第93話:月明かりに照らされて

 マイオルがこうしてセネカと対峙したことはなかった。バエティカで出会って、それから隣に並びながら走り続けて来た。一緒にいるのが当たり前だった。だからこそこうして改めてセネカを見ると、さまざまな発見がある。


 この三年でセネカは成長した。背が高くなり、手足はすらっと伸びている。おかげで徐々に間合いが広くなっている。魔力の輝きで銀色に見える髪の毛は肩口で切り揃えられている。戦いの時にはセネカは髪を後ろで縛るのだが、今は自然に垂らしている。


 普段はぼんやりとしている目も今は力が入り、まなじりはつり上がっている。薄かった唇も、厚みは変わっていないのかもしれないが、ぷっくらとして瑞々しい。いつの間にか美人になったな。と能天気にもマイオルは感じていた。同じくらい自分も成長していると良いんだけど。そう考えながら覚悟を決める。


 セネカと比べると卑小な魔力を動かしてスキルを発動させる。手に持っていた剣を改めて握り直し、ゆっくりと息を吐く。


 マイオルは『今、人生の分岐点に立っている』と直感した。理由は分からないが、それは正しいだろうという確信もある。


 この戦いには人生を賭ける価値がある。勝てるかは分からない。いや、勝てない可能性の方が高いだろう。だけどセネカに挑発された通り、確実に勝てる戦いしかしない人間が強くなっていくことはできない。むしろ、勝てない戦いにこそ赴き、ギリギリで生き残る強さが必要だろう。


 そこに迷いはない。


「ねぇ、セネカ、知っている?」


 マイオルが話しかけるとセネカは張り詰めた雰囲気を変えずに首を傾げた。


「あの剣神にもライバルがいたんだって。幼い時から何度も何度も戦って、勝ったり負けたりしながら、二人とも強くなっていった。そして、一緒にパーティを組んで、最後には巨獣を倒したの」


「もちろん、知ってるよ。それがどうしたの?」


「英雄は一人では英雄になれないのよ。相応しい敵がいて、試練があって、そして仲間がいる」


 マイオルは自分の手が震え出しているのに気がついた。自分があまりにも思い上がった言葉を吐こうとしていることは分かっている。だけど、いま、この時、覚悟を決めないといけない気がしたのだ。だから全力で虚勢を張って、勢いに任せて言うことにした。


「セネカ、あなたが英雄の仲間に相応しいかあたしが見定めてあげるわ。龍を倒す英雄の隣にいる資格があるのは、同じ英雄だけだから」


 精一杯の強がりだ。

 滑稽な物言いだ。

 慰めようと目の前に来てくれた親友に対して発するにはあまりにも酷い言葉だろう。

 だけど、言ってしまった。


 マイオルはおそるおそるセネカを見る。


「ふふふふふ」


 そこには満面の笑みを浮かべたセネカがいた。


「それでこそ、マイオルだね」


 マイオルもつられて笑みを浮かべた。自分に酔った劇役者のような姿を見せてしまい、恥ずかしい気持ちもある。所在がない気持ちも湧いてくる。


 さて、どうしようかなとマイオルが思った時、発動し続けていた【探知】に魔力の反応がある。

 頭上からセネカの[まち針]が降ってくる。


「やられたっ」


 セネカはマイオルの意識の間隙を縫って攻撃を始めたのだ。


 マイオルは即座に[予知]を発動してセネカの動きを読みながら頭上の脅威を避ける。セネカが剣を手に迫ってくるのが分かる。


 完全に一手遅れてしまった。マイオルは戦闘に集中し、セネカの動きを読むことに神経を集中させる。ほんの少し前に恥ずかしい言葉を吐いたことなど一瞬で忘れてしまった。





 マイオルは防戦一方だ。セネカは攻撃を仕掛けては離れるという戦法のようで、深く入ってくることはない。機を伺っているのだろう。


 セネカは全く隙を見せない。入り込みすぎたら反撃が来るかもしれないと警戒しているように見える。いま改めて実戦で[予知]の力を測っているのかもしれないとマイオルは感じた。


 出会った頃、二人の剣の技術には歴然とした差があった。その差は現在も依然として存在するが、入門者だったマイオルは中級者に名を連ねられるほど上達した。戦い慣れたセネカが相手であればスキルの力を借りて反撃することができる。


 防御を重ねながら、マイオルは崩れた体勢を立て直した。万全とは言えないが、格上を相手にしていることを加味すれば上出来だ。


 セネカにしては畳み掛けるのが遅いとマイオルが感じた瞬間、セネカの表情が変化した。力が入っていた瞼の力が抜けて、目も若干垂れ下がっている。ぼんやり顔だ。


 マイオルだから分かるような違いだったが、あの顔のあとは間違いなく何か仕掛けてくる。マイオルはスキルに大量の魔力を注ぎ込み、[予知]出来る時間を伸ばした。そして身体を引き絞り、セネカの動きに対応しようとしていると、意外にもセネカは後ろに跳んで、距離を大きくとった。


