第41話:注意

「これで全員だな。今日の戦いを元に来週から実技の訓練を行っていくことにする。それじゃあ、みんなは教室に戻ってミトアさんを待っていてくれ」


 全六試合の模擬戦が終わったあと、アッタロスはそう言って中央棟の方に歩き出した。

 しかし途中で何か思い出したかのように立ち止まり、ひょいと振り返った。


「あ、セネカとマイオルは手が空いたら中央棟の俺の部屋まで来るように。それじゃあ、解散!」


 アッタロスはさっさと走って行ってしまった。


 セネカとマイオルがぼけっとしているとクラスメイトたちが集まってきた。


「セネカさん! 君はすごいね! あの剣術はなんだい? 動きが全然見えなかったよ」


 そう言ってきたのはファビウスである。


「いやぁ、全くだ。悔しいけれど、完敗だったよ。最後のあの攻撃はスキルかい? [豪剣]のような種類のものだろうが出力が高すぎる。剣術系のスキルなのだろう?」


 プルケルもやってきて質問攻めにしてくる。試合の後は落ち込んでいたようだが、もう立ち直っている。


「私のスキルは【縫う】。剣術スキルでも魔法スキルでもないハズレスキルなの」


 セネカは気後れして言った。人から言われないようにハズレスキルと自分で言ってしまう。


「なんだって!?」


 プルケルとファビウスはひどく真剣な顔になって、顔を見合わせた。

 セネカは『来た』と思って、心の中で批判に対する交戦の構えをとった。


「すごい⋯⋯。すごすぎる!」

「すごいよ、セネカちゃん」


「えっ?」


「【縫う】というのは非戦闘系スキルだろう?」


「それをあそこまで練り上げて剣技に活かすなんて並大抵の努力で出来ることじゃない」


「どういう風に戦闘に活かしているのか是非聞かせてくれ! 言える範囲で良いんだ」


「あぁ、僕も是非聞きたい!」


 思いがけず良い反応が返ってきたのでセネカはオロオロして、なんとか話を続けた。

 話しながら、瞳に向かって水分が流れてくるのをセネカは必死で抑えた。





 マイオルのところにも人が集まってきていた。最前にいるのはもちろんストローである。


「マイオルさん! さっきの話だけれど、近距離戦闘で【探知】スキルを使っているんだよね? すごい精度だね」


「けど、マイオルさんって動きが斥候ぽくないね? 俺は最初剣士だと思ったよ」


「私もそう思った!」


 なぜ負けた自分のところに人が来るのかとマイオルは思ったけれど、自分の戦いがクラスメイトにどう写ったのか知りたかったので話を続けることにした。


「あたしはスキルを使って前中衛的な動きをしているの。セネカと二人だから明確に役割が分かれているわけじゃないけれど、セネカの方が前衛で斥候的な役割をしているわ。もちろん、探知係はあたしだけどね」


