第42話 初めての任務
カリオドス撃退戦から一ヶ月。
俺は寝不足で痛む頭を押さえながら回廊を歩いていた。
ダンジョン攻略の合間を縫って文献を漁り、魔族に関する情報を集めているが、なかなか目ぼしい情報にたどり着けない。
国王やグレン将軍にも協力を仰いでいるが、空振り続きだ。
――ちなみに、先代の勇者と聖女に邂逅したことは、国王に報告していない。どうやら複雑な事情がありそうだ、下手に口外しない方がいいと、直感が告げていた。
「魔術講座の内容の見直しも必要だし、各姫の課題もまとめなきゃな……」
とっ散らかった思考を整理しながら歩いていると、中庭から元気な声がした。
「あ、ロクちゃん!」
ティティだ。
嬉しそうに顔を輝かせ、ぴょんぴょんと弾むように駆け寄ってくる。
その頭には、分厚い本が載っていた。
「その本、どうしたんだ?」
首を傾げると、ティティは「あっ」と頭に手をやってはにかんだ。
「歩き方に気をつけるようにって乗せられたの、忘れてた」
その奔放さに、思わず笑ってしまう。
侍女のスパルタ教育も、あまり意味を成していないらしい。とは言っても、この型にはまらない可愛らしさもティティの魅力のひとつなので、「ティティさまを一人前の
ティティは俺の腕に抱きついてきらきらと俺を見上げた。
「ねえ、ロクちゃん。次はいつ旅に出るの?」
「まだ次の予定はないな。ティティは旅が好きなのか?」
「うん、大好き! みんなと一緒だから倍楽しいよ」
頭に本を載せたまま軽やかにステップを踏む姿を見ながら、ふと、ティティはなぜ後宮に来たのだろうと思う。
以前ティティは、後宮に入る前は隊商にいて、もうやりたいことはやり尽くしたから、三食昼寝付きのだらだら生活をしたくてここに来たのだと言った。
けれど、そうは思えないのだ。
見知らぬ土地の空を、風を、太陽を、めいっぱい楽しみ、その小さな足跡を大地に刻む。この天真爛漫を絵に描いた少女にはそんな生き方が似合う気がするし、本人もそれを望んでいるように見える。
「ティティは商人の出身なんだよな」
「そう、大家族だったんだよ! おじーちゃんに、おばーちゃんに、おじちゃんたち、それと弟と妹が、ええと……八人」
「八人!?」
「あ、今はもっと増えて、十二人だったかな?」
驚く俺を見て、ティティは喉を鳴らして笑った。
「おじーちゃん、ひとりぼっちの子どもを見ると、すぐ連れて帰っちゃうんだぁ。ティティも孤児だったのを、おじーちゃんが拾ってくれたの」
「それは知らなかった」
ティティは「言わなかったからね」と茶目っ気たっぷりに片目を瞑る。
その屈託ない仕草に、ふ、と疲れていた気持ちが緩む。
何となく、想像できる気がした。血の繋がりも育ちも関係なく、たくさんの『家族』に囲まれながら、賑やかに忙しく暮らしているティティの姿が目に浮かぶ。
ティティの故郷は南国諸島だと聞いた。
はるか南の島々では、どんな風が吹くのだろう。
「それじゃあ俺は、ティティを育ててくれた人たちに感謝しなきゃな」
「?」
「俺に、ティティを会わせてくれたから」
不思議そうなティティの頭を撫でる。
「今のティティが居るのは、その人たちのお陰だろ。優しい人たちと出会って、元気に生きてきてくれて――俺と出会ってくれてありがとう」
アクアマリンを嵌め込んだような、大きな瞳が揺れる。
ティティは何故か声を詰まらせて、「うん」と頷いた。
その双眸が、潤んで見えて――ティティが口を開いた。
「……ロクちゃん、あのね。本当は――」
その時、侍女が呼びに来た。
「ロクさま。国王さまがお呼びです」
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「子どもが消える?」
鸚鵡返しに問うと、トルキア国王は重々しく頷いた。
「ここのところ、ルダシュという街で、子どもが失踪する事件が相次いでおる。調査に向かった者も消息を絶った。人攫いか、もしくは魔族が絡んでいるかも知れん」
「!」
魔族という言葉に、身が引き締まる。
「行ってくれるか」
王の言葉に、俺は頭を垂れた。
「仰せのままに」
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ルダシュまでは馬車で十日、長旅になる。
メンバーは俺とリゼ、サーニャ、フェリス、そしてティティで向かうことにした。
「マノン、後宮を頼む」
マノンはすみれ色の双眸を煌めかせ、「お任せください」と頭を下げた。
頼もしいことこの上ない。
みんなに見送られ、馬車で王都を出る。
「遠出するのは久しぶりですね」
リゼが、サーニャと一緒に荷物を確認している。今度こそシャロットの手がかりが掴めるのではないかと意気込んでいるようだ。
フェリスは物珍しそうに荷台から顔を出し、隊商を見かけては、あれは何を運んでいるのか、あの道具は何に使うのかとティティに尋ねている。小さな子どもみたいだ。
「フェリスちゃんは、こういう旅は初めて?」
「ええ。後宮に入るまで、領地の外に出たことがなかったから」
「じゃあ、ルダシュに着いたら、びっくりするね、きっと」
「?」
そして、十日後。
ルダシュの街に到着した。
「まあ……!」
リゼたちが歓喜の声を上げて立ち尽くす。
賑やかに行き交う人々。煉瓦造りの情緒溢れる町並み。そして、もうもうと立ちこめる湯煙。
「温泉……!」
ルダシュは、一大温泉地だった。
街の中央に湖のように広い温泉が設えられ、それを取り囲むように瀟洒な宿が連なっている。
メインの屋外温泉も見物だが、それぞれの宿や施設の中にも個性豊かな温泉が備え付けられていて、有名な観光地になっているらしい。
露店が並ぶ大通りを歩きながら、ティティが説明してくれる。
「昔は貴族御用達の保養地だったんだけど、ブームが去って、今は一般の人たちに大人気ってわけ」
「ティティは来たことあるのか?」
「ううん、初めて。でも、商人の間でも有名だったから」
お湯の温度はぬるめに設定されているらしく、水着姿の人たちがお湯に浸かりながら、ボードゲームや日光浴を楽しんでいる。
「ああ、なんて素敵な街なのでしょう!」
開放的な雰囲気に、リゼたちがきらきらと目を輝かせる。
サーニャはなぜ泉から湯気が出ているのかと不思議そうにしていた。
ただ、人の数に対して、子どもの数が極端に少ない。
子どもが連れ去られる事件が頻発している影響から、家族連れの観光客が減っているという。
俺たちはひとまず宿に入って部屋を取った。
さすが、元は貴族御用達の宿だっただけあって、造りも調度品も洗練されている。
一階が食堂、二階が宿泊者用の部屋になっているらしい。
部屋割りは後で考えるとして、ひとまず三部屋を押さえて荷物を置くと、宿を出た。
「じゃあ、聞き込みを始めよう」
「はい!」
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