第3話:別離
夜になった。
みんなの寝息が聞こえてきたのでセネカは部屋を出た。
約束をしていても眠ってしまうこともあったが、今日は目が冴えていた。
屋根裏部屋に入っていつもの通りに屋根に出ると、そこにはすでにルキウスがいた。
セネカはルキウスの隣に座って、ただぼーっと月を見た。
その日の月はとても大きくて、神秘的な光を纏っていた。
「なんで行くことにしたの?」
自然に口をついて出た言葉だった。
変えられないとしても抵抗できたはずだ。
それなのにルキウスは簡単に受け入れた。セネカはそのことが気に入らなかった。
「ずっと思っていたんだ。このままじゃダメじゃないかって」
ルキウスもセネカも月を眺めている。
「スキルを得て冒険者になるつもりだった。どんなスキルかは分からなかったけど、この街で冒険者になることだけは決めていた」
「私もそうだよ」
「けど知ってるか? この街には銀級冒険者は四人しかいない。この街で必死に修行して銀級冒険者になった人たちだ」
セネカは頷いた。
「父さん達も銀級冒険者だったのはセネカも知っているだろ? 自分がどれぐらいの才能を持っているのかはわからないけれど、僕はもっと強くなりたいんだ」
「どうして?」
「銀級じゃ足りなかったから。大切な人を守って、自分たちも生き残るにはもっと強くならなきゃいけないんだ。そうしなきゃ、この世界では胸を張って生きられない」
ルキウスは翡翠色の瞳を煌かせて言った。
「僕は父さんたちを超えたいんだ!」
同じことをセネカも思っていたからうまい反論が見つからなかった。
「僕は強くならないといけない。それは、すごい魔法で敵を倒せるとか、恐ろしく剣が上手いとかそういう強さじゃなくてもいい。どんなに強い敵が現れても生き延びるという強さが欲しいんだ。そのためには何がなんでもスキルを鍛えたかった」
「あの時、そんなことを考えていたんだね」
ルキウスはなんとしてでもセネカを守れるようになりたかった。
この少女は強い。放っておいてもきっと大きく成長していくだろう。
だが、万全だとは思えない。
大人になって強い敵が現れたらどうする?
弱い者を放って置けないセネカが自分から危険に飛び込んだらどうする?
ルキウスはセネカに変わってほしくなかった。
飛び込みたい時に飛び込んで欲しかった。
だから、どんなことがあってもセネカを守れるようにルキウスは強くなりたいと願った。
けれど、セネカもルキウスを守りたかった。
おどおどしながら剣を振っていたあの少年が強い目をこしらえるようになってしまった。
そんな過酷な世界からルキウスを守ってあげたかった。
そのために、セネカも必死で強くなろうとした。
雲がかかって仄かに霞んだ月を見ながらセネカは言った。
「ルキウス、父さんたちは私たちの英雄だよね。それは私たちがいくら強くなっても変わらない」
「あぁ、そうだ。僕たちを守るために身を賭して強大な敵に立ち向ったんだ。力が強いだけじゃあ、英雄にはなれない」
「ルキウスもその気持ちを忘れないで。時には逃げることも強さだと私は思う」
セネカはルキウスの方を向いた。
ルキウスもセネカに顔を合わせて、その目を見つめた。
「うん。分かった。僕が英雄になったとき、隣で一緒にセネカと戦いたいんだ」
「私のスキルは【縫う】だよ?」
「それでもきっと大丈夫だよ。セネカなら」
セネカは孤児院で「セネカだから大丈夫」と言われるのが嫌いだった。
だが、ルキウスに言われるのはなんだか嬉しかった。
「ねぇ、セネカ⋯⋯」
ルキウスは強張った表情になり、想いを伝えようとした。
だがその時、雲から出た月が白緑に輝いた。
溢れんばかりの魔力が二人に降り注ぎ、月はすぐに元の通りに戻ってしまった。
「ねぇ、ルキウス。今のなに?」
「ふわーって光ったよね? 僕の気のせいじゃないよね?」
「うん。私も見たよ。それで魔力もふわーって。そんなことがあるって聞いたことある?」
「いや、ないよ。誰か見ていたかな?」
「うーん。街で見ている人がいたかもしれないけど、ここのみんなは寝てるだろうから」
