第105話:理由

 会議が終わるとセネカ達のところにアッタロスとレントゥルスがやって来た。二人は非常に申し訳なさそうな顔をしている。


 込み入った話になるので、アッタロスに連れられてセネカ達は六人で小会議室に入った。


 全員が会議室に入ったのを確認してからアッタロスは「悪かった」と言って頭を下げた。


「ゼノン様⋯⋯いやゼノン師匠があそこまで言うとは思っていなかったんだ。あれでは断るのが難しくなってしまったし、突然言われたのでは良い気分ではないだろう」


「あの言い方では命を賭ける選択を強いることになってしまう。後のことは俺とアッタロスがどうにかするからまずは率直な意見を聞かせてくれ」


 二人のバツが悪そうな態度にセネカ達はたじろいだ。だが、そんなことを言っている場合でもない。


 消化しきれない気持ちを抱きながらまずマイオルが声を出した。


「先ほどゼノン様が『私達の力が必要だ』と言っていたのは本当ですか? 状況はそれほど悪いのですか?」


「あぁ。それは本当だ。俺はお前達の力はよく分かっているつもりだし、調査報告書を読んで確信した。異常事態に陥った時にそれを打破する可能性を秘めているのは『月下の誓い』だ」


「ですが、あたしたちは経験も少ないし、実力も足りません」


「そうだな。だが、特定の条件下においては、金級冒険者に匹敵する能力を秘めているというのが俺の見解だ。俺ほどの確信はないようだが、レントゥルスも同様の意見を持っている」


 アッタロスはそう言ってからレントゥルスの方を見た。


「セネカの意外性のある能力、マイオルの探索能力、プラウティアの対応力と戦闘維持能力、そしてガイアの魔法。どれも評価に値するし、俺とアッタロスの能力の穴を埋められるのではないかと思っておる」


 レントゥルスが重々しく言った。

 二人の話を聞いて、マイオルは黙ってしまった。深く考えているのだろう。


 次にアッタロスに質問をしたのはプラウティアだった。


「私達の仕事がするべき仕事は何でしょうか?」


「分からんと言うのが本音だが、基本的には探索と情報の記録だと思ってくれて良い。この部隊には大きな目的が二つあって、一つは事態の原因を調査することだ。それによって簡単に終結させる手立てが分かるかもしれないし、今の作戦が間違っていることが分かるかもしれない」


 プラウティアは「ふむふむ」と言って話を聞いている。


「もう一つは強力な魔物の発見と討伐だ。今回のスタンピードには『守護者』と呼ぶ強力な魔物の存在が見込まれているが、守護者に準ずる強さの魔物も何体かいるだろう。そんな魔物を見つけて、報告するか討伐しなければならない」


「そんな強い魔物と戦う時に私たちは足手纏いではないでしょうか?」


 横で聞いていたガイアが言った。


「その可能性もある。全力でお前達を守るのが俺たちの大事な仕事だと思っているが、スタンピードを解決するのも同様に大事だ。だから重要な局面では自分で自分を守ってもらうしかない」


 アッタロスは厳しい口調でそう言ったけれど、これはアッタロスの優しさから来ている発言だとセネカは感じた。


「そうですか⋯⋯」


 ガイアもプラウティアも黙って考え始めてしまった。


 三人が黙って考え込んでいるので、アッタロスとレントゥルスはセネカの方を見た。なので、セネカはずっと気になっていたことを聞いた。


「アッタロスさんとレントゥルスさんって知り合いなんですか?」


 そう言うとレントゥルスはニカッと笑って、鎧の中から金ピカの物体を取り出した。


「それは⋯⋯」


 それは以前アッタロスが見せたのと同じ金枝の印だった。


「知らねぇんじゃねえかと思ってたから言ってなかったが、俺はエウスやアンナと同じパーティだったんだ。アッタロスから話は聞いていたが、あの二人の子供がこんなおもしれぇ娘に育つとはなぁ⋯⋯」


「そうだったんだ⋯⋯」


 そして少し黙った後、セネカは言った。


「分かった。私は行くよ。前線に行ってスタンピードについて調べる」


「そうか。頼む」


 アッタロスがセネカに頭を下げた。

 するとすぐにマイオルが言った。


「あたしも行くわ。戦闘力というよりはそれぞれの特殊技能を評価してもらっているという理解で良いんですよね?」


「その通りだ。戦闘は極力俺とレントゥルスで行うし、出来うる限り守ると約束しよう。こんな事態だから保証も何にもなくて悪いけどな」


 ガイアとプラウティアはまだ考えている。

 だが、悩み続けても仕方がないのでアッタロスに疑問をぶつけることにした。


「こうなった以上、どこにいても一定の危険があることには変わりないですよね?」


「あぁ、それは間違いない。もちろん後方支援ということもあり得るが、都市に残ったとしても戦うことを期待される」


「私の【砲撃魔法】はそれなりに使い所があるスキルだと思っているのですが、都市の防衛などではなく、この班に組み込まれた方が使い所があるでしょうか」


「俺の考えではそうだ。ガイアの魔法が格別に強力であることは間違いないが、各部隊には金級の魔導士もいる。【砲撃魔法】に詳しくない者が運用するよりも俺たちで使い方を考えた方が活きる道がある気がしてる」


 その話を聞いて、ガイアとプラウティアは顔を見合わせた。そして二人で同時に頷き合ってから言った。


「「私達も一緒に行きます」」


 アッタロスは改めて『月下の誓い』の四人を見た。


「分かった。それでは各自準備を整えてくれ。すぐに出発することになるはずだ」


 そう言って四人を送り出した。





 セネカ達がいなくなったあと、アッタロスは厳しい表情でレントゥルスに言った。


「あいつらは絶対に俺が守る。この命にかえてもな」


「当然だ。あんな才能の塊達をここで失うわけにはいかんからな。だが、連れて行くことにして良かったのか?」


「あぁ、良かったんだ。どちらの分が良いのかは分からないけどな。だが、多少危険な場所でも俺たちの目があるところで活動してもらった方が良いと思ったんだ」


「素直にそう言えば良いものを。あんな回りくどい方法で誘導するとはな」


 レントゥルスは面白いものでも見たとばかりに笑った。


「あの方が確実だ。特にマイオルとプラウティアは素直に伝えられた方が反発する」


「がっはっは。なんだよ、アッタロス。お前いつのまにか教師の面構えになってるじゃねえか。お前がそんな顔をするようになるとはなぁ」


 レントゥルスはしみじみとそう言った。

 

 アッタロスは突然顔を上にあげて天井を見始めた。


「ん? なんか天井にあったか?」


「いや、エウスとアンナの娘、そしてレントゥルスと冒険できると思うと不謹慎ながら込み上げるものがあってな⋯⋯」


「死に場所を探してスタンピードに突っ込んだ俺らにこんな未来が待ってるとはなぁ⋯⋯」


 レントゥルスはゆっくりと息を吐いてからアッタロスに拳を向けた。


「アッタロス。さっき、お前はあのひよっこどもを守るとか言ってたが、それは俺の仕事だ。俺はもう仲間を死なせはしない」


 アッタロスは渾身の力を込めて、自分の拳をレントゥルスの拳に合わせた。


「あぁ。守りは任せたぞレントゥルス! 『あの黄金をこの手に』」


「『あの黄金をこの手に』」


 二人は昔を懐かしむように笑い合った。けれど、そのやりとりを知る者はもう二人しかいなかった。

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