第155話:【祈る】
食事をして話をした後、セネカとルキウスは布団に戻り、また寝入ってしまった。
過酷な魔界からやっと帰ってきたのだ、無理は無いだろう。
大樹の根元で見つけた時、二人は衰弱した状態だった。
気を張って探索をしていたところで大樹の聖の気にあてられて力が抜けてしまったのだろう。
いまは身体の中の魔力が搾り出されて空っぽのように感じているはずだけれど、すぐに中が詰まっていくだろう。その時が飛躍の時なのだ。
タイラは自室で一人、外の景色を見ながら佇んでいた。
この社は大樹の森の中にあって、どこからでも一面の緑を楽しむことができる。
そうやってなんとなく浸っている時、扉をトントンと叩く音が聞こえてきた。
「おばあさま、失礼致します」
「はいよ」
入ってきたのは孫娘のキリアだ。今年三十歳になる。
スキルで二人を回復させて、看病をしてくれた。
このまま行けば次かその次の巫女はキリアになるだろう。
「お二方のご様子はいかがでしたか? 随分長くお話しをされていたみたいですが⋯⋯」
「調子は問題ないね。あのまま休んでいればすぐによくなるだろうよ。むしろ休むように言いくるめるのが大変かもしれないねぇ」
ちょっと調子が良くなったらすぐにでも外に飛び出していきそうな雰囲気があった。
セネカがお転婆なのは間違いないけれど、どうやらルキウスの方が先陣を切っておかしなことをやってきたようだった。
「占いはなさったのですか?」
「あぁ、したよ。間違いないね。あの二人は今この世界のうねりの中にいる」
タイラはセネカを占ったあと、ルキウスにも触れてスキルを使っていた。
「だけど分からないねぇ。あれだけ大きな両極の力が必要になる時が本当に来るってことになるのか⋯⋯」
「おばあさまが言ったのではないですか。[世界を占う]でそのように見えたと⋯⋯」
「そんな大それた力がうまく制御できる訳ないじゃないか。見えたのは暗くなっていく世界に二つの光が現れて混ざり合っていく心像だけさ。それを私が勝手に解釈しただけなんだから、キリアは別の方に行った時のことを考えておくんだね」
キリアは目を細めてタイラを見た。
いつもは優しい祖母だけれど、今日は少し粗野のようだ。何か思うところがあったのかもしれない。
「だけどあの力の質を見ると神さんに目を付けられているのは間違いないだろうねぇ。あの子たちはそれを嬉々として受け入れたみたいだったけれど、私はそれが心配でねぇ」
タイラはキリアから目を話して再び外の景色を見た。
そんな祖母の様子を見て、キリアは何が言いたいのかを察した。
「また鍵の話ですか?」
「そうだよ。『力は鍵になる。それのおかげで極楽に行けるようになるかもしれんけど、地獄の鍵も同じものだ』。これが私のばあさんの口癖だった。昔は私もそれを聞いて笑ったもんだったけれど、今では骨身に染みて分かるよ⋯⋯。神さんに目を付けられるっていうのはそういうことなんだ」
タイラは遠くに見える大樹を見た。
かつて、タイラの孫娘の中に神に愛された子がいた。
その子は【祈る】という珍しいスキルを持っていて、外の世界に興味を持ち、この国から出ていった。
タイラは今でもその子のことを夢に見る。
間違いなく歴代でも最高の力を持った子供だった。
あの子がいれば今頃巫女の座は彼女のものになっていただろう。
彼女はそれぐらいに突出した力を持ち、いずれはこの世界の希望になるのだと信じて疑わなかった。
だけどその子は異国の地で仲間を助けるためにその力を振るってしまった。
絶望的な状況をひっくり返すためにその命をスキルに捧げてしまったのだ。
あの子がいたらセネカとルキウスにどんな助言をしただろうか。
タイラはずっとそんなことを考えていた。
あんなに純粋で無垢な子達が命を賭けなければならないほどこの世界は残酷なのだろうか。
そういう手段を取らざるを得ないほどこの世界は追い込まれているのだろうか。
タイラにもそこまで占うことはできなかった。
かつて孫娘がそうしていたようにタイラは胸の前で手を合わせて祈った。
あの子たちの前途が明るいものでありますように。
あの子が草葉の陰から見守ってくれますように。
「ネミ⋯⋯頼んだよ⋯⋯」
静かに涙を流す祖母を見て、いつのまにかキリアの目からも一筋の液がこぼれてしまった。
◆◆◆
タイラが願いを込めている時、遠く離れた地で同じ女性のことを考えている男がいた。
彼はかつて貴族の放蕩息子だった。
冒険者学校に入るはずだったのに反発し、家を出て旅を始めた。
だけど世間知らずの彼はうまく生活をすることができずに飢えそうになっていた。
そんな時に助けてくれたのが異国の女性だった。
彼女の周りはいつも明るくて、暗くなりかけていた彼の人生に光を灯してくれた。
男は彼女とパーティを組み、仲間を増やし、冒険者として頭角を現した。
旅を続けるうちに二人の距離は縮まり、やがて恋仲になっていった。
彼女は【祈る】というスキルを持っていた。
そのスキルの効果は破格であり、願いをスキルに込めてそれが成就すれば実現されるというものだった。
彼女が味方の強化を願えば仲間たちは力を十全に発揮し、敵を倒した。
彼女が仲間の安全を願えば不思議な力が働いて危機を避けられた。
あんまりにも荒唐無稽な願いは実らなかったけれど、それでも彼女はバッファーとしてパーティを牽引し続けた。
だけど男はそんな彼女を守ることができず失うことになってしまった。
とある魔物との戦いのさなかで、彼女は本来成就するはずのない願いを叶えてしまったのだ。
『私の命を引き換えに仲間を助けられますように』
そんな【祈り】が届いてしまった。
そんな【祈り】を使わせる状況にしてしまった。
最愛の女性を失った傷はいまも男の中に残っている。
そして、そんな彼女が助けたパーティメンバー達の娘を彼はまた危機に陥らせてしまった。
「情けないったらありゃしない」
今度こそ彼は立ち上がった。
自暴自棄でもなく、思い上がりでもない。
ただ純粋に強くなるために前に進もうと決意をした。
かつての恋人ネミのお墓の前でアッタロスはさらなる飛躍を誓った。
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