 セネカは後退しながら膨大な魔力をさらに凝縮して何かをしようとしている。マイオルに緊張が走る。


「ねぇ、マイオル」


 そんな中、セネカが声をかけてきた。マイオルは警戒を続けながらセネカの動きに注視する。


 顔を見るとセネカは笑みを浮かべている。晴れやかな顔だ。


「マイオル、一緒に龍を倒そうよ。白龍には敵わないかもしれないけれど、このまま強くなっていけば龍を倒せるようになるって、私は信じている」


 セネカの中の魔力が渦を巻き、身体の中心にどんどん集まっている。マイオルはさらにスキルに魔力を費やすことにした。


 セネカは言葉を続けている。


「私ね。マイオルと一緒にその領域に達したいの。マイオルと一緒じゃなきゃ、できないことばっかり。だから私に夢を見させて欲しい」


 その言葉を聞いて、マイオルは反射的に声を出し、話を遮ろうとした。夢を見させてもらっているのはいつもマイオルの方だからだ。

 しかし、セネカは揺るぎのない声色で話し続ける。


「だけど、その前に私がマイオルに夢を見せてあげる。可能性を見せてあげる。私たちでもいつか龍を倒せるって、そんな憧れが幻想ではないってことをこれから見せてあげる!!!」


 セネカは叫ぶように声を上げながら全ての魔力を動員してスキルを発動する。


「⋯⋯縫い合わす」


 呟くように口にした瞬間、セネカの身体から糸状の魔力が一本飛び出した。いつもの魔力糸とは違うただの魔力だ。


 マイオルは胸に渦巻く熱い気持ちに応えるように全ての魔力をスキルに注いだ。これで、セネカの動きを見逃すことはないはずだ。


 【探知】の視野にはセネカの残像がたくさん浮かんでいる。これはセネカがこれから取りうる動きの道筋を表している。[予知]は[軌跡]の時間軸を未来に拡大したものだからだ。


 しかし、数秒経った後、異変が起きた。

 セネカが突然マイオルの目の前に出現するようになったのだ。その残像には連続性がなく、あたかも瞬間的に移動しているようである。


「これは⋯⋯」


 マイオルは信じられないものを見ているような気持ちになった。規模は小さいけれど、起きていることは白龍の時に見た現象と非常によく似ている。


 マイオルが呆気に取られているうちにも時は進んでいく。

 セネカはその身に宿る魔力のほぼ全てを費やし、スキルを発動した。


 ザッ。


 とても静かな音だった。着地の時に地面の砂の音が鳴っただけで、セネカはありえない遠間から瞬時にマイオルの目の前に移動した。


 そして剣をマイオルに突きつけて、にっこりと笑いながら言った。


「どう? 私は英雄に相応しい?」


 言うなり膝から崩れ落ち、へたり込んだ。


 マイオルはすかさず抱き止める。

 手の中のセネカはくたっと力を抜き、そのまま気を失ってしまった。


「あたし、セネカの仲間に相応しい冒険者になる」


 結局セネカが何をしたのか全く分からなかったけれど、白龍に負わされた心の痛みをマイオルが乗り越えるために、必死になってくれたに違いなかった。


 マイオルはそのことに強く胸を打たれた。そして、セネカが見せてくれた可能性、スキルを使った瞬間移動には『いつか龍を越える』という決意がこもっているようにマイオルには見えた。


 セネカの技の驚き、言葉、覚悟、どれを思い出してもマイオルの心は沸き立った。結局、二人が戦ったところで何かが変わったわけではない。セネカの技で龍が倒せる訳でもないし、鍛えられてマイオルが強くなる訳でもない。


 だけど、どうしてだろうか。マイオルは白龍のことを思い出してももう震えることはなかった。恐ろしいとは感じても圧倒されることはなかった。


「乗り越えたの⋯⋯?」


 そう呟いてから、今は自分の膝で寝息を立てている親友の顔を見ると目の奥から涙がとめどなく溢れてきた。


 マイオルは涙が流れるに任せ、ただセネカの体温を感じ続けた。


 そして、二人が帰ってこないことを心配したプラウティアとガイアが迎えにくるまで、もっと強くなることをマイオルは誓い続けたのだった。




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ここまでお読みいただきありがとうございます!

長くなりそうなため、一旦区切りを入れます。


第九章:銀級冒険者昇格編(1)は終了です。

次話から第十章:銀級冒険者昇格編(2)が始まります!



また、これまで毎日更新を続けてきましたが、明日からは隔日更新にさせていただきます。

詳しくは近況ノートをご参照ください。

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