第146話:ガイアと宝玉(5)
それからガイアはピュロンに魔法について教え続けていた。
朝から夕方まではピュロンに聞かれるがままに情報を伝え、ピュロンがスキルの練習するのを見させてもらっていた。
夕方からはガイアが【砲撃魔法】を使うのを見てもらってさまざまなアドバイスをもらっている。
「ねぇガイア、そのレオの構想っていうのがボクには分からないんだけれど、魔力を変質させる時の話だよね?」
「はい。端的に言うと、極限状態に置かれた魔力の活性化エネルギーが低くなるのではないかという構想なのですが、私は高圧縮状態の時にその理論が成り立つのではないかと思っていまして⋯⋯」
「なるほどね。じゃあ、ちょっとやってみようか!」
ピュロンは突然立ち上がって魔力を圧縮し始めた。
「これで魔力を変質させれば良いんだよね。⋯⋯あ、やべっ!」
焦るような声を上げた後、ピュロンは全力でガイアから離れ、【水銀】の膜で自分を覆った。
ドギャーン!!!!
大きな音が響き渡る。
ガイアは反射的に身を伏せていた。
「⋯⋯久しぶりに死ぬかと思った」
声が聞こえたのでガイアはおそるおそる顔を上げた。するとそこにはボロボロになったピュロンがいた。
周りに爆風が漏れた様子はないので全てをその身で受け止めたのだろう。
「大丈夫ですか?」
「身体は全然大丈夫なんだけど⋯⋯これってまた怒られるかな?」
ピュロンは訓練所の入り口の方を見ている。
これまでにも何度も魔力の制御を誤り、訓練所を壊しているため、ピュロンはアッタロスからこっぴどく怒られていた。
「今回は音だけなので大丈夫だと思いますが⋯⋯」
「ならいっか!」
即座に気を取り直したピュロンを見て、ガイアはため息をついた。
そんなピュロンは乱れた髪を直しながらガイアの方に歩いてくる。
「でも、これで分かったね」
「⋯⋯何がですか?」
「ガイアの理論に再現性があったということだよ。高圧縮状態の魔力に対して特定の変換を行ったら確かに容易に変換されたよ。想像以上だったから爆発したけどね」
ピュロンはケラケラと笑い始めた。
「もちろん【水銀】と【砲撃魔法】だけだから普遍性は分からないんだけどね。でもやっぱりキミの考えはボクの力になりそうだ。ただのレベル1のキミの考えがね」
ピュロンの様子には侮る様子は全くなかった。むしろ誇らしいような顔だったのでガイアは反射的に涙が出そうになった。
「さて、ボクに教えてもらうのはここまでにして、そろそろガイアの訓練を始めようか!」
「はい!」
ガイアの顔はいつになく引き締まっていた。
◆◆◆
ピュロンとガイアが王都に来てから一週間が経った。
今日が最後の日だ。
ピュロンに対する【砲撃魔法】の理論の説明を午前中に終え、あとはガイアの練習を残すのみとなった。
「今日はあの的に魔法を撃ってみてよ」
ピュロンがそう言った。
訓練を始めてからガイアは毎日ピュロンに向けて魔法を使っており、的は使っていなかった。
ガイアは黙って頷き、的の方に向かった。
ピュロンの横にはアッタロスとプラウティアが立っている。
アッタロスは今日が訓練の終わりだと聞きつけて足を運んでいる。
プラウティアはアッタロスに呼ばれて二日前から訓練場に顔を出すようになった。
今日が最後だ。思い返すと長かったような気がするとガイアは思った。
スキルを得てから考えて来たことを改めて整理し、白金級冒険者であるピュロンにぶつけて来た。
ほとんど全てのことはピュロンが試しても同じようにはならなかったけれど、何個かの大事な部分は【水銀】でも同じ法則が当てはまりそうだった。
なんて果てしないのだろうとガイアは思った。
小娘が何年か打ち込んだだけでは到底解明できないような謎がスキルにはある。
あまりの奥深さにガイアは圧倒されそうになった。
◆
いつまで経ってもガイアが魔法の準備を始めないのを見て、アッタロスは言った。
「ピュロン、ガイアに何か精神的な助言をしてやってくれないか? どうせ技術的な話しかしていないんだろう?」
それを聞いたピュロンはアッタロスから目をそらしながら答える。
「まぁそうですけど必要あります? 彼女は十分強いですよ?」
「あぁ、お前の言うとおりガイアは精神的に強いな」
「じゃあ良いで――」
「だからこそだ」
言葉を遮られたピュロンはアッタロスの方を向いた。
「だからこそ、お前みたいな奴が言ってやらなきゃならない。そうでもしないとガイアはずっと孤独な戦いを続けることになるぞ」
アッタロスはピュロンの目を真っ直ぐに見ている。
「魔法剣士の俺では力が足りないんだ。ピュロン、頼む」
「⋯⋯分かりましたよ」
ピュロンはガイアの方に歩いていった。
プラウティアはアッタロスとピュロンの話をあわあわ言いながら聞いていた。
◆
「ねぇ、ガイア、これを見てよ」
