第23話 地上の楽園(ほのぼのちやほや回)


「ロクさま、フェリスさま!」


 明るい声に顔を上げると、丁度リゼとティティ、サーニャがやって来るところだった。


 リゼが目をきらきらさせながらフェリスにお辞儀をする。


「フェリスさま、ご一緒してもよろしいでしょうかっ?」

「え、ええ、もちろん」


 少し緊張している様子でスープを口に運ぶフェリス。


 リゼはその横顔を熱っぽいまなざしで見守っていたが、やがてためらいがちに口を開いた。


「あ、あの、フェリスさま」

「けほっ」

「あーっ! 申し訳ございませんお食事中に! リゼったらとんだ不作法を?! 大丈夫ですか!?」

「だ、大丈夫よ。なに?」

「その……もしよろしければ、お友達になっていただけませんか?」

「えっ」


 リゼは頬を染めながら、もじもじと続ける。


「あの、子爵家の私がこのようなことを申し出るのは差し出がましいと思い、お声掛けできなかったのですが……フェリスさまはいつも凜としていてお美しくて、お召し物もアクセサリーもとても素敵で、ずっと憧れていたので、お近づきになれたら嬉しいなと……ご迷惑でしょうか?」


 フェリスはぽかんと口を開けていたが、その頬がみるみる上気した。


「う、嬉しい……っ」


 上擦った声でそう言って、リゼの手を取る。


「私、ずっと、とても可愛い子がいるなって思っていたの。けれど、話しかける勇気がなくて……っ」

「まあ、そんな! フェリスさまとお話できるなんて光栄です、どうぞよろしくお願いいたします!」

「いいなー。ティティもフェリスちゃんとトモダチになりたいよ~」

「! わ、私で良ければ、ぜひっ」

「わぁ、やったぁ!」


 ティティに抱きつかれて、フェリスはあわあわしつつも嬉しそうだ。


 その横で、サーニャがパンをちぎってはフェリスのお皿にちまちまと乗せている。

 餌付けだろうか。


 リゼたちと打ち解けたことでリラックスできたのか、フェリスは笑顔を見せている。


 良かったと胸をなで下ろす。


 魔力が命の源流だというのなら、魔力を底上げするためには、まず生命力を強く育むこと。


 よく食べ、笑い、太陽を浴びながら心許せる友人たちとおしゃべりをし、そしてよく眠る。


 健康的な生活をすることで、魔力回路が活性化する可能性はおおいにある。


 リゼのおかげで、フェリスの心も解れたようだ。


 感謝を込めた視線を送ると、何も知らないリゼは小首を傾げながらもにこにこと嬉しそうにしていた。







 うららかな日差しを浴びながら、美味しい食事に舌鼓を打つ。


 それにしてものどかだ。眠くなってきた。


「ロクさま」


 振り向くと、リゼがこちらを見ていた。


 頬を染めながら、ドレスに包まれた膝をぽふぽふと叩いている。


「ん?」

「(ぽふぽふ)」

「……?」

「(ぽふぽふぽふぽふ!)」


 ……もしかしなくても、膝枕で寝ろってことかな?


 リゼは頬を上気させて、勇気を振り絞った感が満載だ。


 断るのは、逆に悪い……ような、気がする……


「し、失礼、します」


 横になり、リゼの膝に頭を乗せる。


「ね、寝心地はいかがでしょうか?」

「あ、えっと、最高です」


 滑らかな生地の下に、太ももの感触を感じる。


 ほどよい弾力と柔らかさ。

 そうか、ここが桃源郷だったのか……


 リゼが目元を染め、嬉しそうに「よかった」と笑う。


 天使のような笑顔に見とれていると、ティティが「これおいしーっ!」と、フォークに刺した肉を差し出した。


「ロクちゃん、あーん」


 お、おお。


 人生初あーんだ。

 しかも、こんな愛くるしい子から……いいのだろうか。


 戸惑いつつ食べさせてもらう。


 ティティが「どお? おいしーでしょ」と俺を覗き込んだ。


 あーんの余韻を味わいながら頷く。


 本当においしい。

 肉の脂が口の中でとろけて、酸味のあるソースとよく合う。


 と、今度はサーニャがいちごを差し出した。


「わたしのも、たべて」

「いいのか? サーニャ、フルーツ好きだろ」

「いい。あなたは特別だから」


 ありがたくいただくと、サーニャは満足そうにふすーっと息を吐いた。

 可愛い。


 そわそわしているフェリスを、ティティがつつく。


「フェリスちゃんも、ロクちゃんを甘やかすなら今がチャンスだよ」

「えっ!? あ、は、はいっ!?」


 フェリスはスプーンを差し出そうとして、湯気が立っていることに気付いたのか、ふーふーしてくれた。


「ふー、ふーっ、ふーっ!」


 一生懸命冷ましてくれているが、息を吹きすぎて酸欠にならないか心配になる。


「ど、どうぞ」

「あ、ありがとう」


 フェリスが恥ずかしそうにしているせいか、妙に照れてしまう。


 それからも、膝枕をされたり髪を撫でられたりしながら、代わる代わる食べさせてもらった。


 なんか、すごく……すごく甘やかされている。人として堕落しそうな気がする。




 他の姫たちがボール遊びを始めたのを見て、リゼがフェリスに話しかける。


「フェリスさまは、何かお好きなスポーツはございますか?」

「乗馬と……剣舞なら、少し」

「剣舞?」

「ええ。精霊に捧げる踊りで、アルシェール家に古くから伝わっているの」


 俺は「剣舞……」と呟いた。


「あ、私、飲み物を取ってくるわ」


 フェリスが席を外す。


 ほっそりとした背中を見送りながら、ふと呟く。


「アンベルジュみたいに、魔力を通す武器ってないのかな? 少しの魔力で威力を発揮できるような……」


 俺がアンベルジュを使って魔物と渡り合えたように、何らかの媒体を通せば、魔術とは言わずとも、それに近いものを発動できるのではないだろうか。


 リゼが小首を傾げた。


「かつては、魔導剣という武器があったらしいですが」

「魔導剣?」

「魔力を通わせることで、魔術と似た効果を宿せる剣です。その威力は絶大で、一振りで一個大隊に相当したとか」


 もしかして、アンベルジュも魔導剣なのだろうか?


「ただ、特殊な鉱物が必要で、かつ鍛造が難しく、今では打てるのはロゼス・ビリオンという鍛冶師のみだと聞きます。幼い頃、リント兄さまが『ロゼスの魔導剣がほしい~!』と駄々をこねて、父を困らせていました」

「ティティも知ってるよ! そのロゼスっていうヒト、武器商人の間で有名だった。でももう何年も姿を見せなくて、ほとんど伝説上の鍛冶師って聞いたよ」

「そうか」


 いい考えだと思ったが、手に入れるのは難しそうだ。


 と、それまで黙って聞いていたサーニャが声を上げた。


「わたし、しってる」

「!? ほんとか、サーニャ?」

「ロゼスは友達。あなたが会いたいなら、案内する」


 おお、と声が弾む。どうやら希望の光が見えてきたぞ、フェリス!


「飲み物を持ってきたわ」


 フェリスを見つめて力強く頷くと、フェリスは不思議そうに首を傾げた。


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