第3話 追放

「……え?」

「ゴミもゴミ、こんなもの、外れクジにも劣るゴミクズですわ」

「ディ、ディアナ殿下!」


 将軍っぽい人が慌てて止めようとするが、王女は大きなため息を吐く。


「前代未聞の二人同時召喚かと思いましたが、まさか片方がこんな役立たずとは」


 王女の豹変っぷりに戸惑いながら、スキル欄を指さす。


「え、ちょ、ちょっと待ってください。でも、これ、魔力錬成って……なんかすごいスキルなんじゃ……」


 王女は「魔力錬成ねぇ」と笑うと、バラのような唇から、ふぅと細い息を吐いた。


「そんなもの、誰でもできますわ」


 え、そうなの?


「魔力の制御など、貴族であれば初等教育で軽くさらう程度。いわば基礎の基礎。魔術を使う者なら誰でもできます・・・・・・・・・・・・・・・。逆にいうと、魔術が使えないのであれば、魔力がいくらあっても無意味。そして見たところ、ロクさまは一切の魔術が顕現していないご様子。これでは神器に選ばれるなど、夢のまた夢ですわね」


 王女は呆れたように首を振ると、打って変わって目を潤ませ、しおらしく周囲の人々を見回した。


「皆さま。私は己の傲慢を認め、謝罪しなければなりません。ほんの一瞬でも、二人の勇者を召喚し、この大陸に新たな歴史を刻んだと思い上がったことを。けれどやはり、祝福の実ひとつにつき、召喚できる勇者は一人のみ……彼、カヅノロクさまは、哀れにもリュウキさまの召喚に巻き込まれてしまった、ただの無能な一般人・・・・・・・・・です」

「…………」


 え??? そんなことある???


 水を打ったような沈黙が、中庭を支配し――片桐がぶはっと噴き出した。俺の背中をばんばんと叩く。


「なんだおっさん、オレの召喚に巻き込まれただけか! そいつは悪かったなァ! 安心しろ、世界はこのオレが救ってやるからさ。神器も後宮も、オレのもんだ!」


 しかし片桐の威勢に、王女が水を差した。


「ああ、後宮ですが、片桐さまにはふさわしくないかと。なにしろ、先代の勇者さまのおさがり・・・・・・・・・・・・ですので」

「はァ!? なんだそれ、後宮がおさがりってどういうことだ、おかしいだろ!!」

「先代勇者さまは、別の聖女によって半年前に召喚されたのですが、後宮に寄りつくことすらなく失踪されてしまい……後宮には、少々ワケありのご息女が多いもので、お気に召さなかったのかもしれませんねぇ。なにしろ、掃きだめ・・・・と揶揄する者もいるくらいですので」


 王女はさも困惑したような表情を浮かべながら、こてんと小首を傾げた。


「それでもご興味がおありでしたら、すぐにお渡りの準備を整えさせますが?」

「んだよ、いらねぇよ。クソほども興味ねぇわ!」

「あら、そうですか」


 王女は花のように微笑むと、ぽんと手を打った。


「それでは、いかがでしょう? ロクさまには、掃きだめ――失礼、後宮の主として後宮あちらにこもっていただき、悠々自適に過ごしていただくというのは?」

「え?」

「王宮に異世界人が二人もいては、無用な混乱を招きます。戦う術を持たないロクさまには、召喚に巻き込んでしまったお詫びとして、一生後宮にこもって、おもしろおかしく過ごしていただければよろしいかと」


 なるほど、と胸中で呟く。


 王女はどうやら、後宮に対していい感情を持っていないらしい。そして、俺をその後宮に押し込めることで、『役立たずを召喚してしまった聖女』という汚点をなかったことにしたいようだ。


