第24話 伝説の鍛冶師を探して



 次の日の朝。


 伝説の鍛冶師ロゼスに会うため、俺たちは後宮の広場に集合した。


 メンバーは前回と同じ四人。

 俺とリゼ、ティティ、そしてサーニャだ。


 用意された馬車を前に、サーニャが首を振る。


「ロゼスは西の山岳に住んでいる。道が険しい。馬車は通れない」

「じゃあ、王都で馬を買って行こうよ! 値段交渉ならティティにお任せあれ!」

「頼りにしてるよ」


 姫たちが後宮の門まで見送ってくれる。


「フェリス、楽しみにしててくれ」


 力強く告げると、フェリスはやっぱり疑問符を浮かべていた。


「いってきまーす」


 元気いっぱい後宮を発つ。


 さっそく、王都で馬を四頭そろえた。


「リゼは乗馬できるのか?」

「はい。レディのたしなみですのでっ」


 リゼは自信ありげにそう言うなり、「よいしょ!」と馬にまたがり――


「……逆、かな?」

「す、すみません、とても久しぶりだったもので」


 真っ赤になりながら乗り直す。


 少し心配になったが、やや危なっかしさはありつつも、ちゃんと御せている。


 言い出しっぺのティティはもちろん、サーニャにいたっては、それまで興奮していた馬が、サーニャが手綱を握った途端におとなしくなった。


 かなり乗り慣れているようだ。


 問題は俺だが……


「そうだ。魔力トレースを使えば」


 一旦サーニャに魔力を移し、十分ほど乗馬してもらって、魔力を回収する。


「おお」


 初めての乗馬なのに、軽々と馬を操ることができた。


 魔力トレース、とても便利だ。


「ロクさま、とてもお上手です!」

「ロクちゃんって、ほんとなんでもできるねー!」


 街道を西に取っていくつかの町を通り過ぎ、森を抜け、山岳を越える。





 王都を出発して一週間。


「ここから先は、徒歩でいく」


 最寄りの町に馬を預けて、山に張り付くように続く坂を徒歩で登る。


 道はどんどん険しくなっていく。


「すごい道だな。リゼ、大丈夫か」

「はいっ」

「本当にこんなところに住んでるのかなぁ?」


 ティティが驚くのも無理はない。


 山肌には大きな岩がごろごろと転がっていて、旅人の姿もない。


 空気が乾き、草木も少なくなってきた。


「ロゼスはこの先にいる。秘密の隠れ家。誰も知らない」


 さすがは伝説の鍛冶師。

 存在自体が厳重に秘匿されている。


「いいのか、秘密の隠れ家なのに、教えてもらっても」


 そう尋ねると、サーニャは「いい」と言った。


「あなたは、わたしのつがいだから、ロゼスもきっと認めてくれる」

「そうか、なるほどな。つがいだから……つがい!?」


 驚いて聞き返すと、サーニャはこくりと頷いた。


「そう。つがいの契りを交わした」


 つ、つがい?

 つがいって、あれか? 夫婦か?

 契りを交わした?


「い、いつ?」

「最初に会ったとき。私の頭に触れた」

「……もしかして、頭を撫でたやつか……?」


 俺が後宮に入って間もない頃。


 巣から落ちた雛を、サーニャが魔術で戻したことがあった。


 その時に頭を撫でたような……


 サーニャはあっさり「そう」と肯定する。


「私たちビルハ族の頭に触れられるのは、家族と、将来を誓い合ったものだけ。他の人間なら、その場で手を切り落としている。けれど、あなたは違った。私の中の精霊が、触れられてもいいといった。つがいの契約は成立した」


 そうなの!?


 目を白黒させていると、ティティが目をきらきらさせて元気に挙手した。


「ティティも、ロクちゃんに頭なでなでしてもらったよ! ティティもツガイってこと?」


 サーニャは顔色ひとつ変えることなく頷いた。


「強いオスは、つがいをたくさんもつ。群れハレムが大きければ大きいほど、リーダーであるオスが優れているという証。だからあなたも、あなたも、この人のつがい」


 ティティと共にご指名されて、リゼが小首を傾げる。


「あの、つがいとは何でしょう?」

「夫婦のことだね!」

「ふ、ふーふ!?」


 リゼはぽーっと頬を染めながら「ふうふ……ふうふ……」と繰り返し、


「ろ、ロクさま! 末永くよろしくお願いしましゅ! ひゃあ!」


 思いっきり噛んで撃沈している。


 それにしても軽率だった。


 ちゃんと謝って訂正しよう。


「あー、サーニャ」

「着いた」


 サーニャが立ち止まった。


 巨大な岩を指さしている。


 一見すると、他の岩と変わりないが……


 サーニャはぺたぺたと岩の表面を探っていたが、やがて目当てのものを見つけたらしい。


 小さな出っ張りに魔力を流し込む。


 岩の一部が動いて、ぽっかりと口が開いた。


「おお」


 覗き込む。

 底の見えない階段が続いている。

 古い坑道のようだ。


 カンテラに魔力を灯して階段を降りる。


 降りたり登ったり、蟻の巣のように入り組んだ道を、サーニャは迷うことなく進む。


 と、突き当たりに扉があった。


 ひどく年季の入ったそれを、サーニャが変わったリズムでノックする。すると。


「リリー? リリーかっ?」


 せわしない足音がしたかと思うと扉が開いて、初老の男が現れた。


 サーニャを見て目を見開く。


「サーニャ! サーニャじゃないか! 元気だったか?」

「元気。ロゼスは?」

「ああ、なんとかやってる」


 サーニャは室内を覗き込んだ。


「リリーは?」

「…………」


 ロゼスは答えず、俺たちを室内に招き入れた。

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