第16話:援護していい?

 ついに依頼の日が来た。

 早朝から準備をして、すぐに発つことになる。


 西門に集まると、『新緑の祈り』の面々がいて、大型の馬車の準備をしていた。

 セネカとマイオルはしっかり挨拶をして、馬車の整備方法や出発前の確認事項などを教えてもらった。


 遅れて続々と『樫の枝』の人たちがきた。

 みんな体を動かしてからここに来ているので、すでに臨戦体制である。

 こういう合同依頼では、瑣末さまつな用意は下っ端が行って、依頼の達成責任が重い上級者が体の調子を整えるということがよくある。


 ナエウスは気力に満ちていて、今すぐにでも全力で戦えそうだった。その準備の周到さや気力の管理などについて、自分達はまだまだ未熟だとセネカは思った。


 ちなみに今回の依頼ではここまでの準備を整える必要がないのだが、『樫の枝』と『新緑の祈り』の両方がセネカとマイオルのために練習の機会を設けてくれたのだ。


 加えて、この依頼は野営を行う。野営のある依頼を二人に回したのはトゥリアである。

 二人はとても恵まれていた。


 ナエウスからいくつかの注意点と依頼の内容についての確認があったのち、一行は出発することとなった。


 門を出る時、いつもの門番さんがいたのでセネカは笑って手を振った。

 門番もセネカファンであるので、いつもより楽しい気分で仕事が出来そうだと彼は微笑んでいた。


 門から一歩外に出れば、弱肉強食の世界である。

 ナエウスは毅然とした態度で言った。


「メーノン、【探知】を使ってくれ!」


 その声はマイオルにしっかり届いた。

 ハッとした顔でマイオルはメーノンを見た。


 メーノンはナエウスのファインプレーに感動して、心の中で讃えた。


 メーノンが探知をして近くに脅威がないことを確認すると、マイオルが駆け寄ってきた。


「メーノンさんのスキルって【探知】だったんですね! そうと知っていたら聞きたいことがたくさんあったのに⋯⋯」


 メーノンはそんなマイオルを見て拳を強く握った。

 得意気に答えそうになったが、それではいけないと自分を戒め、ちょっとだけ格好つけた顔で丁寧に返した。


「道中は長いから、俺のやり方を見る機会はたくさんあるさ。君が【探知】で分かるのは魔物だけ? それとも、もしかして人まで分かるようになった?」


 本人がいないところでは『マイオルちゃん』なんて呼んでいるのに、目の前にすると途端にこれである。


「魔物のことははっきりと探知できます。あと、大きい魔力も探知できるようになりました」


「なんだって!? それは珍しいな!」


 【探知】を持つ人間のほとんどは魔物の次に人を探知できるようになる。しかし、一部例外が存在することが知られており、そういう人は非常に珍しかった。

 スキルは熟練度の上昇とともに個々人の特徴が現れてくる。【探知】はスキルの中でも初期に分化すると言われていて、レベルアップ前に兆候が現れる数少ないスキルだ。


「やはりそうですよね?」


「あぁ。それに、第二の対象が魔力というのは聞いたことがない。普通はレベル2になってからか、人によってはレベル3になってから魔力を探知できるようになるんだ」


 マイオルとメーノンは並んで馬車の前を歩きながら話している。


 メーノンが続ける。

「こりゃあレベル2になった時のサブスキルも特殊なものになるかもな。そういう場合は大抵常ならぬサブスキルになる」


「メーノンさんのサブスキルが何か聞いても良いですか?」


「あぁ、俺は公にも言っているからな。[痕跡探知]だ」


「わー! レアですね」

 マイオルの反応が良くてメーノンは気分が良い。


「おかげで『樫の枝』の懐は潤っているのだよ」


 メーノンのサブスキル[痕跡探知]は魔物の痕跡を発見しやすくなる能力で、痕跡から魔物の種類と時間の情報も得られるため、追跡能力が非常に高くなる。

 この力を利用することで『樫の枝』は効率的に狩りを行うことができるし、追跡系の依頼で指名を受けることが多い。


「あたしは何になるのかなぁ」


 悩みこむマイオルを見てメーノンはほっこりしていたが、途中で大事なことに気づいてギョッとした。


「スキルを得て二年でもう二個目か。こりゃあレベル2もそう遠くないな」


 メーノンは目の前の少女が前に進むためにできることをしてあげようと改めて心に決めた。





 途中、魔物に襲われることもなく、一行は野営地に着いた。

 付近に魔物がいないことはメーノンとマイオルにより確認済みである。


 セネカもマイオルも野営を手伝って、料理も教わった。二人の働きを過剰にありがたがる男たちを不思議に思いながら一日を終えた。


 夜、セネカとマイオルは、『樫の枝』のジューリアと一緒に見張りを行った。

 マイオルの【探知】を適度に使いながらであるが、気を抜かないように見張りのコツを聞き続けた。


 細切れの睡眠から醒めると朝になっていた。

 二人が起きると、ナエウスをはじめとして見張りが早番だった人から身体を動かしていた。

 二人もその様子を見て、身体の感覚がはっきりするまでゆっくりと体を動かした。


