第106話:かかってこい

 セネカ達がアッタロスと話している頃、闘技場にはペリパトスの補助役を志願する冒険者達が集まっていた。集団の前の方にはニーナとファビウスもいる。


「かかってこい。怪我させねぇようにあしらってやるよ」


 そう言ってペリパトスが突然剣を構え始めた。

 本人は戯れに剣を抜いただけなのだが、平素から発している威圧感がさらに増したように感じ、冒険者達はたじろいだ。


「勢いのあるやつはいねぇのかよ」


 ペリパトスは挑発するような笑みを浮かべて、軽く剣を一薙ぎした。

 振ったのは一度だったはずだが、空間には十字の斬撃の跡が残っている。


 誰かがつぶやいた。


「一回しか振ってないのに何故⋯⋯」


「十字の剣なんだから、十字に斬れるのは当たり前だろ!」


 間髪入れずにペリパトスがそう言った。


 当たり前のはずがないと誰もが思ったけれど、声に出すことができなかった。


 ペリパトスはニヤニヤし続けるだけなので、何人かの冒険者が剣を抜き、ペリパトスにまっすぐ向かって行った。


「危ない!」


 ファビウスがそう声を上げると同時にペリパトスに向かって大きな槌が投擲された。しかし、槌はペリパトスの眼前で何かに当たり、弾かれてしまった。


 意を決して前に出た冒険者達は呆然としている。


 ニーナはすぐに投げた槌を回収し、すでに臨戦態勢に入っているファビウスの横に立った。


「お前ら、アッタロスんとこのガキ共じゃねぇか。⋯⋯なぜ危ないと分かった」


「闘気の攻撃に慣れてるから」


 槌を大きく構えたまま、ニーナが答えた。


 ペリパトスは「そうかぁ」と言ったまま、黙って何かを考えている。


「よし。そしたらニーナは俺と来い。おもしれぇもんを見せてやる」


「わーい」


「ファビウスにはうってつけの奴がいるからそいつを紹介してやるよ。今回はそれで我慢してくれ」


「はい⋯⋯」


「そしたら選抜は終わりだ。こいつらの他にも何人か俺の斬跡ざんせきに気がついた奴がいたようだが、こういうのは早い者勝ちって決まってるんだわ。今日のお前らは大人しすぎた」


 ペリパトスはそれだけ言って、ファビウスとニーナを連れて何処かへ行ってしまったのだった。





 ペリパトスに連れられてファビウスとニーナは歩いている。


 ペリパトスは先ほどまでの威圧が嘘だったかのように楽しそうに鼻歌を歌っている。


「ねぇねぇ、ペリパトス様。到着の時の十字の奴って私にも出来るようになる?」


「あれか? うーん。無理だろ」


「がーん」


 ニーナは楽しそうである。


「あれは魔法に近い技術だからな。おんなじことを別の奴がやっても全く同じにはならん」


「そっかぁ」


「まずは闘気を使いこなせるようになるんだな。そしたら俺が技術を教えてやるよ」


「本当?」


「あぁ、そのためにもまずはスタンピードを片付けなきゃならねぇな」


 そんな話をしながらペリパトスはどんどんギルドの奥に入っていった。そして、一番格の高い応接間に入るなり言った。


「おい、ゼノン。お前が気に入りそうな奴を連れてきたぞ!」


 やはりそこはゼノンのいる部屋だった。そんな予感がしていたファビウスは冷や汗をかいている。


「ペリパトス、前線に連れていく者は決まったのか?」


「あぁ。アッタロスんとこのニーナにする。だが、ニーナはファビウスとコンビだろ? ファビウスが一人になっちまうんだ。お前とは相性が良さそうだから面倒見てやってくれ」


「ペリパトス、いつも言っているが私は人にものを教えられるような人間ではないんだ。ただ優秀な者が私のことを見て勝手に学んでゆく。それだけのことだ」


「分かってるさ。だからその優秀な奴を連れてきたんだ。相性が良いって言ったろ?」


「そうか。であれば問題ない。ファビウスには私の横にいてもらおう」


「よし! 決まりだな」


 ペリパトスは小声で「ちょっと変わった奴だが、すぐ慣れる」とファビウスに言った後、ニーナを連れてどこかに行ってしまった。


 変わり者同士、仲が良さそうである。





 ファビウスをゼノンに預けた後、ペリパトスはニーナを人の目がないところに連れてきた。


「勘違いする奴が多いから先に言っておくが、お前の仕事は俺の露払いではない」


「そうなの?」


「あぁ。大事なのは戦いの後の方だ。俺がへばっていたら力を合わせて帰還することになるし、俺が起きれない状況だったら起きるまで敵を退けてもらう必要がある。まぁ、これが二番目に大事な仕事だな」


「じゃあ一番は?」


「俺が勝てなかった時、お前は死に物狂いでそのことを誰かに伝えるんだ」


 ニーナは目に力を入れてペリパトスを見据えた。


「俺は国を背負ってる。俺が倒せなかったら、あとは白金級冒険者総出で事に当たらなきゃならない。そんな敵が現れたことは歴史上ほとんどないが、今回がそうなのかもしれない。その可能性があるほどの事態だ」


「その役目に私を選んだの?」


「そうだ。俺が危ないと思ったら考えるより前に身体を動かすんだ。俺の斬跡ざんせきに槌を投げた時みてえにな」


「⋯⋯分かった」


「その時は恥なんか捨てて生き残るんだ。どんなにひどい状態でも、フィデスの婆さんとゼノンがいればなんとかしてくれる」


 似合わずとびきり優しい目をするペリパトスを見て、ニーナは全力を尽くすと覚悟を決めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る