第194話:妄想の妄想
グラディウスと話した後、セネカとマイオルはパーティの拠点に帰るために王都の街をゆっくりと歩いていた。
外で話すには憚れる事が多い時は食べ物の話をするのだが、マイオルはさっきから黙ったままだった。
思うところがあるのだろうとキョロキョロと周囲を窺っていると、マイオルがやっと口を開いた。
「セネカってさ、剣神伝説に詳しいよね?」
「そうだねぇ。マイオルほどかは分からないけれど、何度も本を読んだことがあるよ」
「バエティカにいる頃、本によって書かれている内容が微妙に違うって言って調べていることがあったわよね?」
セネカは頷いた。
「暇つぶしでやってたねー」
「龍に関してどんなことが書かれていたかって分かる?」
「うーん。龍の話は結構出てくるよね。噂や迷信、伝承も含めるとすごく多かったと思うけど、心当たりはないかなぁ」
マイオルは青き龍に関しての情報が欲しいのだろう。だが、真っ直ぐそれと分かる情報はなかったはずだし、細かいことになると覚えていない。
「調べたことをノートにまとめていたと思うけど、引っ越す時に置いてっちゃったかもなぁ。孤児院にあるかもしれないけど、捨てちゃってるかも」
「そうよねぇ……」
「何か気になるの?」
「うーん。剣神伝説って具体的な部分と抽象的な部分で差があるでしょ? 土地土地に残っている話を集めたものだからそうなっているって習ったけれどそれだけなのかなぁってね。まぁ、また後で話しましょう」
そう言うとマイオルはいつもの調子に戻った。グラディウスと食事をした後だが、寄りたいパン屋があるみたいだ。
お気楽な買い物を楽しみながらセネカは頭の中を探っていた。剣神の友人の中で、魔物に与えられた試練を越えて強くなった人物がいたような気がしたのだ。
あとで調べよう。そう思っていたけれど、マイオルおすすめの店で干しぶどうのパンを味見させてもらうとすぐに忘れてしまった。
◆
拠点に帰ってくると、居間にご機嫌な様子のガイアがいた。珍しいことに鼻歌を歌いながら書類を読んでいる。
「ガイア、ただいまー」
「おかえりー。セネカ、例の分析結果が出たぞ」
それを聞いてガイアがご機嫌な理由に察しがついた。しかも良い結果だったのだろう。
「買ったものはあたしが整理しておくから二人で話して良いわよー」
マイオルがそう言ってくれたので、片付けはお願いすることにした。買ったものの多くはマイオルのものなので元々そうするつもりだったかもしれない。
セネカはガイアの向かいに腰を下ろし、置いてあった書類を手に取った。これはガイアが書いた文書のようだ。
「結果が出たと聞いて高等学院に行ってきたんだ。早いうちに情報を整理しようと思ってね」
「うんうん」
セネカは書類を置いてガイアの話を聞くことにした。
ガイアの言う結果というのは砂漠の薔薇を分析した結果のことだ。
キトの伝手で若く優秀な人物を紹介してもらい、成分分析を行った。
「セネカも知っている通り、今回は砂漠の薔薇を削って粉状にし、薬品で処理をしてから分析してもらった。こちらの想定通り、あちらも余分な情報は手に入れてなさそうだよ」
分析を依頼するに当たって、提出した物が砂漠の薔薇だとバレないような工作を幾つも行った。加えて、適切なスキルを持っている人をキトに選定してもらってもいる。
「比較対象はさまざまな魔物や鉱物の素材だが、もちろんアレも含まれている」
「結果はどうだったの?」
おそるおそる聞くと、ガイアは楽しそうに教えてくれた。
「私たちの想定通りだったよ。砂漠の薔薇には生物由来の成分が多く含まれていて、単純な無機物ではなかった。それはどんな魔物にもない特別な成分だったけれど、唯一、一致する物があったんだ」
「……龍の鱗」
「その通りだ」
実は、青き龍が姿を消した後、セネカ達は地面に這いつくばり、鱗や爪の欠片と思われる物を出来る限り回収していた。その極一部を使用し、今回の分析にまわしたのだ。
「砂漠の薔薇はやはり龍にまつわる物のようだよ。排泄物か何かが砂漠に落ちて、しばらく経つとあの形状になって独特の芳香を放つようになるのだと思う」
「排泄物って糞とか?」
セネカは鼻を摘んだ。
「分からないが、私は違うと思っている。糞にしては小さすぎるように思うからな。だからと言って他に思い当たる物がある訳じゃないんだが……」
