第43話:マイオルは力で黙らせるタイプだから
セネカが入学してからひと月が経った。
あれから同室隣室の四人で毎朝鍛錬をしている。
セネカは林に面した場所に立ち、己の胸の中の感覚を探る。
そして、身体の中にある井戸のような部分にフタをして、スキルの影響を『切った』。
これがアッタロスが教えてくれたスキルの切り方である。人によって扉だったり、窓だったりするようだが、セネカは井戸の心象である。
セネカはスキルを切った後、ゆっくりと動きながら剣の練習をする。始めは体捌きの練習で、次に素振りだ。
マイオルはまず弓の練習をしてから剣を振るう。林の木にはすでに大きな凹みが出来ている。
ガイアも剣の練習をしている。基本に忠実なまっすぐの剣だ。殊更に強いと言うわけではないが、王立冒険者学校に合格した実力は伊達ではなく、十分な技量を持っている。
プラウティアも剣の練習をしているが、剣はダガーのような短いものだ。機動力を保持しながら、突いたり、逆手に持って斬ったりする鍛錬を続けている。
スキルの影響を考慮しなければマイオルとガイアはほぼ同等の実力で、プラウティアが少し劣る。しかし、森の中など足元の悪いところであればプラウティアがやや優勢になるといった関係だ。
鍛錬の後は朝食をとって授業に向かう。
授業は週の前半に集中しているので、後半は鍛錬や冒険者活動をする生徒が多い。
セネカは『魔法理論概論』や『植物学概論』などの実践に役立つ授業を取っている。マイオルはそういう授業に加えて、『兵站学』や『指揮戦略』といった将来を見据えた講義を良く聞いている。
毎週のアッタロスの授業も継続している。朝、全員で話を聞いたり、実技の指導を受けたりした後、毎週三人ずつアッタロスと一対一で戦って、助言をもらっている。
セネカとマイオルもその順番が来たが、スキルを抑えめにして戦ったこともあり、格段の助言はもらえなかった。反対に【雷槍術】を持つプルケルなどはアッタロスと相性が良いのか、よく指導を受けているようだ。
アッタロスは剣も魔法も高い技能を持っているので人気が高い。
授業が終わると、またそれぞれ基礎練習をする。
セネカは魔法の練習を挟みながら走り込みや剣の鍛錬に時間を使っている。
マイオルやガイアは屋外練習場で弓矢と魔法の練習をしている。
週末は四人でパーティ活動だ。
王都の近くには大きな森があるが、強い敵はいない。
鉄級から銅級冒険者が多いSクラスのみんなは馬車に乗り込んで、離れた場所に向かい、より強い敵と戦っている。
しかし、セネカ、マイオル、ガイア、プラウティアの四人は王都の森で地道に実績を積み重ねることにした。
マイオルが副担任のミトアに業績について質問をしたところ、一年の前期は派手な仕事をする必要はないと言われたので、着実に足元を固められる課題をすることにした。
それは『ティノープル森林帯の生態及び地形の調査』という地味な課題だ。
王都の横の森、ティノープル森林帯には当然地図が存在する。しかし、森の状態が時期によってどう変化するのか調べた報告はほとんどない。
そこでマイオル達は森に向かうたびに記録を取ることにしたのだ。
セネカは動物や魔物担当、マイオルは魔力濃度の調査、プラウティアは植物担当、ガイアは地学に造詣が深いので地形や地質に関して詳細な調査を行うことになった。
アッタロス仕込みの徹底した記録とガイアの情報整理能力が十分に発揮されて、十分な業績になりそうだという手応えを四人は持っている。
ちなみに、例年一年のSクラスの業績といえば魔物の討伐か希少素材の採取になるが、マイオル達の活動に感銘を受けたクラスメイト達が調査の課題に切り替えたので、学校からの指導が入らなくても地道な活動を行う素地のある優秀な生徒たちだと評価されることになる。
王都の森ではセネカとマイオルは極力スキルの影響を切るようにしている。
四人の隊列も固定せずに交代で回している。
セネカはプラウティアに斥候の動きを習っているし、植物の目利きもさらに磨きがかかって来た。
マイオルはガイアと難しい話をしながら、その豊富な知識を必死に吸収しようとしている。
二人の鬼の訓練に付き合って来たおかげで、ガイアとプラウティアの基礎能力もだいぶ向上して来た。オーバーワークにならないように休みは多めだが、徐々に追いついていくだろう。
◆
さらにひと月が経った。
週末の活動だが、月に一度は休みにして、各々の時間にすることをプラウティアが提案した。
休息や遊び、武具の整備、依頼の調査、講義の復習などやりたいことはたくさんあるので全会一致でそうすることになった。
