第176話:理論的には大丈夫

 合流したルキウスに作戦の概要を説明した後で、セネカ達は次の行動を開始した。


 セネカとルキウスはガイアの指示を受けて乗り物を作っている。大部分はルキウスの【神聖魔法】で出来ることになっているけれど、セネカの[魔力針]もたくさん取り付けている。


 また、機体の表面に風の属性の魔力を縫い付けることで推進効率がかなり変わるらしいので、セネカは塗装するかのように魔力を付与している。


「それじゃあ、また会いましょうね。私はこれからバエティカに戻るから」


 作業をしているとキトの声が聞こえて来た。キトはいま高等学院の学生だけれど、研究のためなら一定期間学校を離れても良いことになっているらしい。だからバエティカに戻って師匠のユリアの教えを受けることにしたと言っていた。もちろん今回の騒動から避難するためという側面もある。


 さっきまではげんなりするルキウスの姿を楽しそうに堪能していたけれど、今は比較的真剣な表情だ。


「もう行っちゃうの?」

「そろそろ完成みたいだから⋯⋯。離れないと危ないかもしれないんだよね?」


 セネカが聞くとキトはちょっとだけ眉をひそめた。そしてセネカのところにやって来てぎゅっと抱きついた。


「しばらく会えないかもしれないけど、私も頑張るからセネちゃんも頑張ってね」


 セネカは一旦手を止め、キトを強く抱きしめた。

 その後でキトはかなり離れた場所まで移動した。そこからセネカ達の作戦を見守ってくれるらしい。




「よし、問題なさそうだ。発射台まで移動させてくれ」


 入念に乗り物の出来栄えを確認した後でガイアがそう言った。


 発射台というのは弾力の高い綿を使った装置のことで、モフが作ったものだ。反発力を利用して機体を効率よく射出できるらしい。


 セネカはルキウスと力を合わせてこの乗り物――飛行船――をスキルの力で動かした。鳥のような形をした機体がゆっくりと宙を移動する。


「操作感に問題はありそうか?」

「いい感じだよ」


 ガイアの問いかけにセネカが答えた。ルキウスも頷いているし、これで良さそうだ。


 この乗り物はピューロの円盤の話を聞いたガイアが考案したものだ。入念な計算の元に設計されていて、とても効率的に空を飛ぶことができるらしい。




 発射台に設置した後、キト以外の全員が機体に乗り込んだ。中はそれなりに広くて、ルキウスが作った机や椅子が床から出ている。


 並べられた椅子にそれぞれが座る。セネカは操縦士なので一番前の席に座っていて、隣にはルキウスがいる。


 みんなの顔を見てみるとマイオルはセネカと同じく楽しそうな顔をしていて、モフとガイアはいつも通りの表情、プラウティアとルキウスは不安そうな顔をしている。


「ねぇ、ガイア? これって本当に大丈夫なんだよね?」


 ルキウスがガイアに聞くと、ガイアは「理論的には」と答えた。同じパーティということでルキウスはガイアを呼び捨てをするようになっている。


「ガイアちゃん、本当に安全なんだよね?」

「理論的には」


 今度はプラウティアが聞いた。ガイアが同じ言葉を言ったので、プラウティアはルキウスと顔を見合わせている。少し遠いがプラウティアの顔を良く見ると顔色が若干悪くなっているような気がした。


「衝撃吸収用の綿を表面に貼るし、中にも綿を詰めるから大丈夫だよぉ」


 モフがそう言いながら【綿魔法】を発動し、乗り物の中が綿で満たされた。確かにこれで衝撃は吸収できそうだった。


「安全面には細心の注意を払ったから大丈夫なはずだ。ルキウスの【神聖魔法】の物理耐性もこの前しっかりと計測させてもらったからな」


 ガイアがそう断言するのでルキウスも諦めたようだった。セネカもルキウスの壁が簡単に壊れるはずないと思っているので、モフの綿が守ってくれるなら余計に安全だと感じている。


