第42話:「旅の目的は到着することじゃない」
ガイアは劣等感に
冒険者として生きていくためにやれるだけのことをやってきた。
スキルが野外でしか使えないと分かると、何日も野営をして、ひもじい思いをしながらスキルを使い続けてきた。
スキルの威力を考えると、場所は必然的に人が少なくて実入りの悪いところになる。寒さを舐めて死にそうになったこともあるし、節約のために食事を削って倒れそうになったこともある。
空き時間は沢山あった。だから様々な文献を調べて、自分の魔法を活かす方法を考えた。
こういう成長をしたら、ああ使おう。こういう状況になったら、こんな技能が役に立つかもしれない。そんな想像を数えきれないほど積み重ねてきた。
勉強も沢山した。何が活きるか分からない。スキルが成長しなくても学力があれば王立冒険者学校に入れるかもしれない。魔法の芽が出ないという最悪の事態を想定して勉強を続けてきたのだが、その事態を迎えることになってしまった。
スキルの成長のためにはまず使用回数を重ねることが大事だ。しかし、【砲撃魔法】は魔力量の関係で一日に一回しか使うことが出来ない。
上位の熟練度を溜めるためには強い敵を倒す必要がある。それはスキルの強さに対して相応に強い敵を倒すということだ。
ガイアは不人気の狩場で、これまた不人気な魔物ブロンズダックを狩り続けた。ブロンズダックは攻撃力が低い代わりに異常な防御力を持つ。【剣術】レベル2の冒険者でも傷をつけられないほどだ。
しかし、【砲撃魔法】であれば一撃で倒すことができる。当たったところは木っ端微塵だ。ブロンズダックの素材はそれなりに高いのでお金は良いのだが、戦闘には何の工夫もない。敵を見つけてただ魔法をぶつけるだけだ。
先輩冒険者の見解では、この戦い方では上位の熟練度は溜まらないらしい。【砲撃魔法】が強過ぎて、格下の魔物と戦っているような状態になっているようだ。
ガイアは他にも様々な魔物を標的に狩りを行ったが、大抵は敵が弱すぎるか、さもなくば危険性が高過ぎて続けられなかった。
だから愚直にブロンズダックを狩り続けた。
『なんで自分がこんな目に』と思ったのは一度や二度ではない。
だけど、ガイアは諦めるつもりはなかった。
◆
ガイアの祖母は『爆炎』という通り名の金級冒険者だった。
スキルは【火魔法】。非常に基本的な魔法スキルであるが、それを磨き上げて冒険者の世界でのし上がった。
ガイアは祖母に憧れていた。
祖母のように魔法のスキルを得て、世界中を旅するのがガイアの夢だった。
『旅の目的は到着することじゃない。希望を持って毎日足を進めることなんだよ』
それが祖母の口癖だ。
だからガイアも希望を持って毎日を生きようとした。
だけど、なんだかうまくいかない。
目的地が遠過ぎて自信を持って足を進めることが出来ない。
そんな気分に折り合いをつけられないまま、王立冒険者学校に学科試験首席でのBクラス合格、つまり実力不足という不名誉な成績でガイアは入学した。
◆
初日はまずまずだった。
友達を作ることもできた。だけど、みんなどこか気を遣っていた。
実際はすらっとした美人のガイアに気後れしていただけなのだが、ガイアは自分が頭でっかちの実技不足だからみんな遠巻きに接してくるのだと感じてしまった。
周りの人間がみんな凄い人に見えて仕方がなかった。
たった一日だけなのに、もうみんなと差がついている気がした。
自分だけ芋虫のように這いつくばっているうちに周りはしっかりと羽化して、空に羽ばたいて行ってしまうような、そんな未来を見てしまった。
魔法スキルを得た時には微塵も感じなかった惨めな気持ちを今は持っている。
「なんとかしなくちゃ」
ガイアは頭を抱えながら必死に考えを巡らせた。
◆
ガイアが考え込んでいると、セネカが部屋に帰ってきた。
ひどくむつかしい顔をしている。
昨日は一日中ニコニコしていたので、意外な顔だった。
「おかえり」
「ただいま」
「何かあったの?」
ガイアは何気なく聞いた。
「うーん。最近、強くなった気がしていたんだけどね。それが、ただの勘違いだったって分かったの」
「初日から何があったんだ?」
「担任がアッタロスさんって人だったんだけど、ちょっと注意されちゃって⋯⋯」
「アッタロスって『流星』の? 金級冒険者のアッタロス・ペルガモン!?」
「そうそう。ガイアちゃん詳しいね。そのアッタロスさんに基本が甘いって言われたからどうしようかなって」
「いきなりきついことを言うんだな」
「特待生の審査がアッタロスさんだったからちょっと関わりがあってね。気遣って教えてくれたんだけれど、何度考えても自分が至らなかったせいだから、これからどうしようかなって」
「そうかぁ⋯⋯」
SクラスはSクラスできっと大変なのだろうとガイアは思った。
「だから、明日から徹底的に鍛え直すの。マイオルと一緒に」
セネカの語気が突然強くなったのでガイアはギョッとした。
その綺麗な目の奥には確かに火が灯っていた。
その火に当てられたかのようにガイアの胸は熱くなった。
「私も」
「えっ?」
「私も強くなりたい。だけど、どうしたら良いか分からないんだ」
ガイアはいつのまにかそんなことを口走っていた。
「どうやっても、何をやっても強くなれない。前に進んでいる気がしないんだ」
セネカはガイアを真っ直ぐ見つめた。
「ガイアちゃんは強くなってどうしたいの?」
「⋯⋯分からない。だけど、旅や冒険をしたい。楽しいことも辛いことも乗り越えて、後から振り返った時に『あれで良かった』って言えるような冒険がしたいのかもしれない」
セネカはガイアから溢れてくる情熱を感じた。
「必ず報われるなんて思ってない。だけど、スキルを得てから同じ場所で足踏みをしてばかりで⋯⋯。進歩がないことに挫けそうだ」
ガイアは斜め上を向いて、自分にしか見えない世界を見た。
「セネカ、この世界には目的を達するよりも、その旅路自体に価値があるような冒険があるみたいなんだ。信じられるか?
