第104話:作戦
トリアスに帰った後、セネカ達は詳細をギルドに報告した。そして「とりあえず休め」とシメネメに言われたのでギルドが用意した宿泊所で身体を休めていた。
正直休む気分ではなかったのだけれど、今のまま戦場に出ても迷惑をかけることになると思ったので四人は大人しく従うことにした。
帰りがけにレントゥルスがやって来て、「お前達の力はおそらくこの後も必要になるだろう」と言ったことも大きく影響している。
しっかり休息をとった後で四人で身体をほぐしているとギルド職員がやって来た。
「これからスタンピード対策の会議が開かれます。『月下の誓い』のみなさんも招集されていますので至急支度をしてください」
四人は言われるがままに支度を整え、ギルドの会議室に向かった。
都市は騒然としており、ギルドでも人が行き交っていたけれど、パニックというほどではなかった。場合によっては休んでいるうちに作戦が開始されるとセネカ達は考えていたけれど、まだ事が起きてはいないようだ。
案内に従って会議室に入ると、そこにはいくつかの見知った顔があった。
「アッタロスさん?」
そう言ったのはマイオルだ。
あまりにも思いがけない人がいたので、つい口に出してしまったのだろう。他にもニーナやファビウス、それにやたら強そうな冒険者が何人もいる。
アッタロスはセネカ達と目を合わせたものの、軽く頷くだけで話をすることはなかった。
そしてセネカ達が席に座ったのを見て、中央にいた男が会議を始めた。
◆
会議では作戦の内容がゼノンから説明された。
話の大枠は単純だ。
白金級冒険者ゼノンが都市を覆う巨大な結界を作り、防御する。
白金級冒険者ペリパトスが魔力濃度が最も高いところにいる『守護者』という魔物を倒す。
それを他の冒険者達ががサポートする。
そういうことに決まったようだ。
だが、非常に微妙な部分もある。
例えば、冒険者の誰かがこう質問をした。
「ペリパトス様と共に一番強い魔物から倒していけばスタンピードは防げるのではないですか?」
セネカも「確かに」と心の中で思った。だが、そうではないらしい。ゼノン達の見立てでは『守護者』を倒すためにはペリパトスは全力を出さなければならないらしいが、その戦いに驚いた魔物達は間違いなく大移動を始めるそうだ。これはつまり、スタンピードの引き金をペリパトスが引くということだ。
魔物が少ない状況であったら強い魔物をすぐに倒してしまえば良かったようだけれど、もう手遅れであるようだ。
次に出た質問もまた筋が通ったものだった。
「では、魔物が溢れるまで待ち、それからその『守護者』を討てば良いのではないですか?」
「いや、魔物が増えている原因が分からない以上、それは悪手だ。予想以上に魔物が増えていた場合、なす術がなくなる。これまでは最低限の準備が整うまで待っていたのだが、既に予断を許さない状況だ」
やはり状況は良くないようだ。場にしんとした空気が立ち込める。
「冒険者や衛兵は基本的に都市の防衛と大森林での掃討に割り当てられることになる。ここにいるものにはそれぞれ重要な役割を担ってもらうことになるだろう」
話を詰めていると、「あの⋯⋯」と自信なさげに手を挙げる女性がいた。
「これから説明があると思いますが、私が聞いた話では都市の防衛にかなりの人員が割かれています。ゼノン様がいらっしゃるのにも関わらずそれだけの人が必要なのでしょうか?」
彼女は冒険者ではないように見える。事務方には予め情報が行っていたのだろう。
「必要だ。まずペリパトスが『守護者』を倒した後、魔力溜まりが不安定になり、暴走する可能性がある。私が現場に向かってそれを抑える間、都市の防衛を他の冒険者達に担ってもらわねばならない。その関係で、私は魔力を温存せねばならないし、作戦が長期に渡る場合のことも考えると私も休息を取る必要がある」
話を聞きながらセネカは疑問を持った。まるで短い時間であればゼノン一人で都市の防衛は足りるとでもいうような話に聞こえる。そんなことがあるのだろうか。
「さて、もう一つ重要な話がある。それは別働隊のことだ。セオリー通りの状況であれば、私とペリパトスの働きで事足りる。だが、スタンピードの規模が大きくなるほど不確定な部分が増えてくる。そこで、自由に動きながら事態の収拾を図る特別部隊を編成する」
セネカはそういうこともあるのかと聞いている。
「メンバーは、金級冒険者アッタロス、金級冒険者レントゥルス、そして銅級冒険者パーティの『月下の誓い』だ」
「えっ?」
反射的にマイオルが声を上げた。セネカも突然名前があげられたので驚いている。
「部隊の指揮はアッタロスに任せる。現場の判断で自由に動いて良い」
「分かりました」
アッタロスは
「みなも知っているように、アッタロスとレントゥルスは都市ムルスでの大スタンピードを鎮めた功績がある。今回のスタンピードが同じ規模になった時、二人の経験が活きてくるように思えてならないのだ」
ゼノンが二人を選んだ理由について話している時、それを遮る者が出て来た。
「ちょっと待ってください。アッタロス様とレントゥルス様が別働隊として動くことに異議はありません。ですが何故そこに学生がいるのですか?」
声を上げたのはセネカと一緒に昇格試験を受けていたブカスだ。セネカ達を含めて多くの者が同じ疑問を抱いていたので、みんなゼノスにこれまで以上に注目した。
「理由の一つはアッタロスが推薦したからだ。教員の贔屓目を抜かしても、この事態の収束に『月下の誓い』の力が必要かもしれないと言われた」
セネカがアッタロスの方を見ると非常に険しい顔をしていた。
「もう一つの理由は『月下の誓い』の功績だ。スタンピード発生の兆しを最初に報告し、作戦立案に必要な高い精度の情報をギルドに提供した。既にここにいる誰よりも結果を出しているのが彼女達だ」
「で、ですが、それでも学生です」
「あぁ、そうだ。私たちはそんな学生の力に頼らざるを得ない事態に陥っている。情けないという気持ちを私は持っているが、此度のスタンピードによって国が危機に瀕するかもしれないのだ。その可能性を鑑みると、私のそんな感情は全て瑣末なものだと思うに至った」
ゼノンは確固たる口調でそう告げた。
「マイオル、セネカ、ガイア、プラウティア。まだ若い君達にこんなことを願うのが酷なのは分かっている。だが、どうかこの依頼を受けて欲しい。君達の力が必要なのだ」
そうやって頭を下げるゼノンを見た四人は、ただ頷くことしかできなかった。
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