第127話:修行

 魔界で目を覚ましてから明滅サイクルを五回繰り返した。元の世界とどれぐらいズレがあるのかは分からないけれど、一度明るくなってから暗くなり、また一度明るくなるまでを一日と考えて二人は活動している。


 あれから探索を続けたけれど、日に一度か二度、魔物に遭遇するだけだった。やはり生き物があまりいない。


 昨日、二人で地下を必死に探索して塩を手に入れた。おかげでご飯の味もそれなりだ。倒した魔物の肉も溜まり始めたので、ひとまず生活の心配は無くなった。


 そんな訳で、セネカとルキウスは裂け目を探して次の亜空間にいく前にこの地で修行をすることにした。


 目的は二つだ。一つは空気中の魔力を使ってスキルを発動できるようになること。もう一つは二人の連携を強めることだ。『根』に至ったら強大な敵と戦うことになるかもしれないため、二人は今のうちに練度を高めることにした。


 そうと決まれば話は早い、二人は適当な場所を見つけて野営地を作ることにした。レベルが上がったことでセネカの縫う速度はさらに早くなり、簡易的な天幕であれば魔力糸ですぐに作ることができる。


 ルキウスの【神聖魔法】はある程度大きくて硬い物は成形できるけれど、細かい物や柔軟性の高い物を作るのは苦手だった。その点、セネカの[魔力針]と魔力糸はそんなルキウスの欠点をうまく補うことができる。


「相性が良いね」


 セネカはそんなことをルキウスに言って、何となく顔を赤らめた。





 大きな針を構えるセネカと大太刀を持つルキウスが対峙している。セネカはレベル4になってさらに能力が上がった。けれど、その力をうまく扱うことがまだ出来ていない。


「本気でやろう」


 ルキウスはそう言った。普段は穏やかな顔をしているが、敵に対して剣を振う時だけ、射抜くような鋭い目になる。


 ルキウスはきっと誰よりもセネカのことを思ってくれている。だからこそ、戦いの時はセネカのことを『敵』とみなして、全力で戦ってくれる。


 セネカがルキウスのことを好きな理由の一つだ。その部分は昔と変わらずセネカは安心した。だからセネカも遠慮せず全力を出す。


「スキルで怪我をしても治せるから遠慮することはないよ」


 ルキウスは静かにそう言った。昔通りであればこれは挑発だ。


「回復できるようになって良かったね。もう怖くないね」


「僕はセネカの心配をしてたんだけどな」


 ほら、とセネカは思った。ルキウスはセネカを煽っているのだ。だが、セネカは成長した。安い挑発には乗らないし、嫌味を受け流すことも覚えた。


「答え合わせをしようよ。この四年でどちらが強くなったのかがこれから分かる」


 きっとこれもルキウスの作戦なのだろうとセネカは気づいていた。ルキウスもノルトもこうやってセネカをやる気にさせて、とにかく全力を引き出そうとしてきた。


 良いだろう。乗ってやるとセネカは思った。

 よく考えたらルキウスを相手に戦闘意欲を抑える必要はない。だからあの頃のように思い切り戦おうと決めて、セネカは目を細めた。


 結局セネカの本質はとんでもない跳ねっ返りのままだ。


 ガーゴイルとの戦いでルキウスの戦いを見た。それから魔界に来て、より細かい技術を見る機会があった。セネカの方も今の自分をルキウスに見せてきた。お互いに強くなったと実感した。


 けれど、結局のところ、戦ってみないと分からない。どっちがどれだけ強いのか、何が変わったのか、剣で語り合う以外に相手のことを深く知る方法はない。


「行くよ、棒振り」


 大きな針を持つセネカを見て、ルキウスはそう言った。


「剣聖、かかってこい」


 『剣』の聖者、だから剣聖だ。思いつきだけど、強そうだ。


 好戦的な笑みを浮かべながら、二人は同時に攻撃を開始した。





 出会ってすぐの頃、二人の戦いはルキウスが攻めて、セネカが受けるということが多かった。単純にセネカの方が強かったので、控え目に相手をしていたのだ。


 実力が拮抗し始めるとその構図は見事に反転することになった。セネカは特にこだわりがなかったけれど、ルキウスはセネカに攻めさせる方が得意だったのだ。


 セネカは普段から奇想天外な技を繰り出して来ていたけれど、特に受け側にまわって追い込まれた時は何が飛び出してくるか分からなかった。そのため、自然とそうなっていった。