世界の壮大さで頭がいっぱいの時、ガイアの耳に声が届いた。
ガイアが横をみるとピュロンが立っていて、手のひらに小さな水銀を浮かべている。
「これさ、綺麗だと思わない? ボクは宝玉みたいだって思っているんだけど、ガイアにはどう見える?」
水銀は完全な球形で、一点の曇りもなく白い光沢を持っている。
確かに綺麗だと感じたのでガイアが頷くと、ピュロンは子供のように笑った。
「ボクのスキルってね。キミが見てきたように防御にも使えるけれど、広範囲に攻撃したり、毒で魔物をやっつけたりすることもできるんだよ」
ガイアは顔を上げてピュロンを見た。
「だからボクのスキルのことを『おぞましい』と批判する人もいる。反対に『最強だ』って称賛する人もいる」
ピュロンの顔はちょっぴり切そうにくしゃっと歪んだ。
「だけどなんと言われようと、このスキルから出た【水銀】の美しさは変わらないと思わない? その価値に変動は無いと思わない?」
ガイアはピュロンの手のひらにある球体を見た。
誰が貶そうと褒めようとその輝きが変わることはないだろう。
「美しさは変わることはないと思います」
それを聞いてピュロンはまたニコッと笑った。
「だからボクは思うんだ。誰かの評価に関わらずこの宝玉は美しいってね。そして同時に思うんだよ。それはボクのスキルやボク自身だって同じじゃないかってさ」
「同じですか?」
「うん。誰になんと言われようとボク自身やボクのスキルの価値は変わらない。それはこの宝玉のように人の評判で変わるものではないと思うからね」
ピュロンが何か大事なことを自分に伝えようとしてくれている。そう思ったガイアは必死に話を理解しようとしている。
「⋯⋯ガイアはさ、自分のスキルをこの宝玉のように価値あるものだって思えている? キミが打ち立てた理論や努力を価値あるものだって信じられている?」
ガイアはまたピュロンの手のひらの上を見た。
自分は自分をどう思っているのだろうか。
「ボクはボクのスキルが一番すごいって思っているけれど、キミはどうなのかな?」
ピュロンはそれだけ言ってアッタロスたちのところに戻って行った。
一人で的に向き合うガイアは自分がこれまでにして来たことを改めて整理していた。
一日一回しか使えないスキルを伸ばすために寒い場所にこもり、孤独に練習を続けて来た。
空いている時間でスキルの分析を始めとした勉強を続けて来た。
その勉強が実り、王立冒険者学校に入学することができるようになった。
学校に入ってからは大変だった。
狂ったように訓練を続けるセネカとマイオルについて行こうと必死になり、気が付けば同じメニューをこなせるようになっていた。
並行して少ない時間で勉強を続け、トップの成績を維持した。
冒険者として業績を上げ、銅級にもなった。
日に二回魔法を使えるようにもなった。
そして白龍に遭遇して生き延び、スタンピードでは最前線で作戦に参加した。
セネカがいなくなった後は、消沈するマイオルの代わりに前に出てモフを誘い、たった三人で旅を続けた。
「そして白金級冒険者のピュロン様にすら通用する魔法の理論を考えた」
ガイア、あなたはまだ足りないの?
足跡を振り返っているとそんな声が頭に響いて来た。
これは自分の声だ。
努力を続けて来たのに認めてあげられなかった自分の声だ。
ガイアは先ほどのことを思い返した。
さっきピュロンは大切なことを伝えてくれた。
一日一回しか使えなくてもガイアは【砲撃魔法】を良くないスキルだと思ったことはなかった。
扱いは難しいけれど、使いさえすれば破格の威力を出し、レベルに見合わない戦果をいつも上げてくれる。そんな大切なスキルだ。
宝玉のように綺麗かはわからないが、かけがえない大切なもの。
それがガイアにとっての【砲撃魔法】だ。
ガイアは無意識のうちに左手を的に向けて突き出していた。
そして流れるように魔力を練り、圧縮する。
魔力は臨界状態を迎え、破壊の力を蓄える。
的に向かって魔法を放とうとした時、不意に笑いが込み上げて来た。
何故だかこの魔法を撃つことで自分がレベルアップするのだと分かってしまったのだ。
簡単なことだった。
自分のスキルには価値があった。
自分の努力には意味があった。
そう思えるだけでこんなにも世界が変わるなんて!
ガイアは渾身の想いを込めて魔法を放った。
ぎゅばーーん!!!!!
大きな音の後に残っていたのは的の残骸と、煌びやかに輝く魔力の残渣だった。
【レベル2に上昇しました。[属性変化]が可能になりました。身体能力が大幅に上昇しました。サブスキル[花火]を獲得しました】
ガイアが気がつくと横で見ていたはずのプラウティアが抱きついていた。
ガイアはこの日、レベル2になった。
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