 野営の朝の仕事について教わってから、朝食を食べ、出発の時間となった。

 マイオルはメーノンと最前で探知をしている。

 セネカは、昨日は後方にいたが、今日は中腹でジューリアと話をしながら歩いている。


 しばらく歩いてから屈指の探知範囲を誇るメーノンが異変に気づいた。


「すまん、アンニア。馬車を止めてくれ」


 メーノンは御者台に座っていたアンニアに声をかけ、すぐにナエウスのところへ向かった。


「ナエウス、敵だ。リーダー率いるダークコボルトが百頭くらいいる。かなり大規模な群れだ」


「何だって? この先の村は大丈夫なのか?」


「分からん。まだ探知の端にかかったばかりだから、かなり距離がある」


「村のことを考えるとここで引き留めて対処しておいた方が良いな」


 ナエウスは瞬時に集中モードに入って考えを巡らせ始めた。


「メーノン、『新緑の祈り』を集めてくれるか? 俺はジューリアに話を伝える」


「分かった」


 しばらくするとみんなが集められた。

 セネカはマイオルから話を聞いて事態を認識している。


 ナエウスがジューリアと話した結果をみんなに伝える。


「みんな! 話は聞いただろうが、ダークコボルトの群れをメーノンが見つけた。百匹ほどの群れで、ダークコボルトリーダーがいるようだ。近くに村もあるようだし、これだけのメンバーがいれば殲滅可能だと判断する」


 ナエウスは毅然とした態度で言った。


「メーノンは群れに接近して、他の群れがないか確認した後、すぐさま近くの村に向かってくれ。村に着いてからの行動は判断を任せるが、村にも大量のコボルトがいる場合は撤退する」


「分かった」


「『樫の枝』の残りのメンバーと『新緑の祈り』は群れに攻撃を仕掛けて敵を殲滅する。アンニアの魔法を活用すれば取りこぼしは最小限で済むと思う」


「分かりました」


「最後に、セネカとマイオルは馬車を護衛しながら逃したダークコボルトを狙ってくれ。けれど、深追いする必要はない。大事なのは二人の命で、次が馬車、最後にダークコボルトだ。順番を間違わないでくれ」


 上級の冒険者からの指示はほぼ『命令』なので、あえて呼び捨てで呼ぶことがある。

 おかげでセネカとマイオルはピシッとした態度で話を聞いた。


「メーノンが一旦帰ってきた後、ダークコボルトがマイオルの探索範囲に入ったら戦闘を開始しよう。ちなみに二人はダークコボルトとの戦闘経験はあるか?」


「はい。多数の敵に囲まれなければ問題なく倒せます」


「分かった。十分だ」


 マイオルとセネカは、実は三十頭の群れを二人で殲滅したことがある。


「何か質問はあるか?」


 ナエウスがそう問うとセネカが手を挙げた。


「遠距離からの援護をしてもいいですか?」


 そう言ったセネカはマイオルを見た。

 ナエウスがマイオルに目を向けると弓を背負っている。

 この弓を使って援護しようということかもしれないとナエウスは思った。


「許可する。だが、先ほど伝えた優先順位を守り、誤射には十分気をつけることだ」


「ありがとうございます!」


 マイオルの弓のことなのにセネカがお礼を言うのには多少の違和感があったが、コンビ間での申し合わせがあるのかもしれないと思ってナエウスは気に留めないことにした。


「質問が他に無いようなら作戦に移る。メーノン、頼む」


「ほいほーい」


 そう言って、メーノンはスッと消えていった。





 細かい打ち合わせをしながら待っているとメーノンが帰ってきた。


「ナエウス、どうやら他の群れはいないようだ。だが、離れた場所にオークがいる。片付けるなら早めが良いだろう」


「分かった。ありがとう、メーノン。村のことは頼んだ」


「ほいほーい」


 メーノンはまた同じ流れでスッと村の方向へと消えていった。


 メーノンからの情報を得たので作戦は次の段階に進む。

 マイオルの【探知】の力で取りこぼしを減らす予定なので、敵をその範囲に入れなくてはならない。


 範囲に入れると言っても端では状況がわからないので、ある程度までは近づく必要がある。


 一行は馬車の音も控えながら群れの方向に近づいていった。


 ゆっくりと進むとマイオルが言った。


「この辺りなら敵の群れのことがよく分かります。もっと近づけたらもちろん良いですが、これ以上近づいたら気取られそうに思いました」


 ナエウスは頷いて、歩みを止めた。

 そしてマイオルの探索範囲の広さに驚いた。メーノンと長年付き合っているので、範囲から熟練度を測ることができる。

 ナエウスは自分たちの予想以上にマイオルの熟練度は貯まっており、レベル2が近づいているのでは無いかと思った。


「それじゃあ、作戦を次の段階に移そう。できるだけ近づいた後、俺が合図をするからアカルスとアンニアは魔法を撃ってくれ。アンニアが使う魔法の属性については二人に任せる」


 そう言ってナエウスは鞘から剣を抜いた。

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