第25話 リリーを探せ


 椅子代わりの木箱に座る。お茶を出してくれたロゼスの手は、硬そうな皮膚に覆われ、やけどやマメが鍛冶の過酷さを物語っていた。


「初めまして、ロクです。突然申し訳ありません」

「ロゼスだ」


 リゼとティティも軽く自己紹介をして、サーニャが切り出す。


「ロゼスに、魔導剣を作ってほしい」

「魔導剣を?」

「そう。この人のために」


 ロゼスが俺に視線を移した。

「何に使うんだ?」

「魔術を発動できなくて、悩んでいる子がいて……少しでも力になれないかと」


 ロゼスは無言のまま、何か考え込んでいる。


 俺はアンベルジュを差し出した。


「これもおそらく魔導剣だと思うんですが、ちょっと魔力の消費が激しくて」


 鞘を払うと、ロゼスがぎょっと目を剥いた。


「なんだ、その剣は。四十年鍛冶をやっているが、こんな素材は見たことがない。本当に魔導剣か?」

「はい」


 俺は柄に魔力を込めた。刀身が白銀の輝きを帯びる。


 ロゼスが慌てたように手を振った。


「待て、待ってくれ。おい、冗談だろう。そいつは魔剣・・だ」

「魔剣?」

「人の手で作る魔導剣とは根本的に違う。神話級の得物だ。そりゃあ威力は桁違いだろうが、人には扱えない。燃費が悪すぎるんだ。それこそ底なしの魔力を持つ、神や天人の類でもなけりゃ……」


 そんなとんでもない剣だったのか。妙に魔力を吸われるのでおかしいなとは思っていたが。


「お前さん、一体何者だ? 普通なら一瞬で魔力が尽きて死ぬぞ」


 それは困る。フェリスが扱えないのでは意味がない。


「少しの魔力で発動できる剣がいいんですが」


 ロゼスは目を伏せて、口を開いた。


「スペルタイトがあれば……」

「スペルタイト?」

「大昔に採れた伝説の鉱物で、魔導剣の素材だ。一時期はすでに採り尽されたといわれていたが、俺が鍛冶を始めた頃、ここから一山越えた鉱山――ハナマ鉱山で見つかった」

「今も採れますか?」

「おそらく。だが、何年も前からドラゴンの根城になっていて、誰も手が出せない」


 ロゼスの顔色が悪い。……何かあったようだ。


 サーニャが鋭い声で尋ねる。


「ロゼス。リリーは?」


 ティティが「リリーって?」と不安げに口を挟む。


 ロゼスが掠れた声で呻いた。


「娘だ。あのバカ、数日前にメモを残して、ハナマ鉱山に向かった。……それ以来、帰ってこない」

「そんな」


 珍しくサーニャの顔色が変わった。


 リゼが立ち上がる。


「助けに行きましょう」

「もう遅い。今頃はドラゴンか、あるいは魔物の餌食になっているだろう。探しに行ったところで、ミイラとりがミイラになるだけだ」

「大丈夫。この人がいる」


 サーニャが俺の袖を掴む。


 リゼもティティも頷いた。


「ロクさまは、異世界からいらした勇者さまなのです」

「とっても強いんだから! なんでもお任せだよっ!」

「勇者、さま……」


 ロゼスは呆然と俺を見つめ――皺深い顔がくしゃりと涙に歪んだ。俺の手を握り、深々と頭を下げる。


「リリーを……あのバカ娘を、よろしくお願いします」



**************



 ロゼスの隠れ家を出て、ハナマ鉱山へ向かう。


 途中、森に分け入った。森全体が光っている。足下に目を落とすと、うっすらと光の筋が見えた。


「地面に魔力回路が通ってるのか」


 かなり魔力の豊富な土地らしい。


 道すがら、リゼがドラゴンについて教えてくれた。


「ドラゴンの寿命は長く、悠久の時を生きると言われています。知性が高く、個体によっては意思の疎通もできます。が、人間に敵対するものも多く……」


 今回のドラゴンは、果たしてどちらか。


 草を切り払いながら歩いていると、頭上から甲高い鳴き声が降ってきた。


『キキキキ!』


 空を覆う木の葉の中。真っ赤に燃える目が、俺たちを見下ろしていた。黒い猿の群れだ。


「ブラックテイル!」


 ティティが叫ぶと同時、猿たちが俺たち目がけて一斉に飛び降りる。


 俺は刀身に魔力を込め、群れに向けて振り抜いた。放たれた白銀の刃が、何匹かをまとめて断つ。


『キキ、キキィっ!』


 アンベルジュの一撃を免れた個体が、着地するが早いか飛びかかってくる。


「『炎魔矢』!」


 リゼが魔矢を打つが、魔物は木の陰に隠れてしまった。


「むむむ! 『炎魔矢』!」


 避けられたのが悔しかったのか何度か連射するが、木を盾にされてなかなか当たらない。さすが猿、すばしこい。魔術で仕留めるのは難しそうだ。俺とサーニャで迎え撃ちつつ、一体一体倒していこう。


 そう思った時、ティティが吠えた。


「『蛇水矢アクアスネーク』!」


 放たれた水の矢が、まるで蛇のように蛇行して、木の裏に隠れたブラックテイルを射止める。


「すごいな。いつの間に習得したんだ?」

「えへへ、こっそり練習してたんだ~! ロクちゃんの教え子として、いいトコみせたいもんね!」

「す、すごいです、ティティさま! あとで私にも教えてください!」

「オッケー!」


 連携を取りながら、着実に群れを倒していく。


 思わぬ猛攻に恐れをなしたのか、ブラックテイルたちは顔を歪めて後ずさり――


『キキキキ!』


 群れが一斉に鳴き始めた。


「なんだ?」


 リゼたちを背に庇い、周囲に視線を走らせる。


 不穏な気配に耳をそばだて――ずしんずしんと、重たげな足音が近づいてきた。


 うっそうと茂った木立の向こう、巨大な影が現れた。


『グォオオォオォオオオ!』


 空を破るような咆哮に、びりびりと肌が震える。


「ハイ・オークだ!」


 ティティが引き攣った声を上げる。


 現れたそれはまさに異形だった。三メートルを超える巨躯に、豚の頭。巨大な手に掴まれた木の幹が、メキメキと悲鳴を上げる。


「ハイ・オークは魔術を使います、気をつけてください!」


 リゼが言い終わるよりも早く、オークの右手から黒炎の矢が放たれた。リゼの眼前まで迫ったそれを剣で弾く。


「大丈夫か?」

「は、はいっ!」

『オオオオ!』


 俺は剣を構えながら目をこらした。オークの全身に漆黒の模様が浮き上がる。


 やはり、と胸中で呟く。魔物にも魔力回路があるのだ。回路は激しくざわめき、オークが怒り狂っているのが分かる。


 俺は細く息を吐いた。全身に魔力を巡らせる。


『グオオオオオオオオ!』


 オークが咆哮する。黒い魔力が右腕に集まり――


 その瞬間を狙って駆け抜ける。すれ違ったのはほんの刹那。銀光と化した刀身が、オークの胴体を両断していた。


 断末魔の悲鳴もなく、オークが黒い霞となって溶け消える。


『キ、キキ……!』


 ブラックテイルの残党が、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。


 魔物の気配がないのを確かめて、剣を収める。


 魔物の魔力を視ることできると分かったのは大きな収穫だ。魔力の動き、つまり予備動作さえ把握できれば、どんな敵でもかなり有利に戦える。身体強化ブーストも実戦で使えるレベルになってきた。


 と、リゼたちが駆け寄ってきた。


「ロクさま、また強くなってませんか!? 短時間で腕を上げすぎでは!?」


 興奮するリゼの隣で、ティティが目をきらきらさせる。


「ねえ、ロクちゃん。今度、ギルドに登録してみたら?」

「ん? なんでだ?」

「絶対、そこら辺の冒険者より強いから。クエスト取り放題だと思うよ!」

「私もそう思います! なんというか、ロクさまと一緒だと、安心感がすごいです! きっとたくさんの人が、ロクさまのお力を必要としています!」

「わたしのつがいが今日もかっこいい」


 ありがとう、と言いつつ頬を掻く。ギルド登録か。今の自分のレベルも気になるし、誰かの力になれるなら願ってもない。機会を見て登録してみよう。


 歩くことしばし。木々の先が明るくなってきた。森の出口だ。


 俺はふと立ち止まった。


「どうしたのですか、ロクさま?」

「何か聞こえないか?」


 耳を澄ます。ふいごのような音だ。巨大な生き物の寝息にも思える。


 木の陰から、そっと顔を覗かせる。


 切り立った岩場の底に、巨大なドラゴンがうずくまっていた。


「ひ……!」

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