「分かった。それじゃあ、発射の準備を始めるね。綿の反発力で発射するってことで良いんだよね?」

「あぁ、その通りだ。できるだけ引き絞ってから、合図に合わせて力を解放してくれ」


 ルキウスは頷いた。針を使った機体の操縦は発射後に開始されることになっているので、セネカは一旦見ているだけだ。


「よし……。それじゃあ始めるよ。機体が飛んだら出番だけれど、セネカの準備は良い?」

「行ける」

「マイオルも[視野共有]をお願い」

「発動するわ」


 セネカは目をつむり、頭に浮かんだ像に集中した。ルキウスの操作によって、飛行船が綿の板に沈んでいくのが見える。


「……引き切ったよ。発射の合図をお願い」


「了解。それじゃあ、ケメネス帝国に向かって出発しましょう。合図に合わせてね!」


 セネカは神経を集中しながら[魔力針]の操作の準備を整えた。


「3」

「2」

「1」

「発射!」


「ぎゃあああああ!」


 合図と共に飛行船が発射した。共有された視野上では、飛行船は発射され、意図通りの方向に真っ直ぐ進んでいる。


 ……進んでいるのだが、船はネジのように回転しながら前進している。おかげでセネカ達は飛行船の中でぐるぐるになっている。


 セネカは針の動きを操作することで機体を安定させたいと思ったけれど、方向感覚がおかしくなっているので手を出せないでいた。ここで変に手を出してしまうと、状態が悪化して墜落してしまうかもしれない。幸いにも飛行船は期待通りの方向に進んでいるのだから耐えるのが良いと思えてくる。


 永遠にも思える時間を耐えながら過ごしていると次第に機体の回転が弱くなってきた。


 ちょっとだけ気分が悪いけれど日頃の訓練のおかげで耐えられそうだとセネカは思った。マイオルが視野を見せてくれているおかげで客観的な視点があるのも大きかった。


「セネカ、僕が船を安定させるから手を出すのは待って!」

「分かった!」


 叫ぶような声で連携を取る。

 少しするとルキウスのおかげで次第に回転が収まってきた。

 段々と方向感覚が戻って来て、最後には機体が安定した。


「もう大丈夫。セネカは前方に進ませ始めて良いよ!」

「了解!」

「落ち着いたなら綿を取り除くねぇ」

「うん、もう大丈夫だよ。モフ、ありがとう」

「こちらこそぉ」


 モフの声と共に視界が開け、みんなの様子が見えるようになった。全員ちょっと顔色が悪いものの、問題なさそうだ。


「みんな無事?」


 マイオルの問いに全員が頷く。多少は慌てたけれど、ガイアの言う通り船自体は大丈夫だったし、怪我をしている人もいない。


「みんな、すまない。まさかあそこまで強く回転するとは思わなかった。想像以上の力が加わった可能性もあるから、機体の形を最適化する余地がありそうだ……」


「まあ、うまく行ったから良いんじゃない? 今回はこの程度で済んだんだし、これを改良していけばものすごい速さで移動できるわよ!」


 ガイアは落ち込んでいるようだけれど、新たな移動手段を得たマイオルはすでに元気になっている。


 これは後から聞いた話だが、六人の中で一番肉体の強度が低いのはガイアなので、飛行船の安全性に関しては本当に念入りに計算していたようだ。だから予想外の見落としがあってゾッとしたようだった。


「このまま進めばすぐに国境が見えてくるわね。夜明けまでに超えられると良いんだけど!」


「ねぇ、マイオル。そういえば聞いてなかったけれど、国を超える許可って取ったの?」


 飛行船を操縦しながらルキウスが聞いた。


「もちろん取っていないわ! でも『ピュロン様とペリパトス様から密命を受けたため、秘密裏に行動する必要があった。本件に関してはグラディウス様からの後援を受けている』って言えば大抵のことは後から何とかなるってアッタロスさんが教えてくれたのよ!」


 マイオルは胸を張ってルキウスに言っている。セネカとルキウスがロマヌス王国に入った時も検問などを完全に無視して来たが、あとからピュロンが上手くやってくれたようで咎められることはなかった。


「僕にはよく分からないけれど、なんとかなるならそれで良いや……。それで、これからパドキアの岩石砂漠を越えるつもりなんだよね?」


 ルキウスがこの飛行船の目的地を再度確認するとマイオルが頷いた。


「モフから聞いたのよ、冒険にうってつけの場所があるんでしょ? 未開の地を探索できるなんて冒険者冥利に尽きるじゃない! それに砂漠の薔薇だっけ? リザードマンの森を見回ったら、その謎についてもみんなで追うつもりよ!」


 マイオルの話を聞いてみんな自然と顔に笑みを浮かべ始めた。それぞれに嗜好の違いはあるけれど、みんな冒険が好きでたまらないのだ。


「みんな、行くわよ! 目的地はケメネス王国パドキア砂漠の先にあるリザードマンの森! 新生『月下の誓い』で暴れまわりましょう!」


「おー!!!」


 マイオルの声に全員が両手を上げて応えた。その様子を見てセネカは心から愉快な気持ちになった。

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