第132話:ヒットアンドアウェイと修行
セネカとルキウスは鍛錬を重ねながら、度々オークキングにちょっかいを出していた。
一度『根』を出ても、また三つか四つの亜空間を経ると再び『根』にやってくることが出来る。二人は『根』につながる新しい裂け目を見つけるたびにオークキングに突貫し、情報を得ては逃げるということを繰り返した。
最初の方はうまく情報を得ることができていたけれど、最近はオークキングの方も対策を練っていて、『根』に存在する別の魔物を壁にして攻撃を防ごうとしてきたり、岩のような謎の鉱物を投げてセネカとルキウスを捕まえようとしてくる。
オークキングは丘の周囲にいることが多い。もしかしたらあの一帯でしか活動できないのかもしれないけれど、罠の可能性もあるため、二人は綿密な計画を立てた上でちょっかいをかけている。
時間をかけて威力偵察を重ねた結果、二人が出した結論は「いまはどう足掻いても勝てない」である。弱点を探そうと躍起になったけれど、聖属性と光属性に比較的弱いという以上のことは分からなかった。
一か八かルキウスが全力で魔法を使えば倒せる可能性はあるけれど、失敗した場合のリスクが高すぎてできない戦法だ。
二人は二度目の修行期間に入ることにした。魔界の生活にも慣れてきて、食事や水には困らなくなってきている。魔界の魔力を利用できるようになってきたからか食事の頻度自体も低くなってきている。
また、幸いにもオークキング以外で二人が倒せない魔物にはまだ遭遇していない。裂け目を越えるたびに違う亜空間に着くので結論づけることはできないけれど、二人がたどり着いたこの世界は、魔界の中では穏やかな部類なのではないかとルキウスは考えている。
◆
「そういえばさ――」
その日狩った魔物の肉を[魔力針]に刺してじゅーじゅー焼きながらセネカが話しかけた。
「結局のところ、聖者って何をする人のことなの? 女神様の遣いなんだっけ?」
「うーん。大まかにはそう言われているね」
「大まか?」
「うん。教会でも考えが違うんだ。レベルが上がった時、頭の中に声が響くでしょ?」
「うん。ふわーって声が聞こえる」
「あの声が女神様の声なのか、その遣いの方なのかで教会にも派閥があるんだ」
「え、あれって女神様の声じゃないの?」
「僕もそう思っていたんだけれど、教会の上層部ではそうじゃないという人が多いんだよ」
「なんで?」
「レベルが上がるとみんながあの声を聞くでしょ? いくら女神様でもこの世界の全員のことを見て、声をおかけにはならないのではないかって考える人が多いみたい」
二人ともむつかしい顔をしながら話をしている。
「あの声ってセネカには男女どちらに聞こえる?」
「女性だけど?」
「僕もそうなんだけれど、男に違いないって言う人もいるんだよ」
「えー? 本当?」
「うん。確かめようがないんだけどね。だけど、男の声が聞こえる人にとっては御使いだと考えた方が自然みたいなんだ」
「そうなんだ」
「聖女様を信望する派閥の人は、やっぱりあれは女神様の声で、【神聖魔法】を直接授け、レベルアップまでされていると考えている。だから聖女・聖者は女神の直接の遣いだと信じてる人が多いね」
「うんうん」
「教皇派の人はスキルを授けるのは女神様の遣いの仕事だと考えているから、聖女・聖者の位が相対的に下がるんだ。スキル【聖唱】を持っている教皇聖下が敬われているのは女神様に直接声を届けることが出来ると信じられているからなんだ」
「色々と複雑なんだね。⋯⋯他人事じゃないけれど」
セネカを教会の闘争に巻き込むことになるかもしれないので、ルキウスは複雑な気持ちになった。だけど、それでもセネカと一緒にいたかったのでルキウスは勇気を出して言った。
「ねぇ、セネカ。元の世界に戻っても僕と一緒に旅に出かけてくれる?」
「当たり前でしょ!」
セネカは満面の笑みで言って、ルキウスの手を握った。
◆
ルキウスは新しい技を試しながら魔物と戦っている。
相手はミニデーモンだ。
ルキウスが遠間から足を踏み出すと、宙を飛んでいるかのようにミニデーモンに接近した。
当然ミニデーモンは避ける素振りを見せたけれど、ルキウスは両足から噴出する魔力量を調整することで回り込み、あっという間にミニデーモンを切断した。
オークキングから逃げた時、ルキウスは足の動きに合わせて魔力の圧縮と解放を繰り返すことで速く走った。今回はその方法を応用して敵を斬りつけてみたのだ。
セネカの方を見てみるとにっこり笑っている。
「試してみたけど、悪くなかったよ」
「足から魔力を噴射しているの?」
「うん。【神聖魔法】を噴射すると効率が良いみたいだね」
「結構早かったし、操作性も悪くないね」
「慣れる必要はあるけれど応用も効きそうだよ」
「応用?」
「宙に浮きながら速度を変えることもできそうだし、方向以外にも制御できたら面白そうだなーって」
「⋯⋯上から斬られたら結構嫌かも」
「それもありだね。空気を【縫う】の真似事にしかならないかと思ったけれど、別物だと思った方が良いかもね」
「うん。空気を【縫う】のは目的地に引っ張られる感覚があって制御が難しい時があるからね」
「どう縫うかっていう考え方によっても軌道が変わるんだっけ? 便利だけど、毎回意識しなきゃいけないっていうのも容易ではないね」
「そなの」
近くに魔物の気配がないので二人は並んで地面に座り込み、休憩を始めた。
「ねぇ、ルキウス」
「何?」
「私、ルキウスと一緒で楽しいから、このまま魔界に居てもいいなぁってちょっとだけ思ってたんだ⋯⋯だけどやっぱりみんなに会いたいな」
「ちょっとだけでも思ったんだ⋯⋯。でも気持ちは分かるよ。僕もそうだからね。このまま魔界に閉じ込められたままっていうのもなんか飽きちゃいそうだし」
「私、いつの間にか王都での生活に親しんでいたんだなぁって思った。早くみんなに会いたいって気持ちが止まらないの⋯⋯」
「これまでみんなで頑張ってきたんだから、やっぱりそう思うよ。僕だってモフに会いたいもの」
二人は赤い空を見上げながら、しばし沈黙を楽しんだ。
「⋯⋯いつになったら帰れるかな?」
「⋯⋯近くはなさそうだよなぁ。でも、必ず帰ろう」
真っ直ぐな瞳でルキウスが見つめるものだから、セネカはルキウスの胸に頭を寄せた。
「必ず帰ろう」
その日、セネカはルキウスにちょっぴりだけ甘えた。
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