 王女は片桐に身を寄せると、その腕に指を絡めた。


「リュウキさまには、私から、勇者としての心得を手取り足取りお教えいたしますわ。私たち二人で、新たな神話を築きましょう?」

「そう、そうだな」


 満足そうな片桐に微笑みかけ、氷のような声で人々に告げる。

「このカヅノロクさまには、勇者になる資格も価値もございません。以後はリュウキさまお一人を勇者と崇め、ロクさまにおいては、二度と王宮に入れないように」

「し、しかし、それはあまりに――」

「うるせぇ」


 片桐の全身に、光の模様が浮かび上がる。轟音と共に、火炎の花が炸裂した。


 口を挟もうとした将軍をはじめ、誰もが口をつぐむ。


 畏怖の視線の中で、片桐は勝ち誇ったように笑った。


「悪かったなぁ、カヅノとやら! 巻き込んだお詫びだ、後宮はおまえにやるよ。オレは掃きだめになんか興味ないからよォ。この世界の主役はオレ、おまえは脇役モブだ。英雄はふたりもいらねぇ。おまえは後宮に引きこもってな!」




*********************




 王宮を出て、兵士に教えてもらった道を一人でたどる。


「…………」


 月明かりの下、自分の手のひらを見下ろす。

 本当に、何の力もないのだろうか。試しに力を込めてみると、片桐が魔術を使った時と同じような、白銀の模様が浮き出た。


「おお」


 全身に力が満ちる。今なら何かできそうだ。

 試しに叫んでみる。


「『紅蓮炎』!」


 ――何も起こらない。


 はは、と乾いた笑いが漏れた。


 月に照らされた城を振り返って、呟く。


「またこれか」


 普通なら、もっと怒り狂ったり、逆に泣き喚いたりしてもいい状況かもしれないが……悲しいことに、こういう展開には慣れている。


 というのも、この俺、鹿角勒は、究極のたらい回され体質・・・・・・・・なのだ。


 この体質は、幼い頃に事故で両親を亡くしたときから始まったように思う。天涯孤独になって養護施設に入ったはいいものの、助成金目当ての親戚に引き取られ、なんやかんやあって再び施設に保護されてはまた別の親戚に引き取られてを繰り返し。


 バイトと学業を両立しながらなんとか高校を卒業して就職してからも、社長が社員の給料を持って夜逃げをしたり、上司と同僚の不倫を目撃してしまって口封じのために左遷されたり、会長の御曹司のミスの責任を取らされてクビになったり、パワハラの標的になって退職を余儀なくされたりと、転職は数知れず。


 直近の失職理由は、シンプルな倒産だった。たらい回しの人生に少しばかり疲れていた俺は、次の職は休養しつつゆっくり探そうと心に決め、引きこもり生活に入った……その矢先の、事故。


 まさか現実世界からも弾かれてしまうとは思いも寄らなかった。


 そして弾かれた先の異世界でもさらに追放されるという始末。


「……ここが『約束の地』だと思ったんだけどな」


 小さな呟きが、虚しく夜風に溶ける。


 ――というのも、以前ブラック会社に勤めていたころ、奇妙な占い師に出会ったのだ。

 終電間際の駅裏。老婆のような幼女のようなその占い師は、俺を手招きするなり口を開いた。


「おぬし、『流転の相』が出ておるな。ずいぶん不毛な旅を続けてきたようじゃ。じゃが安心せい。いずれ『約束の地』にたどり着く。そこで望むものを手に入れるじゃろう」


 もしや妙な壺でも買わされるのかと身構えたが、占い師はそれきり俺を見送った。約束の地、その言葉がどうにも気にかかって振り返った時には、既に影も形もなくなっていた。


 その占いを、なんとなくお守りのように思っていたのだが……どうやら当たらなかったようだ。


 まあ、鉄骨に潰されて終わるはずの人生だったのだ。寝る場所を用意してもらえるだけありがたい。


 しばらくすると、行く手に門と塀が見え始めた。……ものすごく大きい。下手をするとひとつの街くらいはありそうだ。


「問題は、受け入れてもらえるかどうかだな」


 最悪、後宮からも追い出されるという展開もあり得る。充分にあり得る。だって後宮だぞ?


 後宮……あまり詳しくないが、どんなところなんだろう。なんとなく中国のイメージが強いが、江戸幕府の大奥も後宮に含まれるか。あとは、オスマン帝国にも後宮があったような? どちらにしろ、選ばれた人間しか入れないのは確かだ。勇者の資格がない俺が入ってもいいものなのだろうか。入った途端追い出される展開も覚悟しておこう、うん。


 その時。


「ロクさま」

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