第136話:道理

 ルキウスはオークキングの爆発で吹き飛ばされながら冷静に頭を働かせていた。


 爆発の直前、ルキウスはセネカの前に立ちはだかり、即席で【神聖魔法】の防御をした。そのおかげでルキウスは死を免れた。セネカもおそらく意識があるだろう。


 もう少しだけ猶予があればサブスキル[鎧]が発動できたかもしれないけれど、この能力は発動が遅く、魔力制御に意識を集中する必要があって間に合わなかった。


 回復魔法士として後方支援に徹するのなら強力な能力なのだが、近接戦闘には意外に向いていないのだ。


「ルキウス、ごめんね⋯⋯。でも私が守るから」


 ルキウスが地面に落ちると同時にセネカの声が聞こえてきた。

 反射的にルキウスは声の方に回復魔法を出した。


 セネカはルキウスの回復を受けて即座に立ち上がり、刀を抜いて敵の方に向かって行った。

 おそらくオークキングが近づいて来ているのだろう。

 このまま倒れていたら死を待つのみだ。


 ルキウスはセネカに強化魔法をかけた。自分の回復には時間がかかりそうなので、まずはセネカの延命を優先したのだ。


「勝てる道理はないな⋯⋯」


 冷静にルキウスはそう思った。

 オークキングに勝てるとしたら序盤から押し切って敵を罠に嵌めるしかないと思っていたのだ。

 こうなってしまっては勝つことは難しいだろう。だけど、このままで終わるつもりもない。


「せめてセネカだけでも逃がさないとな」


 ルキウスの耳に激突の音が聞こえてくる。

 セネカが戦いを始めたのだろう。

 このままだとセネカは自分の身を犠牲にしてでもルキウスを守ろうとするはずだ。

 だから急がないといけない。


 ルキウスは自分の回復にかかる時間を冷静に算出した。

 感覚の話になるが自分が復活する前にセネカが負けてしまう可能性がかなり高いと思った。

 

