第17話:うまくいったね
ナエウスは冷静だった。
ここまで的確に判断して、最善を尽くしていた。
正直運が良かっただろう。
『樫の枝』だけだったら戦ったかどうか分からない。
百匹の群れというのは非常に大きい。
ダークコボルト単体だったら青銅級でも倒せなくはないが、それが百匹もいると厄介なことになる。
それだけ数の暴力というのは強大だし、今回はダークコボルトリーダーがいる。
ダークコボルトリーダーは銅級冒険者一人と大体同格だ。ナエウスは銅級の中でも強いので一対一ならば負けることはないと断言できる。
しかし、百匹の群れに揉まれながらダークコボルトリーダーと戦うのはなかなかに骨が折れるだろう。
だから『新緑の祈り』がいて良かった。
アンニアの殲滅力とメテラの防御力はバエティカの冒険者の中でも定評があり、安定感のあるパーティだと知られている。
あの四人がいるお陰で、ナエウスはリーダーとの戦いに集中しやすくなる。
それにセネカとマイオルも十分な戦力だった。
二人の身のこなしには何の問題もなく、少数のダークコボルトに遅れをとることもなさそうだ。
何より安心できるのは、話がよく分かっていることだ。いくら腕があっても話が通じない新人冒険者というのは多い。
あの二人はこちらの意図をしっかりと汲み取って行動してくれる。時には意を読んで予想以上の仕事をしてくれることもある。
普通の新人は変に力が入って、ありがた迷惑な行動をしてしまうものなのだ。それはそれで微笑ましいのだから教えてゆけば良いのだけれど、今はあの二人がいるのが心強い。
ナエウスは冷静に自分を律しながらも、この戦闘がうまくいくことを確信した。
◆
音を殺してしばし歩くと、ダークコボルトの気配がしてきた。
マイオルの話によればリーダーは群れの真ん中にいるらしい。
ナエウスは魔法攻撃で生じた混乱に紛れて、ダークコボルトリーダーを葬るつもりだ。
それがうまくいけば作戦は八割ほど成功したと言える。あとは防御を固めながら堅実にダークコボルトを削っていけば良い。
多少取り逃しても、それはもう脅威ではない。
ナエウスはアカルスとアンニアを見て、目で合図を送った。
二人はすぐに魔法の準備をする。
すると、即座に凝縮した魔力が二人の手に集まった。
ダークコボルト達が気配に気づいてこちらに向かってくるが遅い。
アンニアの魔法が先に発動した。
手から無数の氷柱が発生して、ダークコボルトに刺さっている。
アカルスからはセネカの腰ぐらいの大きさの岩が発射された。大岩は凄まじい勢いで進んでいく。
何匹かのダークコボルトは轢き潰されたが大半の魔物は避けた。
道が拓ける。
ナエウスは絶妙なタイミングで走り出していたので、大岩の後を追って群れの中に入っていく。
前方にダークコボルトリーダーの姿が見えた。
突然の事態に狼狽えて辺りをキョロキョロと見ている。
「捉えた!」
ナエウスが加速してダークコボルトリーダーに斬りかかろうとした瞬間、光り輝く高速の物体がコボルトリーダーのお腹を貫いた。矢ではない。
お腹を貫いた物体は非常識な量の魔力を保持していて、地面に突き刺さっている。
そこから魔力の糸が伸びていて、ダークコボルトリーダーを後ろに引っ張っている。コボルトリーダーは体勢を崩した。
「[豪剣]」
ナエウスはサブスキルを発動した。【剣術】スキルを持つほぼ全ての人間がレベル2に上がる時に得るサブスキルで、剣に対する干渉力と身体能力を大幅に上昇させる。
ナエウスは大きく一歩を踏み出し、両手剣を振り抜いた。
それだけでダークコボルトリーダーの首は空に舞った。呆気ない戦闘であった。
ナエウスは大きな息を吐いて弛緩したい気分になったが、やるべきことはまだ残っている。
剣を改めて握り直し、[豪剣]の効果が切れる前に暴れようとナエウスは決めた。
◆
「ふぅ⋯⋯。うまくいったね、マイオル」
セネカは木の上で額の汗を拭うような仕草をした。
マイオルは隣で『また非常識を見てしまった』と思っていた。
セネカがあの質問をした時点で、どういうつもりなのかは分かっていたけれど、かなり距離があるので当たるとは思っていなかった。
「よ、よく当たったね」
「運が良かったよね。魔力を八割くらい使っちゃったから、普段は使えないね」
「そ、そうなんだ」
マイオルはセネカの莫大な魔力量を知っていたので、そのほとんどをあの一撃に使ってしまったことに驚いた。
あの戦いが今回の戦いの要だったので、セネカの働きは非常に大きいものだ。だが、あれだけの魔力を使って敵の動きを一時的に止めるだけだというのは、マイオルには割りが悪いように思ってしまった。
