第44話 蒼い流星
「ルダシュではあらかた狩ったな。足がつく前に売り捌こう」
「今回は変わり種が入ったからな、高く売れるぞ」
鎖を持った商人たちが、檻の前方にあるスペースに乗り込む。
「ふーっ……」
俺は剣の柄に手を滑らせ、脚に魔力を流し込んだ。
用心棒たちが馬を解こうと馬車から離れる瞬間を狙って、一気に地を蹴る。
一瞬で馬車に肉薄するが早いか、檻の上部に向かってアンベルジュを振り抜いた。
白銀の刃が夜空を薙ぎ、檻の天井が吹っ飛ぶ。
ばらばらと崩壊した柵の下敷きになって、商人たちが悲鳴を上げた。
「うわああああ!?」
「な、なんだ、貴様っ!?」
答えず荷台に飛び乗ると、子どもたちを拘束する鎖を一刀のもとに断ち切った。
「みなさま、こちらへ!」
「助けに来たわ!」
鎖の支配から解き放たれ、怯える子どもたちを、リゼとフェリスが安全な場所へ誘導する。
「大丈夫、もう怖くないからね!」
馬車から降りられない子どもを、ティティが抱き上げて降ろしてやっている。
ふと、檻の隅で竦み上がっている子どもに気付く。
幼い少女だ。
燃え立つような赤い髪に、白い肌。松明に照らされた瞳は、深く透き通る碧をしていた。
視ると、魔力がひどく弱っている。
俺はその手を取り、魔力を流し込んだ。
見開かれた碧い目が、俺を見上げる。
「もう大丈夫だ」
女の子をティティに預けると、俺は馬車を降りた。
「く、くせ者! やれ! やってしまえ!」
商人の濁声に応えて、用心棒たちが剣を抜く。
馬車から飛び降りた俺に、サーニャが音もなく寄り添った。
「右の三人をお願いできるか。残りは俺がやる」
「わかった」
囁くなり、同時に地を蹴る。
俺は大きく踏み込みながら全身に魔力を巡らせた。
相手が身構えるよりも早く、その横っ面に膝を叩き込み、一人。
背後から繰り出された大振りの一撃をしゃがんで躱し、伸び上がりざまに顎を肘で打ち上げて二人。
横から飛び掛かって来るのを剣の腹で叩き伏せ、死角から突き出された剣を弾き飛ばすが早いか、ブーストを掛けた蹴りで昏倒させる。
振り返ると、サーニャが最後の一人の首筋に手刀を叩き込んだ所だった。
「ヒィィッ!」
商人が馬車を降りて逃げ出そうとする。
「逃がすか!」
俺は地を蹴って追い縋ると、腕輪からぶら下がっている鎖を掴み――
商人の口が、笑みの形に歪んだ。
「バカが! 『跪け』!」
がくん、と力が抜けた。
「っ、ぐ……!?」
凄まじい重力が押し寄せて、たまらず膝を突く。
「『這いつくばれ』!」
「ッ……!」
倒れ伏しそうになるのを、剣を突き立てて堪える。
手にした鎖から、濁った魔力が流れ込んでくる。
なるほど、この鎖を通して魔力を流し込み、相手を支配しているのか。
――じゃあ、
「ははは、しぶといな! じゃあこれはどうだ、『その剣で心臓を――』」
「『跪け』」
俺が呟いた刹那、魔力が一気に
「ん、なっ!?」
商人が驚愕に顔を歪めながら膝を突く。
俺はさらに命令を重ねた。
「『這いつくばれ』」
「あがッ!?」
ひしゃげた悲鳴を残して、男が地面にめり込む。
「ひっ……!」
ぴくぴく痙攣している仲間を見た他の商人たちが、泡を食って逃げ出そうとする。
その足下に、魔術の矢が降り注いだ。
「な、なんだぁっ!?」
怯える男たちを、矢を放ったティティが睨み付けていた。
男たちの顔が怒りに染まる。
「こ、この、小娘が! 奴隷にして売り飛ばすぞ!」
指輪だらけの肥えた手がティティに伸びる。
俺はその鎖を踏み付けると、声の限りに吠えた。
「『ひれ伏せ』!」
ティティの前に居並んだ商人たちが、一斉にごしゃあ! っと地面に頭を打ち付ける。
「ロクさま、一人逃げます!」
リゼの声に振り返ると、腕輪をかなぐり捨てて脱兎の如く遠ざかっていく後ろ姿があった。
俺は一気に片を付けようと、脚に魔力を流し込み――……いや、
「ティティ」
振り返り、手を差し出す。
アクアマリンの双眸が、星を宿して煌めく。小さな手が俺の手を握る。
繋いだぬくもりを通して魔力を流し込むと、小さな身体の内側で、青い魔力が眩く巡った。
ティティが空に向かって指を構える。まっすぐに、揺るぎなく。
その魔力回路が最高潮に輝く瞬間を狙って、俺は叫んだ。
「行け、ティティ! ぶちかましてやれ!」
青い瞳が燃え上がり、その喉から絶叫が迸った。
「『
流星のように打ち上がった青い球体が、尾を引きながら夜空を掛ける。
魔術の光が弧を描いて商人の行く手に着弾すると同時に、爆発にも似た轟音が轟いた。
砂煙が収まった頃を見計らって見に行く。
商人は抉れた土の中で気絶していた。
俺はティティと手を打ち合わせた。
*************************
商人たちを『服従の鎖』で縛り上げ、子どもたちを連れてルダシュに戻ると、ルダシュ市の警備隊に突き出した。
翌朝改めて森を調べたところ、王都から派遣された調査隊が囚われているのを発見した。
助けるとひどく感謝され、「自分たちは先に戻って国王に報告するので、どうぞごゆっくり観光をお楽しみ下さい」と一足先に帰って行った。
解放された子どもたちは、皆家族の元に帰れるように警備隊が手はずを整えてくれた。
あの赤髪の少女はどうしただろう。妙に気になる子だった。無事に家族の元に帰れたのならいいが。
事の次第を知ったルダシュ市長は「何かお礼をさせてほしい」と申し出てくれたが、国からの要請で来ただけだからと辞退すると、せめて温泉で疲れを癒やしてくれと、温泉入り放題のチケットをもらった。
そんなわけで。
「おー」
抜けるような空。輝く太陽。たなびく湯煙と、楽しそうに闊歩する水着姿の人々。
瀟洒な街並みと温泉という絶妙なコラボレーションを前に、俺は改めて開放感を満喫していた。
立ちこめる湯気の中、白亜の湯船に湛えられた湯が、湖面のようにきらきらと輝いている。
温泉沿いには色とりどりのパラソルが咲き、水着姿の人々が日光浴をしたり、読書やヨガをしたりと、思い思いに楽しんでいる。
ゆったり過ごすだけではなく、ボール遊びをしている人や、割と本気で泳いでいる人もいるので、温泉というよりはスパに近いのかもしれない。
露店で買った水着に着替えて待っていると、背後から足音が近付いてきた。
「ロクちゃん、お待たせっ!」
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