第十四章:月詠の国編
第151話:緑色の世界で
魔界の爆発に飲まれたあと、セネカは気を失ってしまった。
そして目を覚ますと森の中にいた。
セネカは身体を起こし、周囲を確認する。
隣にはルキウスが横になっている。
ルキウスの胸に耳を当てるとドクンドクンと心臓が脈打つ音が聞こえ、呼吸により胸が膨らんだり萎んだりするのが分かった。
外傷もないのでルキウスはただ眠っているだけだろう。
改めて周囲を見回してみる。
木が沢山生えているが樹皮には苔が付いている。岩もあるのだけれど、こちらも苔むしている。
「ここ、どこ⋯⋯?」
セネカの目の前には知らない世界が広がっていた。
冒険者として勉強を重ねてきたし、様々な場所で活動してきたつもりだけれど、こういう場所があることをセネカは聞いたこともなかった。
「でも魔界じゃない⋯⋯かな」
魔界ではまとわりつくような魔力に常に晒されていたけれど、ここにはそれがない。
湿度は高そうだけれど、それが心地よくてどこか静謐な空気感だ。
獣の気配も感じず、全ての生物が息を潜めて生活しているような雰囲気が流れている。
「ルキウス、ルキウス」
セネカはルキウスを揺すった。
改めて見るとルキウスの頬に土がついていて、お茶目に見える。
孤児院にいた時よりも成長したけれど、こうして見るとあの頃と何も変わっていないように見える。
「う、うぅ⋯⋯」
揺すり続けているとルキウスが目を覚ました。
最初は目がぼやけていたようだったけれど、目の前にいるのがセネカだと分かると途端に笑顔になった。
「セネカ⋯⋯」
整った顔がくしゃっと歪み、翡翠色の瞳が輝く。
「ルキウス、おはよう。なんかすごいところに来ちゃったみたいだよ」
それを聞いてルキウスは飛び起きた。
魔界の崩壊に巻き込まれたことを思い出したのかもしれない。
「ここ、どこ⋯⋯?」
「やっぱりルキウスも分からない? 見たことない植物ばかりだし、苔ばっかり生えてるの」
ルキウスはセネカの言葉に頷いて近くの木に近づいた。顔を付けそうな勢いで表面に付着している苔を見ているようだ。
「だめだ、この
「さく? ルキウスは苔に詳しいの?」
そう聞くとルキウスが手招きしたので、セネカも木に近づいていった。
「学校で勉強したんだ。極限状態では食べることになるかもしれないし、いろんな情報が得られて意外と面白いんだ」
ルキウスは楽しそうだ。
セネカはまたルキウスの知らない一面を見ることができそうで嬉しくなった。
「詳しい説明は省くけれど、よく見ると細い柄が沢山飛び出ているでしょう? これが蒴って言って種類を見分けるのに役立つんだよ」
ルキウスに言われて見ると確かに細い棒がぴょんぴょんと顔を出していて、先には球体が付いていた。
苔系の素材採取をする時にプラウティアがそういう種類があることを話していたような気もするけれど、セネカはあまり覚えていなかった。
「セネカは昔は鳥を見つけるのがうまかったけど、今はどう? 魔物に気をつけながら探索を始めたほうが良さそうだね」
「私は鳥や動物だったら分かるよ。虫も少しなら分かる」
プラウティアが植物に詳しいのもあって、『月下の誓い』の他の人は動物の知識を勉強することが多かった。
「そっかそっか。そしたら少しこの辺りを調べてみよう。食料と水がどっかに行っちゃったから探さないといけないけれど、僕もセネカも装備は問題なさそうだね。体調はどう?」
「身体は問題がなさそう。でもずっと身体の外に魔力があったから感覚が変かも⋯⋯」
「そうだね。感覚的に元の世界に戻ってきたのは間違いなさそうだけど、本当にここは何処なんだろうね⋯⋯」
二人は一緒に苦笑いを浮かべながら周囲の探索を始めた。
◆
「何の手がかりもないね」
ルキウスの言葉にセネカは頷いた。
あれから二人は歩き回って植物や動物を調べたけれどどれも見覚えのないものばかりだった。正確には似た種類は知ってるけれど、細かい部分で差異があった。
「一旦ここが何処なのかは忘れて、生きていく方法を探ったほうが良いかもね。まだ日は高いけれど、夜になったらどうなるか分からない」
「そうだね。まずは食べるものの確保かな? 水は私の魔法でも出せるけど水源があるに越したことはないから⋯⋯」
ルキウスのスキルのおかげである程度の解毒はできるけれど、当然、できれば無毒な物を食べたいとセネカは思っている。
「魔界の時は仕方がなかったけど、こっちの世界に戻ってきてからも毒味をしないといけないなんてね⋯⋯」
セネカが言うとルキウスは苦笑いを浮かべた。
「解毒の関係で毎回セネカに食べてもらうのも悪いんだよなぁ。ヒヤヒヤするし」
「でもルキウスが食べて魔力に干渉する毒だったらどうしようもないから仕方がないよ」
「分かってはいるんだけどね」
そんな風に話をしながら森を歩いていると、目の前に見覚えのある木があった。
「あっ! これピヌスの木かもしれない!」
「ピヌス? あ、本当だ」
セネカは近づいて樹皮の形をよく見た。鱗が縦長に走っているようだ。
「ルキウス、これ食べられる種類だ。注意は必要だけど、ピヌスは世界中で生えているって教えてもらったことがあるの。中の白い皮を水でさらしてから煮込めば食料になる!」
「⋯⋯とりあえずそうしてみよう。今は食い繋ぐことが大事だからね」
「うん!」
セネカは昔アッタロスに教えてもらったことを思い出してルキウスに伝えた。
ルキウスは感心した様子でセネカもご満悦だ。
「⋯⋯あっ!」
「どうかした?」
「これ最初にアク抜きしないと絶望的な味がするんだけれど、ルキウスに黙っておけば良かったなぁ⋯⋯。私たちはアッタロスさんに騙されて酷い目にあったんだから!」
アッタロスにイタズラで食べさせられて随分憤慨したものだけれど、誰かに食べさせてみたい気持ちも分かるとセネカは思った。
「あの時はマイオルがさぁ⋯⋯」
「マイオルさん?」
「そう⋯⋯マイオルが⋯⋯」
さっきまでとても楽しい気持ちだったのに突然気持ちがしゅんとしてしまったことにセネカは気がついた。
なんなら涙が出そうだ。
「もう随分長いことみんなに会ってない気がするなぁ⋯⋯」
様子が変なことに気がついてルキウスはセネカの手をそっと握った。
「もう直ぐ会えるさ」
「うん⋯⋯。情緒不安定でごめんね⋯⋯」
ルキウスとやっと会えたと思ったら今度はマイオル達と会えなくなってしまった。
こんな時にスキルで縁を繋げられたら良かったのにとセネカは思った。
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