ガイアは机の上にあった古い本を手に取った。
「セネカは鯨を知っているか? 海に出る巨大な魔物の名前なのだが」
「もちろん、分かるよ」
「とある鯨の魔物のお腹の中で出来る物質が海に漂ううちに変質して、とてもよい香りを放つことがあるらしいんだ」
ガイアが開いてくれたページを見ると、丸い物体の絵が描かれていた。これがその香なのだろう。
「……それってやっぱり糞なんじゃ」
「一応違う物らしい。全く同じではないだろうが、龍から出た何かが砂漠に落ちることで、砂漠の薔薇になるのではないかと私は考えているんだ」
ガイアは糞ではないという事にしたいらしい。あれだけ沢山拾い、何度も匂いを嗅いだのだから、違うと思っていた方が精神的に良いのだろう。
「なるほどね。それって砂漠じゃないとダメなのかな?」
「分からないとしか言いようがないが、砂漠じゃなくても良いのなら他の場所で見つかるはずなんだ。もっと言うと、パドキアの砂漠でしか見つからないのは、龍が通るのがあの場所だけだからなのではないかと推測することもできる」
「なるほどね」
「もちろん全て推論に過ぎないが、龍由来の物が変質して砂漠の薔薇になっていると見なしても悪くないと思う。もっと深く分析してもらえば、はっきりとした証拠を得られると思うが、代わりに龍のことがバレるだろうな」
今回は情報を隠すために分析系スキルのレベルが高すぎない人をわざわざ選んだのだが、これ以上知ろうとすれば、能力や経験がさらに高い人にお願いしなければならないだろう。
そうすれば、セネカ達が『とある場所でたまたま見つけた魔物の痕跡』と言った物が龍由来だとバレてしまう。
セネカ達は知的好奇心に駆られて、これの分析を依頼した事になっているのだが、龍にまつわる物だと分かったら大騒ぎになるだろう。
「分析はここまでになるね」
「そうだな。まぁ自力でやれることはまだあるからもう少し詰めてみようとは思っているよ」
「うん。私も協力する」
ガイアと話をしていると、机の上にある地図が目に入ってきた。それは過去に砂漠の薔薇が見つかった地点に印をつけたものだった。
「……ねぇ、ガイア。仮定の上にある妄想みたいな話になっちゃうけれどさ。本当に砂漠の薔薇が龍に由来するものだとしたら、五年に一度、龍がパドキア砂漠を渡っている事になるよね?」
ガイアはハッとした顔になり、食い入るように地図を見つめた。
「⋯⋯だとしたら龍はどこに行っているんだろうね」
セネカがそう言うとガイアは積み重なった書類の中から一枚、手書きの地図を取り出した。
「それは何?」
「これはリザードマンの森の簡易的な地図だ。元の地図と組み合わせると、龍の領域の方向くらいは分かるはずなんだ」
ガイアはパドキアの砂漠の地図とリザードマンの地図を合わせた。縮尺は違うが、ある程度は頭の中で補えそうだ。
「妄想に妄想を重ねると、龍はリザードマンの森を迂回しながらパドキア砂漠に到達し、その後砂漠を横切って進んでいくようにも見えるな」
「その先には何があるの?」
「荒野が続いた後で海になるはずだな」
「海かぁ……。もっと面白いものがあったら良かったんだけどなぁ」
「まぁな。だが、面白い発想だと思うぞ。そっちの方に私たちの知らない何かがあるのかもしれないしな」
「妄想の妄想だけどね」
セネカが笑うとガイアも笑った。根拠はないけれど、楽しいからそれでいいのかなという気持ちになってくる。
「今回も面白い冒険になったね」
「あぁ、そうだな。だって私たちは龍に会って戦ったんだからな」
「ガイア、もっと沢山冒険しようね」
「あぁ、今度もまた頼むぞ」
「その代わりに美味しい料理を作ってね」
「任せろ」
ガイアの顔は晴れやかだった。普段は落ち着いているが、楽しそうに笑う時は花が咲いたようで、すごく美人だ。
セネカはガイアに抱きつき、とりあえず頭を胸に擦り付けた。
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ここまでお読みいただきありがとうございます!
長くなりましたが、第十六章:砂漠の薔薇編は終了です。
次話から第十七章:樹龍の
結構長い章になりそうです。
金曜更新に戻ります。
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