第152話:大樹の根を枕にする
「こっちに強い聖の気配を感じる」
いつまでも続く緑の世界に迷っていた時、ルキウスがそう言った。
景色こそ似たような色味ではあるが、道が平坦だというわけではない。
むしろ森の中に岩がたくさん露出していたり、坂があったりと起伏がある。
少し登ったと思ったら今度は下がり、また登る。おかげで先が全然見えない。
「多分この方向で合っていると思うんだけど、真っ直ぐ行けるか分からないね」
「うん。ルキウスがその気配の方向を見失うことはないかもしれないけれど、迂回しないと行けないところにあるかも」
「そうだよね。⋯⋯ちょっと本気で跳んでみようかな」
言うなりルキウスは足に魔力を集めて大きく跳躍した。
セネカは楽しそうだと思ったので反射的にルキウスの真似をして後に続く。
頭の上は木の枝に覆われていることが多かったけれど、今いた場所は少しだけ隙間があった。セネカはその隙間を【縫って】空に跳び上がった。
急上昇するセネカの目にルキウスの姿が見える。
スキルで作った板のようなものに乗っているようだ。
瞬時にルキウスよりも高く跳び上がったセネカは下側に[まち針]で大きな針を固定した。
そして上昇が終わると出した針の上にしっかり落下した。ちゃんとルキウスの隣だ。
針は剣の柄ほどの太さしかないけれど、セネカはピタリと動きを止めた。
「ねぇ、セネカ。見てみてよ」
セネカの超人的な動きを当然のように受け流したルキウスは長い腕を伸ばした。
その動きに従って目線を遠くの方に向けると、その先には幻想的な世界が広がっていた。
「うわぁ、すごい⋯⋯」
周囲には緑が広がっている。
薄い緑や濃い緑、黄色や青が混じったような緑がいっぱいに広がっている。
「この世界の緑が全部ここにあるみたい⋯⋯」
セネカの口から思わず出た言葉だった。
そしてそんな緑の世界の中に一際目立つ場所がある。
「ルキウス、あの木なに⋯⋯?」
そこには巨大な木が何本も密集して生えている。
「分からない。大きさもすごいけれど、幹が異常に太く見えるね⋯⋯」
見たこともない景色を前に二人は息を呑んだ。
壮大な情景に圧倒されて、自分のちっぽけさを強く実感させられる。
「⋯⋯間違いない。聖の気配がするのはあの木の場所からだよ」
ルキウスは声を潜めて言った。
どこか厳かな空気を出す気配を感じて自然に声の大きさを絞ったのだろう。
「あそこに行ってみたいね」
「うん。真っ直ぐ向えば着きそうだし、問題なさそうだ」
「そうだね。でも⋯⋯」
「もう少しこの景色を眺めようか。これこそが冒険の醍醐味だからね」
ルキウスの言葉にセネカは頷いた。
そして二人で静かに未知との遭遇を味わった。
◆
景色を目に焼き付けた二人は地上に降りてきてまたゆっくりと歩き出した。
「そういえば魔力の感覚はどう?」
セネカはルキウスの顔を覗き込むようにしながら言った。
「うーん。やっぱり違和感があるかなぁ。身体の中が空っぽのような感じがあって、うまく練り上げられないんだ。多少は戦えると思うけど、全力では無理だね」
「私も同じ感じ。大きな魔力を使う技は使えなさそう」
「レベルが上がったから色々試してみたいんだけれど、感覚が違いすぎて怖いんだよねぇ」
ルキウスはオークキングとの戦いを経てレベル4に上がった。
魔界は女神の管轄の外にある世界だと言われているので、こちらの世界に戻ってきた時にレベルが上昇したのだとルキウスは思っている。
「[理]だっけ? どんなスキルか楽しみだね!」
「うん。まぁこの世界の法則を認識できるスキルみたいなんだけど、よく分からない情報が頭に入ってきてうまく扱える気がしないんだよね⋯⋯」
ルキウスの顔を見ると形の良い眉がひそめられていた。これは本当に困っている時の顔だ。
セネカはあの戦いの時にルキウスが何をしたのか聞いた。
この世界の理を認識してそれを一時的に破壊するというのは非常に強力に違いないけれど、そう簡単に扱える能力ではないだろう。
それなりの制約があるのは当然と言えた。
「マイオルも新しい情報が入ってくるたびに混乱しているから、もしかしたら助言をくれるかもしれないね!」
セネカは良いことを思いついたとばかりに笑顔になった。だけどマイオルの顔を思い浮かべた瞬間涙が滲みそうになる。
「⋯⋯うん。そうだね。効果範囲や継続時間の問題もあるし、ゆっくり力をなじませていけたらと思っているよ」
ルキウスの気遣わしげな目を見てセネカは顔をしかめた。
魔界に帰ってきてから気持ちがすごく不安定だ。
簡単に気分が沈んでしまう。
「もしかしたらだけど、突然魔力の感覚が変になって精神にも影響が出てきているんじゃない?」
セネカの様子を見てルキウスは推測を口にする。魔界にいた時とは様子が明らかに違う。
「そうなのかもしれない⋯⋯。ずっと変な感じがしているのは間違いないから」
「セネカは魔力量が多いから僕よりも影響を受けやすいのかもしれない。魔界の時は徐々に慣らしていけたけれど、戻る時は急激だったから」
「せっかく戻ってきたのになぁ⋯⋯」
セネカはまた切ない気持ちになった。
だけどこれが外的な要因なのだと思うと気持ちはいくぶんか楽になった。
◆
木が大きかったので予想よりも遠かったけれど、二人はやっとのことで大樹にたどり着いた。
「うわぁ⋯⋯大きいねぇ。ルキウス、見てみて。根が板みたいになってる」
「本当だ。熱い地域にこういう木があるっていうのは聞いたことあるけど、ここは普通の温暖な植生だったよね」
「うん。見たことないよね」
セネカはそう言いながら板根を撫でた。
見た目通り少しツルツルとした手触りがあった。
「世界にはいろんなものがあるって、改めて思うね。こんなにツルツルしてる。ルキウスも触ってみて?」
セネカに促されてルキウスも板根に触れた。
「⋯⋯何これ」
触った途端にルキウスの表情が変わった。
表情を見るに単に驚いただけのようだけれど、そんな要素があっただろうか。
「どうかした?」
「この木、聖の属性に満ち溢れている⋯⋯」
「聖の属性の気配がするって言ってたけど、想像以上にってこと?」
セネカが聞くとルキウスは頷いた。
「こんなに純度高く濃縮されたものを僕は見たことがないよ⋯⋯。この木は一体なんなんだ?」
「確かに触っているとすっとした気持ちにはなるけれど⋯⋯。ふわぁ⋯⋯」
セネカはなんだか眠くなってきた。
ちょっと横にでもなりたい気分だ。
「ふわぁ⋯⋯」
ルキウスにもあくびが移ったようだ。
目をしばたたかせて、非常に眠そうに見える。
気づけばセネカは腰を地面に下ろしていた。
なんだかとても気持ちが良い。
もう起きてはいられない。
そう思ったセネカは同じく隣に座っていたルキウスの手を握って目をつぶった。
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