはすぐにタイラの言っていることが分かった。

 なぜなら過去の英雄達はいつも試練に遭遇し、それを乗り越えることで本物の英雄になっていくからだ。


「具体的に何をしているのかは私は知らんよ。だけど、そういう人間のスキルっていうのはいつも特徴的なんだよ」


「どんな特徴があるんですか?」


「性質が極端か、ちょうど中間かのどちらかだね」


「極端⋯⋯?」


 ルキウスはそう聞いてセネカの顔を見た。

 極端代表が隣にいるので、納得せざるを得ないかもしれない。


「能力のこともあるけれど、私が言っているのは性質のことだね。私らの伝承ではこの世界にある力は二つに大別される。それは『繋ぐもの』と『断つもの』だ」


 タイラはセネカに顔を向けた。


「繋ぐものっていうのは受け入れる力だね。何かを結合させたり、包み込む力がある。だけど、それが行き過ぎると他の力を飲み込んでしまう怖さがある。神さんは女神だって言われているくらいだからこの世界のスキルは大抵繋ぐ力が強いんだよ」


 タイラは今度はルキウスの方を見た。


「対して断つものっていうのは文字通り、切り離すものだよ。規律や規制を作るものでもあるけれど、過剰になると拒絶や孤立の原因になる力だね。さっきも言ったけれどこの世界では繋ぐものの力が強いから英雄っていうのは大抵『断つもの』なんだ。剣神の話なんて典型的だろう?」


 とても大事な情報を聞いている。

 そんな気がしてセネカもルキウスもタイラから目が離せなかった。


「お嬢ちゃん、あんたのスキルは随分と繋ぐ力に満ちているけれど、何ていうものなんだい?」


「私のスキルは【縫う】です。糸を針で縫うとかの⋯⋯」


「ひゃっひゃっひゃ。なるほどねぇ。そりゃあ繋ぐものにぴったりのスキルだねぇ」


 セネカははじめタイラの独特な笑い声が気になっていたけれど、だんだんとそれが痛快な気がしてきた。


「だけどスキルの使い方が少し歪だね。おおかたそこの坊やと張り合おうとしていたんだろうけど、もうちょっと繋ぐイメージを大切にした方が良いだろうねぇ。そうしないともったいないよ」


「⋯⋯もったいないってどういうことですか?」


「そうさねぇ。おそらくだけれど、あんたはそのスキルを使って何かを斬ろうとしたり、貫こうとしてきたんじゃないかい? だけどそれらはあくまで副産物として目指すものであって、本懐は繋ぐことにあるべきなんだよ」


 タイラの話を聞いてセネカは眉間にしわを寄せた。


「まぁそんなに簡単に分かることでもないんだけどね。でも覚えておけばいつか分かる時が来るさ」


 話がひと段落したと見て、今度はルキウスがタイラに質問した。


「僕の力は『断つもの』ですよね?」


「⋯⋯よく万能の【神聖魔法】の力がそこまで偏ったものだね。自分でもわかっているようだけれど、それは間違いなく『断つ力』に満ちているよ」


「そう、ですよね」


「自分でもよく分からないことを言うけれど、癒しの力っていうのは本来繋ぐ力なんだよ。だけどあんたは断つ力を利用して味方を回復させた方が効率が良いだろうねぇ⋯⋯」


 次はルキウスが眉間にしわを寄せた。

 タイラは分かりやすい言葉を使っているけれど、言っていることは荒唐無稽だ。


「それにしても【占う】というスキルでそこまでのことが分かるものなんですか?」


 ルキウスがそう聞くとタイラはまたケタケタと笑った。


「こんなに分かることはなかなかないんだけれどね。あんたらの力は『繋ぐ力』と『断つ力』に極端に振れているから分かりやすいんだよ。だけど珍しいね、普通はそれだけ両極端の力が一緒にいると反発してしまうもんだけどねぇ⋯⋯」


「反発ってなんですか?」


 聞き捨てならないとセネカは立ち上がった。

 反発しないか試そうと今にもルキウスに抱きつきそうだ。


「いまは二人とも確固たる力を持っているようだけれど、発達前の未分化な状態だとどちらかが負けてしまうんだよ。大抵は繋ぐ力の方が強いから飲み込んでしまうんだけどねぇ⋯⋯。ちょっと手を貸しておくれよ、真剣に【占う】から」


 セネカは速攻で手を出した。

 というか今までは真剣じゃなかったのだろうか。


「そんなに焦らなくてもあと一、二週間はいてもらうから大丈夫だよ」


 タイラはそう言いながらセネカの手に触れて目を閉じた。

 そしてかなりの量の魔力がタイラの手から流れたのを感じ取って、セネカは目をぱちくりさせた。


「⋯⋯なるほどね。あんたらはずっと離れて暮らしていたのか」


 二人は頷いた。

 タイラは占うと言っているけれど、そんなことまで分かってしまうのだったらもはや別物ではないかと思い始めている。


「それは辛い想いをしたんだろうねぇ。だけどもしかしたら良かったのかもしれないよ。ずっと一緒だったら二人だけの世界でべったりするか、反発するか⋯⋯。うまくいかなかった場合もあっただろうからね」


 そんな風に言われてセネカは『そんなことない』と思った。

 だけど心当たりがないわけではなかった。


 孤児院では二人はいつも一緒で、二人にしか分からない世界に生きていた。

 ノルトやピケ、ミッツ、エミリー、そしてシスターたちが助けてくれたけれど、そこを出てしまえば二人だけで生き続けていたかもしれない。


 いまのようにそれぞれに友達や知り合いがいて、自立した人生を送れていたかどうかは分からない。


「もしそうだったとしても、いまセネカとこうして冒険できているので僕は満足しています」


「ひゃっひゃっひゃ。やっぱりあんたらは奇想天外だねぇ。私の[夢占い]に二人がここに来るのと出ていたから期待していたけど、想像以上に面白いもんが見れたよ!」


 そう話すタイラの目の端には涙が溜まっていたけれど、セネカもルキウスもそのことに気づくことはできなかった。

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