 あれから年月が経ったけれど、今もその頃と同じ展開の戦いになっている。


 ルキウスは後の先を狙いながらセネカの攻撃を受けている。反撃もしているけれど、終始ペースはセネカが握っている。


 セネカはルキウスと比べると敏捷性に優れているが、空気を【縫う】という技能を活用することで、さらに磨きがかかっている。あれだけ高速で動くと普通は反動で身体が流れてしまうはずだけれど、身体強化するポイントを絶妙に調整することで俊敏な動きを続けているようだ。


 加えてセネカの足運びには天性のものがあるとルキウスは思っている。上半身の動きが同じでも足をどこに置いて身体を捌くかで、その後の展開は大きく変わってくる。特に、セネカが攻撃をした後と攻撃を受けた後は、突然身体を捌いて視界から消えることがあるので注意しなければならない。


 対するルキウスがセネカに優っているのは、反応速度と柔軟性だろう。セネカに好きに攻めさせると通常であればとても受けきれないはずだが、ルキウスは高い反応性で対処できている。多少崩れても高い柔軟性を活かしてキレのある反撃を返すので、セネカも深く攻めることが出来ないでいる。


 剣での戦いでは表と裏が重要になることがある。刃に近い方で剣を持っている手の平の方が表で、甲側が裏だ。ルキウスは柔らかい手首を活かすことでいつの間にか表と裏を行き来し、剣を持つ手を打ち据えるのが上手かった。


 短剣の場合には特にそういう技が必要になるのだが、ルキウスは何故だか大太刀でも似た技術を使って、セネカを牽制していた。表側を警戒していた太刀がいつの間にか裏攻めの攻撃になっているのは悪夢でしかない。まるで空間が歪んでいるようだ。


 剣以外の部分でもお互いの成長は目覚ましかった。セネカは隙が出来そうな時に[魔力針]や[まち針]を撃ってルキウスの行動を縛っている。魔界が暗いせいで影を縫うことはできないけれど、属性変化させた魔力を針に纏わせることで攻撃に幅を持たせていた。もはや普通の魔法攻撃と遜色がない。


 ルキウスは剣の形に変化させた魔力を使って、セネカの攻撃を相殺していた。【神聖魔法】の威力は高いけれど、セネカは馬鹿みたいな量の魔力を込めて攻撃してくるので、簡単に防ぐことは出来なかった。


 対抗するためにルキウスは微小な剣をたくさん放つ範囲攻撃を行ったのだけれど、セネカは小さい針をばら撒くという似た性質の攻撃を行って防いできた。


「どんだけ器用なんだ」


 ルキウスはつい口に出してしまったけれど、その言葉はルキウスが【神聖魔法】を使うたびにモフや教会の騎士に言われてきたことだった。だからルキウスは【神聖魔法】の万能性に自信を持っていたけれど、セネカの【縫う】もかなり万能なスキルに仕上がっている。


 いつの間にか自分の唇の端が上がっていることにルキウスは気がついた。セネカを見ると相手も同じようだった。


 能力も種類も全然違う。だけど、根底に流れる戦いの思想が似通っている。何故なら二人は同じ場所で育ち、同じ師匠に戦いを習ってきた。言わば同門の好敵手なのだ。


 ルキウスの父は言っていた。


『理を持って、それを鍛えろ。行き詰まったら今の理を崩し、新しい理を立てろ。結局剣とはそういうことなんだ。人生とはそういうものなのだ』


 その言葉がルキウスにもセネカにも沁みている。


 もしかしたら二人は同じところを目指して修行をしてきたのではないかとルキウスは思った。別のルートで同じところを目指しているような心象が心に浮かんできたのだ。


 それはすなわち、『ルキウスの父ユニウスのように冷たく鋭い技術を持ちながら、セネカの父エウスのように熱く豪快な剣士になる』ことをお互いに目指しているということだ。


 ルキウスがそう確信した時、セネカが持っていた大きな針がピカッと光って形を変えた。それは何だと聞かれたら針だと答えただろうけれど、微妙に刃がついていて、敵を斬りつけられるような形状に変化していたのだ。


 流石のルキウスも「そりゃ反則だろう」と思った。けれど、セネカに対して毎回そんなことを思っていたらキリがない。ルキウスは即座に感情を整理して、改めてセネカと向き合った。


 剣士同士、言葉を交わす必要はない。あとはただ己の力を相手にぶつけるだけだ。

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