馬鹿みたいだけれど、私はそんな冒険に憧れているんだ。
こんなに未熟な私だけど、そんな冒険をしたくてたまらないんだ!
なのに、ちっとも前に進めない。
努力したいと思っているけれど、私は魔法を一日に一度しか使えないんだ。
強くなりたいのに、その手段が奪われているような気がしてもどかしい。
⋯⋯もうどうしたら良いのか分からないんだ」
そんなガイアの想いを聞いてしばし考え込んだ後、セネカは優しくガイアの手に触れてから言った。
「ガイア。今の日常の戦いをさ、その、ガイアが言う冒険にしようよ。
ガイアはもう自分の力と向き合って、強さを求める冒険を始めている。
それはすごく困難な道かもしれなくて、報われるかは分からない。
だけど、そうやって戦い続けることに意味がないわけないよ。
だから一緒に冒険しよう。
私もガイアが言うような冒険をしてみたい! 旅をしてみたい!」
そう言ってセネカはガイアの手を強く握った。
ガイアはいつのまにか自分の目から涙が溢れ出していることに気がついた。
「マイオル、良いでしょ!?」
セネカが扉の方を向くと、ガチャっと音がして、涙目のマイオルとプラウティアが入ってきた。
「聞いていたのか」
ガイアが掠れた声で言う。
「履修の相談をしようと思って来たら、話が始まったの。ごめんなさい」
「ご、ごめんなさい」
プラウティアも小さな声で謝っている。
セネカはマイオルの方を見て、様子を伺った。
「あたしはセネカが決めたなら良いわよ」
セネカとマイオルは目を合わせて同時に頷いた。
「ガイア、週末は私たちとパーティを組もう。合うかは分からないけれど、私、ガイアの冒険を隣で見てみたいの」
「あたしもガイアが言う冒険っていうのに興味があるわ。あたしとセネカの目的にも合うしね」
「い、良いのか? 私はBクラスだぞ?」
「特待生にこだわっていたあたしが言うのもなんだけれど、関係ないわ。あたしたちの方が足手纏いになっちゃうかもしれないしね」
「そんなことはないと思うが」
「とにかく、しばらく週末パーティを組んでやってみましょう。合わなかったらまた考えれば良いんだし」
「そうだよ」
セネカとマイオルは笑ってガイアを勧誘している。
「プラウティアも来るでしょ?」
マイオルは当然のような顔でプラウティアも誘った。
「はわわ。良いのですか?」
「もちろん良いわ。偶然だけどこの四人で同室になったんだから、やれるところまでやり切りましょう」
「分かった。感謝する」
「あ、ありがとうございますぅ」
四人は笑い合った。
「ところで、さっき言っていた二人の目的とはなんだ?」
ガイアがさっぱりした顔で聞いた。
セネカとマイオルは顔を見合わせて言った。
「出来るだけ早く金級冒険者になって――」
「龍を倒して――」
『英雄になる!!』
当然のようにとんでもないことを言う二人をガイアとプラウティアは呆然と眺めた。
◆
この時、Sクラスの者達はセネカとマイオルをどうやって自分たちのパーティに引き込むのかを考えていた。
二人の実力は余りにも高く、実績を上げるためにどうしても週末に冒険をする仲間になって欲しかった。
しかし、アッタロスに呼び出されたことによって二人を勧誘する時間が取れなかったのだ。
あの時、アッタロスが二人を呼び出さなかったらガイアとプラウティアはセネカ達と一緒に冒険することにはならなかったかもしれない。
ガイアが思い悩んでいかなったら。思いを吐露しなかったら⋯⋯。
マイオルが扉の向こう側で話を聞いていなかったら⋯⋯。
いくつもの要素が重なってガイアは頼もしい仲間と旅に出ることになった。
この日、確かにガイアの運命は動き出した。
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