だけど、マイオルは思い直した。
こういうことが出来るからセネカは最速でレベル2になったのだ。
割りは悪いし、無駄に思える。だけど、こういう挑戦をし続けていればいつか当たるかもしれない。
さっと木から飛び降りるセネカの後を追って、マイオルも飛び降りた。
「私は馬車を守るけど、コボルトが抜けてきたら教えてね。これからはマイオルが活躍する時間なんだから」
◆
戦闘はあっという間に終了した。
マイオルは【探知】で魔物と魔力の反応を見ていた。
ナエウスと思われる魔力反応が疾風のような速度で魔物の反応を消し続けていた。
アカルスとアンニアの魔法も凄まじかった。
一撃で複数のダークコボルトが消えていった。
他の面々は三人のサポートに徹していたようで、後詰めの役割が多かったようだ。
少しずつ熟練してきたのかマイオルは魔力の質のようなものを見分けられるようになってきた。
魔法使いの二人は、魔法の使用によって量や質が微妙に変わるのでまだ慣れないが、それ以外の人は判別できそうである。
改めて【探知】をすると、魔物の反応は全てなくなっており、ものすごい速さでメーノンがこちらに向かってくるのが分かった。
◆
少し待つと、何食わぬ顔でメーノンが戻ってきた。
「えっ、もう終わったの? はやすぎじゃね?」
ナエウスから事情を聞いて、メーノンはあまりのことに驚いた。
ナエウスの考えでは、ダークコボルトリーダーをあっさり倒せたことが大きかった。戦いのさなかで、あの攻撃をしたのではセネカではないかと考えるに至ったが話をする時間はまだなかった。
「村の様子はどうだった?」
ナエウスは張り詰めた声で聞いた。
「無事だ。月詠の日の準備に集中していて魔物の気配に気がついていなかったようだから、ここで倒せて良かった」
「そうか。それは良かった。ちなみに、さっき【探知】にかかったオークはまだこの辺りにいるか?」
メーノンはスキルを使った。
「あぁ、まだいるようだな。倒すつもりか?」
「お陰で余力があるからな。かわいい後輩達にオーク討伐を見せるとしよう」
「カッコつけやがって。だが、悪くない」
そう言って二人は握手した。
理由は特にない。
◆
ナエウス達『樫の枝』がオークと戦っているのをセネカとマイオルは離れたところから見ていた。
オーク一匹と銅級のパーティは同等だと言われているが、戦いは『樫の枝』が圧倒していた。
ナエウスによれば四匹までだったら何とか出来る自信があるという。
『樫の枝』は全員が卓越した動きを見せていたが、特に目立っていたのはメーノンだった。
メーノンはその敏捷性を活かして、最前線でオークを撹乱している。
オークも躍起になってメーノンを襲っているので他の仲間が剣や魔法をどんどん打ち込むことができている。
隣で見ていたメテラが呟いた。
「あれが回避盾ってやつだね」
「回避盾?」
マイオルが興味津々で質問する。
「そう。囮役だね。私の場合は防御と耐久で敵を引きつけるけど、ああやって敏捷で賄うこともできるの。すごい技術が必要だけどね」
「あんな戦い方もあるんだ⋯⋯」
マイオルは最近戦術に興味が出てきたので必死に戦いを眺めている。
「誰にでも出来る戦い方じゃないよ。メーノンさんはああ見えて耐久力も結構高いんだってさ。『樫の枝』で一番強いのはナエウスさんだけど、一番役に立つのは自分だってメーノンさんがよく言ってるの。本当にすごいよね」
メテラも一生懸命になって見ている。
「⋯⋯終わるね」
セネカがそう言った瞬間、ナエウスがオークの胸を貫いた。
◆
その後、一行は村に行き、改めて事情を説明した。
オークの肉などはとても持ちきれるものではなかったので村に贈り、『樫の枝』が賞賛された。
その日は村に泊まり、早朝になって子供達と出発した。子供達と言っても、セネカとは一歳、マイオルとは二歳しか変わらないが、その顔つきは驚くほど違っていた。
不安そうに外の世界を歩く子供達をセネカは懸命に励ました。
孤児院でお姉さんをしていたセネカはとても面倒見が良かったのだろうとマイオルは感じた。
行きの道で魔物と出会ったので、一行の警戒は強かった。お陰で陣形には一分の隙もなく、頼もしい集団であった。
野営にはかなり気を遣ったものの、一晩で済むことなのでへこたれる子供はいなかった。
そして翌日、何事もなく全員がバエティカに到着した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます