第45話 自由の空の下で

 ティティの声に振り返る。


「じゃーん!」


 そこには、水着姿のリゼたちが立っていた。


 思わず「おお」と声が漏れる。


 四人ともそれぞれの魅力を引き立てるような水着を着ていて、とてもよく似合っている。まさに百花繚乱だ。


「い、いかがでしょうか」


 そう言って頬を染めるリゼは、たっぷりとフリルをあしらったピンクの水着を身につけていた。甘いシルエットに、スタイルの良さが際立っている。


 そして水着の愛らしさもさることながら、その白い肌には、背中から手足に掛けて、瑞々しい蔦と花の絵が描かれていた。


 アザの上から絵の具で彩ったのだろう、色とりどりの花の絵を纏ったリゼは、美しい芸術品のようだった。


「すごい、可愛いな」


 リゼは嬉しそうに頬を染めた。


「ティティさまが描いてくださったのです」


 見ると、ティティたちの肌にも、可愛らしい花が咲いていた。


 ティティが片目を瞑る。


「ボディーアートだよ。水に強い絵の具で描いたんだぁ。石けんで簡単に落ちるから、お肌にも優しいよ」


 サーニャが「おそろい」と満足そうにしている。


 リストバンド型のチケットを手首に巻いて、早速湯船に入った。


「わ、私、温泉って初めてだわ」


 パレオを身に付けたフェリスが、俺の手に掴まりながらおそるおそる湯に浸かる。大人っぽい水着とおっかなびっくりしている姿とのギャップが可愛い。


「あたたかい。これはいい泉」


 サーニャはすっかり温泉がお気に召したようだ。


 シンプルなビキニを着たその姿は、引き締まった四肢のせいか、野生動物めいた健全な魅力に溢れている。


 湯煙に霞む町並みを見渡して、リゼが感動に目を輝かせた。


「なんて素敵な街なんでしょう。いつか、シャロットも連れて来てあげたいです」


 青空に華やかな声が響く。


「ロクさま、次はサウナに行ってみましょう!」

「東洋をテーマにした施設もあるみたいよ。ヒノキブロ? っていうお風呂が、木の香りでリラックス効果があるんですって」

「つがい、『えすて』ってなに? 気になる、いってみたい」


 はしゃぐリゼたちに手を引かれて、色々な施設を回る。


 愛らしい少女たちに囲まれている俺に、行く先々で男性客からの羨望のまなざしが集まった。


 温泉に併設されているテラスで軽い昼食を摂って、一息入れる。


「ロクちゃん、はい、どうぞ」


 湯船の縁に座って休んでいると、ティティが飲み物を持って来てくれた。


 白と水色を基調にした可憐な水着がよく似合っている。


「ありがとう」


 飲み物を受け取って、並んで座る。


 果物の甘みと酸味が、火照った身体に嬉しい。


 少し離れたところでリゼたちがボール遊びをしているのを見ながら、口を開く。


「器用なんだな」

「んー?」

「それ。すごくきれいだ」


 細い腕に咲くボディーアートに目を落とすと、ティティは屈託なく笑った。


「リゼちゃんが気にしてたからね。他のお客さんたちを怖がらせちゃうんじゃないかって」


 小さな足が、ぱちゃぱちゃとお湯に遊ぶ。


 俺はそのあどけない横顔を見詰めた。


 出会った時からそうだった。ティティはいつだって自由で、明るくて、見ているこちらが励まされるくらい元気いっぱいで――けれど、それだけではない。驚くくらいよく周りを見ていて、困っている相手に、こうしてさりげなく手を差し伸べる。


 ずっとそうして生きてきたのだろう。


 その小さな身体の内側に、誰にも言えない傷を隠し、身を裂くような悲しみを何度も飲み込みながら。


「ティティ」


 俺はポケットを探ると、手を差し出した。


 金色に透き通る小さな欠片を見て、ティティが目を瞠る。


「竜の鱗……」


 以前、ハナマ鉱山で助けたドラゴンザナドゥにもらったアイテムだ。かなり高価な品らしく、後宮に何かあった時に換金しようと思っていたのだが、俺が正式に勇者として認められたことでその必要もなくなった。


「良かったら、もらってくれないか」


 大きな瞳が、「どうして……」と俺を見上げる。


 後宮の姫には手当が出る。教養や服、装飾品など、本来は自由に使えるその全てを、ティティは故郷に仕送りしているのだと、マノンから聞いた。


 ティティの養父は、身寄りのない子どもを引き取っては育てているという。ティティが後宮に入ったのは、きっと、家族の負担にならないため。そして、血の繋がらない弟妹たちを養うため。


 身寄りのない子どもたちの役に立てるなら、ザナドゥも許してくれるだろう。


「ティティの好きなように、使ってくれ」


 青く透き通る双眸が、俺を見詰め――けれど、ティティは笑って首を振った。


「ありがとう。でも、大丈夫だよ」


 決意を込めた声でそう言って、空を仰ぐ。


「決めたの。私、いつか商売を立ち上げて、身寄りのない子のための基金と孤児院を造るんだ。自分でちゃんと稼げる力を付けて、そのお金で、誰も自由を奪われたり、傷付かなくていい世界を造る。だからね、その時は、ロクちゃんが応援してくれたら嬉しいな」


 小さな身体に、大きな夢。


 まっすぐなまなざし呼応するように胸の奥が熱を帯びて、俺は「もちろん」と頷いた。


 ティティは白い歯を見せてはにかみ――唐突に空を指さした。


「あーっ! あれはなんだーっ!」

「!?」


 俺は細い指の先を追って空を仰ぎ――頬に、ちゅっと甘い感触が弾けた。


 驚いて見ると、ティティは笑った。


「ロクちゃん。助けてくれて、ありがとう」


 透き通るアクアマリンの双眸が、陽の光を集めて煌めく。


 頬を桜色に上気させたその表情は、今までに見たどんな表情よりも眩くて。


「――ああ」


 花のような笑顔に目を細める。


 と、リゼたちが手招きした。


「ロクさまぁ、大変です! このお風呂、泡が出ます!」

「ね、ねえ、ロクさま、これは一体なに? 何故泡が出るの? すごく気持ちいいけど、ああ、あああ……と、溶けちゃう……」

「あっちに、『がんばんよく』という泉があるらしい。強そう。入りたい」

「サーニャちゃん、それ、温泉じゃないんじゃないかなぁ?」


 ティティが楽しそうに笑って、羽根が生えたように駆け出す。


 透き通る日差しに照らされて、小さな足が跳ね上げた飛沫がきらきらと輝いた。


「ねえ、あとでお土産見てみない? 温泉湖の泥を使ったバスソルトが有名みたいだよ。あとは、フェイスパックとか!」

「それは素敵ですね! さっき見かけた、温泉パンという看板も気になります!」

「後宮のみんなにも、何か買っていきましょう。どんなものがいいかしら? お土産を買うのって初めてだから、わくわくするわ」

「温泉をもってかえろう、きっとよろこぶ」

「温泉ですか! 樽に詰めれば、なんとか行けるかもしれません……!」

「あっ、温泉の入った鉱石があるらしいよ、それにしよう!」


 温泉街の空に、明るい笑い声が響く。


 俺は青空の下、はしゃぐ少女たちの姿に目を細めた。


 頬に、まだ柔らかな唇の感触が残っている。


「ロクちゃん、早く早く!」


 ティティが大きく手を振った。


 ああ、と笑いながら立ち上がる。


 熱い決意が胸に兆す。


 願わくば、大切な人たちの生きるこの世界が、誰一人その笑顔を、夢を曇らせることなく、誰もが広い空の下で自由を謳歌できるよう――そんな世界にできるよう。


 俺は想いを新たにして、大きく足を踏み出した。





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