第15話:「龍と戦うときにはあなたを呼ぶから」

 マイオルはルシタニアという街の中堅の商家に生まれた。

 兄が二人、姉が一人、そして弟が一人いる。


 兄と姉は家業を手伝っている。三人とも商家向きのスキルを得たからだ。

 そうなると四番目であるマイオルが実家に入っていく余地はほとんど残っていない。だからマイオルには将来の保証や責任がないかわりに自由が与えられていた。


 マイオルは幼い頃、上の兄の愛読であった冒険譚が好きだった。

 英雄に憧れて、英雄を目指す。そんな勇ましい少女であった。


 マイオルは聞き分けの良い子であったから、手がつけられない事態にはならなかったものの、剣を振って調度品を壊したり、犬とかけずり回って生傷を負ったりという事件が度々起きていた。


 マイオルは木登りが得意だった。

 木に登って高いところからよく街を見ていた。家は山の手にあったのでちょっとだけ見晴らしが良かったのだ。


 マイオルは子供なりに世界が広いことを知っていた。

 だって世界には龍がいたり、巨人がいたり、悪い魔法使いがいたりするのだ。

 マイオルの周りでそれらを見たという話を聞いたことはなかったので母に聞くと「どこか遠くにいる」と教えてくれた。


 マイオルの母はちょっとだけ神経質なところがあったものの、とても強い女性だった。

 母は【察知】というスキルを持っていて、相手のことを察し、商会の仕事が円滑に進むように計らうのが上手かった。


 マイオルは十歳のときにスキル【探知】を得た。

 父はマイオルのことを溺愛していたので冒険者になることを反対していたが、最終的にはかわいい娘の言うことを受け入れた。

 そこで、父は比較的安全に経験を積める王立の冒険者学校に入ることを勧めたのだがこれが逆効果だった。マイオルは銅級に上がって特待生になると決心してしまったのだ。


 冒険者学校で銅級冒険者として入学する学生はほとんどいない。その歳で銅級になることがそもそも難しいのだ。

 その狭き門を潜るために親元を離れて武者修行するという娘は、父には無謀に見えた。


 しかし、結局父は折れて、マイオルのバエティカ行きを認めることになってしまった。それには母がマイオルの気持ちを察して、父を説き伏せてくれたことが大きいと、マイオルは後から聞いた。


 バエティカにやってきて、マイオルは仲間探しを始めた。

 バエティカは低級者でも生活しやすい土地なので、近隣から冒険者の卵たちがやってくる。そういう人たちとマイオルは組んで依頼をこなしたが、なんとなくうまくいかなかった。


 みんなマイオルの【探知】に頼り切りになってすぐに楽をしようとし始める。

 そうなるとマイオルはそっと距離をとった。


 時には向上心のある者もいた。だが、マイオルほど性急に上がって行きたいという気持ちを持っている人はおらず、むしろ堅実に上がっていこうと地道な努力を重ねていた。

 マイオルはその姿勢を正しいと思った。けれど、自分はどうしても王立冒険者学校の特待生になりたかった。


 十二歳で冒険者学校に入り、在学中に銅級冒険者になる学生もいるという。しかし、その場合は優秀者であっても特待生ではない。


 また、受験の上限である十五歳になってからの入学は制度として可能ではあるが、実際にそこまで粘る者はほとんどいないらしい。なので、実現出来たとしても白い目で見られるようだ。だが、それでもマイオルは特待生になりたかった。それはお金のある家に生まれた人間にしては特殊な考えであった。


 マイオルは特別になりたかった。

 冒険譚のような英雄になりたかった。

 だから本当は【探知】ではなく、強力なスキルが欲しかった。


 もし特待生になれたら、特別な存在に手が届くのではないかという確信があった。

 もし特待生になれないのなら、冒険者からは手を引いて、スキルを活かした違う仕事をしようと決めていた。


 マイオルにとって、十歳からの五年間は人生を賭けた戦いだ。


 家を出てから一年が経ち、二年が見えてきた。

 マイオルは正直焦っていたけれど、本当に信頼できる仲間を見つけられたら、一年や二年の穴は簡単に埋められるのだと自分に強く言い聞かせて、機が来るのを待っていたのだ。


 そして、マイオルは『特別』に出会った。





 マイオルには、セネカは荒唐無稽な存在に見えた。

 冒険者に適さないスキルで必死にもがいている。

 スキル以外の剣術や身のこなし、索敵、追跡、採集等、全てが歳にそぐわず熟練だ。


 セネカの知らないところで多くの人が言っているのを聞いた。


「あんなスキルじゃ冒険者になったって無駄だよ」

「コボルト狩りに飽きたらやめるさ」

「かわいそうに。スキルさえ恵まれていたらね」


 もしかしたら、本人の耳にも入っているのかもしれないと思う。

 それでもセネカは前を向くことをやめなかった。

 失敗してもまた分析して、また新しいことを始めた。


 そんな姿が眩しくて、マイオルはセネカに憧れた。





 セネカに出会ってからのマイオルの動きは早かった。

 これまでの遅れを取り戻すように全速力で駆け出した。


 セネカより得意なところはもっと伸ばそうとした。

 セネカより苦手なところは追いつこうと必死になった。

 毎日毎日、頭を回転させ続けた。


 自分と向き合って、【探知】について考え続けた。

 どうしたらレベル2になれるのか今も探索を続けている。


 マイオルは最近思っている。

 きっと今が大事なのだ。

 今が分かれ道だ。

 今を逃したら特別に繋がる道はきっと断たれてしまう。


 セネカはすぐに銅級冒険者になり、来年度の試験を受けて王都に行ってしまうだろう。それまでになんとか自分も銅級冒険者にならなくてはならない。マイオルはそんな風に考えていた。


 ある夜、マイオルはセネカに聞いた。


「セネカはなんでそんなに頑張っているの?」


「英雄になりたいから。私と幼馴染を守るために命を賭して戦った英雄みたいに強くなりたいから」


 マイオルは痺れた。

 まっすぐな目で英雄になりたいと言う人間が自分以外にもいたなんて思わなかったからだ。


「私はあと二年以内に銅級になりたいの。セネカは何か目標ある?」


「最低でも金級冒険者になる。できるだけ早く」


「どうして?」


「そうしないと置いていかれちゃう。ルキウスにも、キトにも。二人ともきっと同じことを思っているから、私も前を向いて進むの」


 マイオルの目標を聞いて、もっと大きな目標を返してきたのはセネカが初めてだった。


「ねぇ、マイオル」


 セネカはマイオルを向いて言った。


「きっとうまくいくよ。マイオルの夢。だって私たちの夢もきっと叶うから」


 セネカの声は震えていた。


 それは自分に言い聞かせているようでもあったし、この世界に願いを届けているようでもあった。


 自分も言わなければと思った瞬間、マイオルは戦慄おののいた。

 言葉を外に出して、空に解き放ってしまうのが何よりも恐ろしかった。

 けれども、勇気を振り絞って言った。


「私も英雄になるわ! 龍と戦う時にはあなたを呼ぶから楽しみにしていなさい!」


 マイオルは「言ってしまった」と思ったが、セネカの反応を見ずにはいられなかった。


 セネカは言葉をゆっくりと理解してから、笑顔で言い放った。


「分かった。そいつを倒したら、私たちも白金級冒険者だね!」


 そんなセネカのことが眩しくて大切でマイオルは嬉しかった。


 二人はこの日、初めて深夜まで語り合った。


 ずっと一人で頑張ってきたマイオルにとって、セネカの存在はかけがえがなくて、その日は忘れられない夜になった。

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