「これが道理ってやつなのか?」


 冷静に状況を整理しながら、ルキウスは教会に連れてかれたばかりの頃を思い出した。

 教会ではあらゆる人が『道理』という言葉を使っていた。

 味方は道理という言葉を使ってルキウスを肯定しようとし、敵は同じ言葉でルキウスに害をなそうとした。


 誰しもルキウスを型に嵌めようとして、何かあると『それは道理じゃありません』とか『こうするのが道理ですよ』と言ってきた。


 その言葉を使わないのはグラディウスとモフと聖女と教皇の四人だけなんじゃないかと思うほど、教会ではみんなが『道理、道理』と連呼していた。


 そんな状況に嫌気がさしていたはずだったのにルキウスはつい『道理』という言葉を使ってしまった。


 ルキウスは自分の行動を振り返る。

 聖者であるのに教会にいない。

 実績のある効率の良い訓練をしない。

 挙げ句の果てには国から出てしまった。


 きっとそのどれもが教会の人達が考える道理から外れていたことだろう。

 けれど、それで良いとルキウスは思っている。だって道理に従っていたらこうしてセネカと会うことなどできなかったのだから。



 セネカとオークキングが戦う音がどんどんとこちらに近づいている。セネカが押し込まれているのだろう。

 ルキウスは早く自分を回復させようとしているけれど、当たりどころが良くなかったのかまだ立てそうにない。


 なんとか顔を上げて、ルキウスは戦うセネカを見た。

 セネカは針に乗って懸命にオークキングと戦っている。あらゆるものを縫い、仇であるオークキングをなんとか押し留めようとしている。


「ルキウス、大丈夫⋯⋯。貴方だけは絶対に私が守るから!!!」


 青ざめた顔で戦いを見るルキウスに気がついたのだろう。激しい戦いの最中でセネカは笑いながらそう言った。


「情けない⋯⋯」


 口をついてそんな言葉が出てきた。

 ルキウスはこんな時にセネカを助けるために故郷を離れたのだ。

 それなのに危険な状況でただ這いつくばっていることしかできない。


『聖者様、それが物の道理でございます』


 誰かに言われた呪いの言葉が頭をよぎる。

 このまま自分はここで終わりなのだろうか。

 セネカが痛めつけられるのを見ながら、回復をただ待っていることしかできないだろうか。


「父さん、母さん、セネカ⋯⋯」


 ルキウスは心から尊敬する両親の顔を思い浮かべた。

 何か手はないのかと必死に可能性を探る。


 コルドバ村でのこと、孤児院にいた時のこと、教会の騎士に言われたこと、そして魔界でのこと⋯⋯。

 全ての記憶が頭に巡ってくるので、ルキウスは俯瞰的に眺めることができた。

 そしてそれら全てが自分の糧になっているという確信が芽生えてきた時、ルキウスの脳裏に閃光が走った。


「あるじゃないか!」


 ルキウスは叫んだ。

 そして右腕を動かして、自分の胸に手を当てた。


「僕には頼れる武器があるって学んだんだ!」


 ルキウスは以前修羅道で新たな力に覚醒した時と同じように、胸に秘められた[剣]を取り出した。

 そしてその剣を持って『自分の回復に時間がかかる』という道理ルールを心の中で切り裂いた。

 その瞬間、頭の中でザンッという音がして謎の手応えを感じた。


「⋯⋯全快している」


 そして思った通り、身体が万全の状態まで回復していることに気がついた。


 ルキウスは即座に周囲の魔力を集めてセネカに回復魔法をかけた。

 そして凄まじい速さで飛んでセネカの元に向かい、お姫様のようにセネカを抱きながらオークキングから距離をとった。


 オークキングは虚を突かれて硬直していたので、ルキウスは【神聖魔法】で膜を作り、オークキングに被せた。


「ルキウス!」


「セネカ、待たせてごめんね。もう大丈夫だから」


 びっくりするセネカの顔を見て、ルキウスは身体に自信が満ちてくるのを感じた。

 この危なっかしい幼馴染を助ける力が自分にはある。

 守られるだけじゃなくて、守ってあげられるような力が確かにある。


 長い間願ってきた力がやっと手に入れられたのではないか。

 そう思ったルキウスはまっすぐにセネカのことを見ながら言った。


「セネカ、あいつを一緒に倒そう! もう負ける気がしないんだ」


 そうのたまったルキウスにセネカの目は釘付けになった。

 ルキウスの顔は憑き物が落ちたかのように晴れやかで凛々しい。




 セネカは胸が大きく高鳴るのを感じた。

 まるで世界の全てが輝きを放っていて、幸せな光が心を包んでくれるかのようだった。


 押し留めていた感情が噴出して止まらない。

 セネカはその気持ちをついにルキウスにぶつけることにした。


「⋯⋯ねぇ、ルキウス」


「なに?」


 スタンピードの時からセネカはその想いを留めていた。

 魔界を二人で進みながらそれはどんどん募っていった。


 いつか言おうと思っていた気持ちを今ならまっすぐ伝えることができる。

 

「あたしね。

 ルキウスのことが好きだよ。

 世界で一番、あなたのことを愛しているの」


 セネカは涙を流していた。

 これだけの言葉をずっと言うことができなかった。

 心の底から湧き上がってくる強い想いが目から溢れて止まらない。


 そんなセネカを見てルキウスは微笑んだ。

 抱いていたセネカを顔の近くまで引き寄せて、ルキウスは答える。


「僕もさ。

 僕もセネカのことを愛している。

 君に会えて本当に良かったと心の底から思っているんだ」

 

 ルキウスの目からも一筋の涙が流れてきた。

 セネカにはそれがこの世のものとも思えないほど綺麗なものに見えた。


 二人は自然に笑顔になっていた。

 お互いが想っていることは間違いないと感じていたけれど、こうやって言葉にすると嬉しさは段違いだ。


 ルキウスは地面に降りて、オークキングを見据える。

 神聖魔法の膜の中でまだもぞもぞとしているけれど、そろそろ出てきそうだ。


 セネカはルキウスに降ろしてもらい、力強く大地を踏みしめた。

 そんなセネカを見てルキウスが声をかける。


「ねぇ、セネカ。

 一緒に元の世界に帰ろう!

 みんながきっと待っているよ!」


「うん! 一緒に帰ろうね!」


 二人の英雄候補は笑いながらオークの王を見据えた。


「トドメは任せたよ。それ以外は僕に任せて!」


「分かった!」


 ルキウスが軽く宣言したので、セネカは軽く請け負った。

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