「それは余り聞かない構成だね。スキルを指揮的に使っているってこと?」


「そうね。スキルで補助をすることで死角を潰せるのだけど、まだ試行錯誤中なの」


「面白い発想だよ。問題点も浮かんで来るけれど、成立したら強力なパーティになる」


 たったの六試合を見ただけだけれど、級友たちは次々に議論を進めていく。

 マイオルはそんな中で話についていけるように必死になった。





 教室に戻るとミトアという若い先生から履修に関しての説明があった。


 ミトアの話によると、この学校の生徒はクラスが上がるほど大きな裁量が認められるが、代わりに成果を求められるそうだ。


 Sクラスの生徒は半期ごとに冒険者として相応の業績を上げる必要があり、それが基準に満たない場合には容赦なく下のクラスに落とされることになる。


 その他で必修なのは毎週のアッタロスの授業だが、これも冒険者活動のためであればある程度融通が効くらしい。


 他には何単位分かの講義を取らなければならないため、各々の興味に合わせて予定を立て、履修登録する必要がある。


 セネカは後でマイオルと話し合おうと思いながらも、いくつかの授業に興味を持った。





 ミトアの話が終わった後、セネカとマイオルは言われた通りに中央棟のアッタロスの教官室に向かった。


 ノックをすると返事があったので入室する。

 アッタロスは机に座っていたが立ち上がって近づいてきた。


「二人とも来たか。始めに言っておくが、この部屋は様々な機構により盗聴などの情報収集が非常に困難になっている」


 そして魔力を込めて部屋の鍵を閉める。


「これで大丈夫だ」


 アッタロスは「さて」と言いながら長椅子の方へ二人を促した。


「単刀直入に聞くが、セネカはレベルアップしたな?」


 アッタロスは柔らかい眼差しでセネカを見た。


「三人で依頼をしている時と比べると格段に身体能力が上がっている。特に筋力の増加が著しい。これはレベルアップの時に身体能力が強化されたと考えるのが自然だ。冒険者の能力を秘匿するのは当然だが、今後の指導に関わることだから教えてくれないか?」


 セネカは『バレるよね』と思っていたので正直に答えることにした。


「サイクロプスを倒した時にレベル3に上がりました」


「そうだよなぁ」


 アッタロスは予想が当たったことに安堵しつつも、セネカの成長の早さに頭を抱えそうになった。


「じゃあこっちは確認になるが、マイオルがレベル2になった時には身体能力が上がったってことでいいか? 【探知】の場合はそれが一般的だが、二人は普通じゃないからな」


「身体能力が上がりました」


 マイオルは瞬時に答えた。


「分かった。二人ともありがとう」


 アッタロスは少し間を置いてから話始めた。


「じゃあそのことを踏まえて話をするが、マイオルには俺から言うべきだったのかもしれん。メーノンの奴も口出ししにくかっただろうからな。

結論から言うと、二人とも剣の型が崩れているぞ。特にセネカ。繊細な剣の使い手だったはずが、力押しの荒い剣になっている。格下相手にはあれで十分だろうが、実力以上の相手にはあれでは勝てない」


 セネカは胸にずーんとしたものを感じた。


「原因は簡単だ。上がった身体能力に振り回されている。スキルに頼り過ぎている。あれからまだそんなに時間が経っていないからすぐに直るだろうが、これからはレベルが上がるたびに気をつけなくちゃいけない」


 マイオルも真っ直ぐアッタロスを見ている。


「だが、マイオルにしっかり指導しなかった俺にも責任がある。それがあればセネカも今回のようなことにはならなかっただろう。本当にすまなかった」


 アッタロスは頭を下げた。

 それを見てマイオルが慌てて話す。


「あたしたちが力任せになっているのは分かりました。ですが、それは自分たちのせいでアッタロス先生のせいではないんじゃないでしょうか?」


「いや、普通は先輩の冒険者が教えるものなんだ。二人だったら『樫の枝』か『新緑の祈り』辺りが面倒を見ようとしていたのだろう。だが、俺が来てナエウス達に『面倒を見る』と言ってしまったからあいつらも引いたんだ。それなのに適切な指導をしなかった俺が悪い」


 マイオルもセネカもしばらく黙っていたが、先に気持ちを切り替えたセネカが鋭い眼差しで言った。


「どうすれば?」


「二人にスキルの強化の切り方を教える。まずは極力スキルを切って生活するんだ。そうすれば自然に前の感覚に戻っていくはずだ。スキルがない時の感覚を基準に、増した力で技を再構成していくのが良いだろう」


「スキルを切る?」


「あぁ、そうだ。レベルアップで上昇した身体能力は一時的に戻すことが出来る。その技法のことを『スキルを切る』と言う。武術系のスキルだったら必須の技能なんだ」


 マイオルはむつかしい顔をしながら必死に話を聞いている。


「やり方を今から説明する。思うところはあるだろうが、まずは聞いてくれ」


 二人はしっかり頷いた。





 アッタロスからの指導を受けて、二人は寮に帰ってきた。


 顔は険しい。


 誰が悪いわけではない。強いて言うならば情報収集が甘かった自分たちが悪いと分かってはいるけれど、割り切れない気持ちがあった。


 だけど、セネカは決めていた。マイオルは覚悟していた。


「憤るのは今日だけ。明日から必死に訓練して、ものにしてやる」


 そんな闘志を胸に寮に戻った。

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