第131話:オークキング
亜空間に漂う濃密な魔力をセネカはゆっくりと動かし始めた。不自然にならない程度に魔力を集めて、気取られる前に攻撃する必要がある。
ルキウスは己の体内にある魔力に意識を集中している。スキルのおかげでルキウスは魔力操作にも秀でており、爆発的に魔力を増幅させて一瞬で魔法を放つ技能を習得している。
オークキングは変わらない様子で丘の上に立っている。こちらのことは気取られていないはずだが、気づいていたとしても意に介さなそうだと思うほど堂々とした佇まいだ。
ルキウスが魔力を圧縮させて攻撃の準備を整えると、突然周囲の空気が吹き飛んだ。
セネカがスキルを使ったのだ。
瞬間、オークキングの真上から極大の針が落ちてくる。
当然オークキングは避けた。そして刹那のうちに剣を抜いて両断しようとしたが、すんでのところで踏みとどまった。
その針には魔界の主もびっくりするほどの雷の魔力が込められていたからだ。
その様子を見て、セネカは即座に針の側面を開き、枝のような形状に変化させた。
「避雷針」
ちなみにセネカは避雷針の名前を聞いたことがあるだけで実物は知らない。
針が開いたことで、近接していたオークキングは避雷針に触れた。
「ウババババ」
オークキングは反射的に呻き声を上げたけれど、声の割りには効いているように見えなかった。
オークキングは丘の上から辺りを見渡し、敵の場所を探そうとした。しかしその時、上から青白い膜が降ってきて、王の身体に取り憑いた。
オークキングは暴れて不愉快な膜を取り払おうとしたけれど、これまた不愉快なものでちくちくと身体を刺され、膜と接合されてゆく。膜は忌避感を催す聖の属性に満ちていたため、オークキングは逆上した。
◆
セネカとルキウスは全力で逃げながらオークキングの様子を見ていた。
セネカの遠距離攻撃でオークキングは肌にダメージを負ったようだが、傷は徐々に治っていた。
あれだけの傷が瞬間的に癒えてしまうような回復力があったら到底倒すことができなそうだったので、そこそこの能力で二人は安堵した。
ルキウスの【神聖魔法】の膜をセネカが縫い付ける攻撃はオークキングにも効果があるようだった。王は身じろぎしながら膜を破こうとしたけれど、相性の悪い魔力でできた膜を簡単に破ることは出来ないようだった。
『案外行けるんじゃないか』
二人がそう思った瞬間、膜の内側から
「セネカ、全力で逃げろ!」
元々二人は限界に近いスピードで走っていたはずだけれど、命の危機を感じたからかさらに足が速くなった。
セネカは魔力がすっからかんになることを厭わずに避雷針と同じ形状の大きな針を空からたくさん降らせた。魔法は氷、炎、光と丁寧に属性を変えている。
光属性ではまだ上手く攻撃できないので針が神々しく光っているだけだけれど、オークキングは少し狼狽えていた。
セネカと同時にルキウスもサブスキルの力を使って剣を空からたくさん降らせ、オークキングを妨害していた。こちらもオークキングに大きな傷を与えられる攻撃ではなかったけれど硬直を誘った。
しかし結局それらの攻撃は王の神経を逆撫でするだけで、効果があったとは言い難かった。
◆
二人は走る。
全力で走っている。
足はセネカの方が速いはずだけれど、【神聖魔法】の強化や周囲の魔力を味方につけてルキウスも同じくらいのスピードで駆けている。
なりふり構わず疾走するうちに息が切れて来る。
死が後ろから迫ってくる。
ルキウスはさっきオークキングと目があった気がした。
あいつは自分たちを必ず追ってきているはずだと確信している。
だから、早く逃げないとまずい。
オークの系統にしてはシュッとした出立ちで、筋肉は隆起している。顔付きや咄嗟の動きからもあれは間違いなく身体能力特化だとルキウスは確信していた。
ルキウスはなんとか出し抜くために頭を使っているけれど、良い考えが思い浮かばない。怖いので後ろは決して振り返らないけれど、少しずつ追いつかれてきているように感じている。
少しでも時間を稼ぐためにルキウスは極小の[剣]を撒いて妨害することにした。
ルキウスが手からおびただしい数の[剣]を出し始めた時、隣から楽しそうな声が聞こえてきた。
「まきびし!」
セネカはルキウスの真似をして小さな[魔力針]をばら撒き始めた。
なんて呑気なんだと頭を抱えそうになったけれど、ルキウスは自分も心の底から楽しさを感じていると気がついた。
人生最期の時が近づいているかもしれない。
もしかしたら何かにつまづいてしまうかもしれない。
オークキングに未知の能力があって加速してくるかもしれない。
裂け目がもう閉まっているかもしれない。
けれど、こんな辺鄙な場所で、
女神の威光も届かぬ地で、
最も大切な人、最も信頼する人と、
敵に追われるのが楽しいだなんて⋯⋯!!
ルキウスは満面の笑みを浮かべて言った。
「父さん、これが僕の理だよ!」
そして足に込められた魔力を一瞬圧縮してから解放し、推進力に変える。
ポンッ、ポンッと両足を踏み出すたびに音が出て、ルキウスを加速させてゆく。
「ずるーい」
セネカはキャッキャと笑いながら空気を【縫って】加速する。
移動するたびに少しだけ『キーン』という音が鳴る。
二人は両親の仇に追われて逃げているとは思えないほど楽しげだった。
「裂け目が見えたぞ!」
そう叫ぶと同時にルキウスは残りわずかになった魔力を振り絞り、小さな剣を並べて背後に放った。
「剣幕!」
そして、セネカの後に続いて裂け目から元の亜空間に転がり込んだのだった。
◆
二人は息を切らしながら魔界の黒い大地にへたり込んでいる。
「⋯⋯死ぬかと、思った」
「ありゃ、勝てないよ」
ハァハァ言いながらも二人は喋らずにはいられなかった。
「こんな目にあったのはセネカが小石でワイルドボアを挑発した時以来だよ」
「ルキウスがフェアリーワスプの巣にいたずらしたのが後でしょ」
「⋯⋯そうだっけ?」
「⋯⋯そうだよ」
二人は顔を見合わせる。
そして、もう耐えられないとばかりに笑い始めた。
ちなみにオークキングがやってこないか念のため警戒しながら笑うという器用なことをしている。
「それにしても参ったね。あれは僕たちだけじゃ、そう簡単には倒せないよ」
「そうだね。だけど作戦を練れば安全に逃げ出せるようにはなるかもしれないよ?」
「まずはそこを目指して頑張ってみるか」
「うん。ルキウスも新しい技を編み出したみたいだったしね」
「ちょっと父さんのことを思い出してね」
ルキウスがそう言うと珍しくセネカは遠い目をした。そしてはっきりとした口調で言った。
「ルキウス、父さん達の敵を討って元の世界に帰ろう。きっとこれは運命だから」
「僕は聖者の癖にあんまり女神様を信じていないんだけれど、そう思うのも仕方がないね」
冴えない様子でそう言うルキウスがセネカは愛おしくて仕方がなかった。
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