「街の人には聞けないもんね」
セネカはすごく気になったが、どうしようもないので忘れることにした。
「そういえば、ルキウス、さっき何か言いかけてなかった?」
「あ、いや、なんでもないんだ。大丈夫」
「本当に? 真剣な感じだったけれど」
「うん。本当に大丈夫だよ」
「ふーん。なら良いけど、変なの」
セネカは何故だか嬉しくなって笑ってしまった。
二人はまた月を見始めた。
「いまはその時じゃなかったのかな⋯⋯」
ルキウスは何やらぶつぶつとつぶやいていた後、ちょっとだけセネカの方に身を寄せた。
月の光に照らされたセネカは見たことがないくらいに艶やかでルキウスは思わず赤面した。
◆
次の日、ルキウスはみんなに見送られて行ってしまった。
馬車に乗って連れて行かれるルキウスを見て、セネカは涙を流した。
涙はすぐに止まったが、頬を伝って落ちた雫は陽の光に当たって宝石のように輝いた。
その日は雲ひとつない晴れで、お別れに良い日和だった。
セネカはいずれこういう時が来ると自分が考えていたことに気がついた。
あれだけの剣の才だ。どんなスキルを得たとしてもルキウスは自分の先に行ってしまうのではないか。そう感じている部分もあった。
だが、その時は突然来た。
あまりにも早くて、あまりにも脈絡がなかった。
だから狼狽えてしまった。
けれど、前に進んでいくしかない。
そう信じて、セネカはゆっくりと覚悟を決めた。
◆
ルキウスがいない日常が始まった。
バエティカに来てから、セネカはルキウスといる時間が特に長かった。
だから、ルキウスがいなくなるとどう過ごしていいのかよく分からなかった。
昨日はルキウスのことで頭がいっぱいでスキルを試す暇がなかった。
孤児院の一個上のエミリーが【裁縫】のスキルを持っているので道具を借りることにした。
エミリーは少し前から服飾店で見習いの仕事を始めた。
もう少ししたら孤児院を出て住み込みで働くのだという。
セネカが道具を貸してもらえないか聞きにいくと、エミリーは似たスキルを持ったセネカを歓迎した。
セネカにその気があれば職場を紹介してくれるとも言ってくれた。
孤児院ではみんなセネカのことが気になっていた。
可憐な姿に似合わず剣を志し、冒険者になるのだと公言している。
魔力量は大人を含めても孤児院の中で一番で、セネカは魔法のスキルを得るとみんなが思っていたのだ。
セネカが【縫う】という冒険者に合わないスキルを得たとしても、冒険者を諦めるわけがないことはみんな分かっていた。
だから無茶を始めるのではないかと気が気でなかったのだ。
エミリーの部屋で布と針と糸を持ち、縫い物を始めた。
すると、これまでに経験がないほどに手が進んだ。
大まかではあるけれど、次にどうすれば良いのかが分かるし、器用さが上がっているように感じる。
縫い物の得意なシスターミーナには敵わないが、経験に乏しいセネカが行ったにしては非常に上手かった。
「これがスキル⋯⋯」
セネカはスキルの威力を思い知った。
自分がやったとは思えないほど綺麗に縫うことが出来ていたので、何度も見直してしまった。
それからエミリーの話を聞いて幾つかのことが分かった。
まず、セネカが上手いのは縫うことだけだった。
【裁縫】だったら布を切ったり、編んだり、型紙をつくったりするときもスキルの補助があるらしいのだが、セネカは縫う以外はこれまで通り出来なかった。
だが、縫う作業の上達は早かった。
スキルを持つと成長が早くなると言われている。
早熟だからといって大器であるとは限らないのだが、才能のあるものに相応のスキルが与えられるということもよく知られている。
セネカは自分のスキルを目の当たりにして色々と考え込んだ。
だが、なんにせよ、冒険者になることだけは決めていたので、思考を止めて冒険者登録をすることにした。
現実逃避をしたくなったのだ。
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