特にプラウティアとガイアはセネカ達よりも授業の単位を多く取らなければならないので負担が大きい。
セネカとマイオルは、先月の休みは買い出しや調査に時間を使ったけれど、今月の休みはキトに会うことになっている。
セネカは数日前からそわそわして落ち着きがなかったけれど、二ヶ月ぶりに会えるのだから仕方がないかとマイオルは軽く宥めるに留めておいた。
◆
キトとの待ち合わせは王都の喫茶店だ。
昨日のうちに二人はガイアに見繕って貰ってよそ行きの服を購入した。
おかげで浮かずに王都の街を闊歩できる。
二人が到着するとすでにキトが来て待っていた。
「セネちゃん! マイオル! 久しぶり!」
元気そうだったのでセネカは安心した。
「キト! 久しぶり! 元気そうでよかったよ」
まずは軽く話した後で、それぞれケーキと飲み物を頼んだ。
「それで、魔導学校の方はどうなのよ」
マイオルは躊躇いなく聞いた。
「うーん。派閥争いをはじめとして、色々なことに巻き込まれそうになったからレベル上げたの。だから今は平和かな」
キトはいつものトーンで答えた。
「えっ、あれだけ躊躇っていたのにもうレベルを上げたの? というかレベルアップが近いというキトの見込みはやっぱり正しかったのね。あ、ごめん。レベルの話はもう少し小さな声でしないとね」
「公言することじゃないけれど、単純にレベルだけの話だったら学校では出回っているから大丈夫だよ」
「なんでそんなことになったの?」
「そうだなぁ。魔導学校って基本的には実力主義なの。だけど、魔法使いがいたり、魔技師がいたり、薬師がいたりするでしょ?」
セネカとマイオルは頷く。
「分野が違うと、そもそも実力が分からないんだよね。だからこそ成績で差をつけることもあるんだけれど、みんなが見習いだし、大した差じゃないの」
「面倒な話ね」
「そう。みんな同じくらいだよねってことで尊重しあって納得すれば良いんだけどそうもいかなくて、みんな差をつけたがるんだよね」
「やっぱり成績が大事なの?」
「成績が基本なんだけれど、それだけではないわね。基準がバラバラなの。実力主義を標榜しているのに明確な基準がないから荒れているのよ」
セネカは「うえー」と言った。
「魔法使いは戦闘系だから職業的に上って人もいるし、血統が大事だって人もいる。人々の生活を支えているのは非魔法スキルの人だからって前に出る人もいる。実際には二、三の大きな派閥があるのだけれど、そんな派閥間の小競り合いが多いのが、魔導学校の現状なの」
「なるほどね。でも、それとレベルアップがどう関係あるの?」
「そんなところに平民で非魔法系スキルを持っていて、しかも魔導協会から推薦を受けた生徒が入って来たらどう?」
「あぁ、派閥闘争が好きな人にとっては格好の獲物だわね」
「そういうこと。もちろん派閥にも良いところがあって、互助組織のようになっているから助かることも多いみたいなの。だけど、旗印にされちゃうと困るって思ったんだよね。そんなことに時間を取られたくなかったの」
マイオルはよく理解しているようだが、セネカは話についていくのにやっとだ。
「最初に話したけれど、魔導学校は基本的には実力主義なのに、どうやって差をつけたら良いか分からないから揉めているんだよね。だから実力を見せて、一人でもやっていけますって見せたら派閥の人も何も言わなくなるんだ。その典型なのが、業績とレベルなんだよね」
「なるほどね。それでレベルを上げることを選んだと」
「そうなの。もちろん上級生にはレベル2がいるけれど、一年生の中では数人しかいないからね。あとはそう遠くないうちに業績をあげれば何も言われなくなる」
「どんな世界よ、魔導学校って」
「そんな世界」
マイオルは頭に手を当てて苦笑いした。
「つまり、キトは色々勧誘がすごかったから、実力を見せて黙らせたってことだよね? 冒険者みたいなやり方だね」
セネカはきゃっきゃとしながら嬉しそうに言った。
「不本意ながらも、セネちゃんの言う通りなの⋯⋯。レベルアップの証明のためにお金もたくさん使っちゃったしね。これからお金も時間も取り戻さなきゃいけないんだぁ」
「あたし、絶対魔導学校ではやっていけないって思ったわ」
「そうかなぁ? マイオルはむしろ合ってると思ったけどなぁ。ねぇ、セネちゃん」
「そうだね。ぴったりだと思うよ。マイオルは力で黙らせるタイプだから」
「どういうことよ!」
ぷりぷり怒るマイオルを見てにこやかになりながら三人は喫茶店で楽しく話を続けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます