第22話 いざ、ピクニック!


 その昼。


 俺は厨房キッチンに顔を出した。


「ちょっといいかな」

「あ、ロクさま!」


 厨房番キッチンメイドの少女たちがぱっと顔を輝かせる。


「ちょっと相談したいことがあるんだけど」

「はい! あ、西方から仕入れたお菓子がありますよ、お茶を淹れますね!」


 出されたお茶とお菓子をありがたくいただきながら、用意したメモを見せる。


「体質に合わせて、何人かに特別メニューを作ってもらいたいんだけど、負担かな」

「いいえ、とんでもない! 姫さまたちの健康をお守りするのが、私たち厨房番キッチンメイドの役目ですもの! 腕によりをかけて調理します!」

「ありがとう、助かるよ」


 俺はまず、食材の魔力を視て、四元素ごとに分けた。


 姫たちの属性を記した表と照らし合わせる。


「豆や人参は火属性だから、リゼは、このあたりの野菜を中心に。肉は鶏肉がいいな。フェリスには、こっちの野菜を使って……見栄えとか豪華さとかは二の次で、できるだけ食べやすくて消化に良いと嬉しい」

「でしたら、葉物中心のスープにしましょう。お肉は脂を落とすため、一度蒸して……」


 医食同源という言葉がある。


 食は身体を作る。


 ということは、四元素にちなんだ食べ物を取ることで、魔力を補強したり、強化したり、あるいは得意の属性以外も使えるようになるのではないだろうかと、そう考えたのだ。


 机を囲んで、わいわいと意見を出し合う。


 俺は厨房番たちに礼を言って厨房を出ると、マノンの元に向かった。


 もうひとつの提案を持ちかけると、マノンが「それはいいですね」と即座に取りはからってくれた。








 それから二日後の昼。


 よく晴れた空の下、宮女たちがきゃっきゃっとはしゃぎながら準備をする。


「お外で食べるなんて、歓迎の儀以来だわ!」

「やっぱりこういうイベントがあると、張り合いが出るわよね~」


 後宮の中庭。


 噴水の水がきらきらと太陽を弾き、色とりどりの花が咲き誇っている。


「まあ、素敵。バラが盛りを迎えていますね」

「園遊会を思い出しますわね。天気が良くて気持ちがいいです」


 敷布に座った姫たちのもとに、食事が運ばれてくる。


 これまで後宮では、各部屋で食事をするのが慣習だった。

 それを、たまにはみんなで外で食べないかと持ちかけたのだ。

 要はピクニックだ。


 姫たちがはしゃぐ中、俺はフェリスの姿を探し――いた。


 噴水の近くに座り、本を読んでいる。


「フェリス」


 声を掛けると、フェリスははっと居住まいを正した。


「ろ、ロクさま」

「硬くならないでいいよ。良い天気だな」

「はい――ええ。あまり外で食べることがないから、とても新鮮だわ」


 俺はその隣に腰を下ろした。


「普段は何をして過ごしてるんだ?」

「部屋に籠もって、本を読んだり、お勉強をしていることが多いかしら」

「へえ。どんな?」

「魔術や大陸史学、魔物学に鉱物学、他国の言語……」

「その本は?」

「これは植物学。大陸有史以前は、植物が世界を支配していたのですって。西の砂漠にそれらしい痕跡があるそうよ。興味深いわ」

「俺も色々勉強中なんだ。魔術関係でおすすめの本があったら教えてくれないか」

「それなら、ちょうど読み終えたばかりのものがあるわ」


 フェリスは侍女を呼ぶと、本を何冊か持ってこさせた。


 ページをめくると、余白に細かな字でびっしりとメモが書き込まれている。


「努力家なんだな、フェリス」


 そう笑いかけると、フェリスは「いえ、そんな」と頬を染めてうつむいた。


 そこに料理が運ばれてきた。


 厨房番キッチンメイド特製、穀物と野菜をとろとろに煮込んだスープだ。


 湯気を立てるスープを、フェリスは一口すくって含んだ。

 ほうと息を吐く。


「おいしい。それに、とても食べやすいわ。こんなスープ、初めて」


 その魔力回路がほんのりと光を灯すのを見て、俺は「良かった」と笑った。


「フェリスの魔力、少し元気になったな」

「え?」

「食べ物にも魔力が通ってるんだ。少しでも魔力回路が活性化すればと思って、魔力の強い葉物野菜を中心に作ってもらったんだけど、ちゃんと効果があったみたいで良かった」


 フェリスが目を丸くする。


「すごいわ、食べ物にも魔力があるなんて、知らなかった。そんなこと、どの本にも書いていなかったわ」

「あと、食べやすい物が良いって厨房番のみんなに相談したら、『スープが良いんじゃないか』って。張り切って作ってくれたよ。……心配だったんだ、少し、食欲がないように見えたから」


 フェリスは驚いたように俺を見つめている。


 どうした? と問うと、戸惑いがちに目を伏せた。


「あの、私……ごめんなさい、私、こんなに気に掛けてもらうのも、優しくしてもらうのも、初めてで……どうしたらいいのか、分からなくて……」


 ぎこちなく笑おうとする姿に、胸が締め付けられる。


 俺は身を乗り出して、翡翠色の瞳を覗き込んだ。


「フェリス。後宮ここでは誰も君を傷つけない。もう怖いことはないから、安心して、たくさん食べて、よく眠ってほしい」


 翡翠色の双眸が熱く潤む。


 フェリスは俺の目をまっすぐに見つめて、こくりと細い顎を頷かせた。


 あとは、そうだな――

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