第83話 無法勝負


 ルディウスがぐっと拳に力を込めた。床がたわんでぎしりと軋む。


 視ると、上腕に魔力が集中していた。

 膂力強化系のスキルを発動しているらしい。


 軽く拳を構えた時、ギャラリーの一角から粘っこい声が上がった。


「ルディウス、気をつけろよ・・・・・・。そいつ、何のスキルもないぞ」

「ああ?」


 片眉を跳ね上げるルディウスに、前歯の欠けた小男がにやにやと笑いかける。


「そいつのスキルはたったひとつ。『魔力錬成』だけだ」


 どうやらステータス解析系のスキル――『看破ディテクト』持ちらしい。


「は? 魔力錬成って、あの・・魔力錬成か?」

「誰でもできる基本だろ? スキルですらねぇぞ」


 ざわつくメンバーたちに、小男が口の端をつり上げる。


「だからさァ。うっかり・・・・殺さないように・・・・・・・気をつけろよ・・・・・・?」


 ルディウスがぶはっと噴き出したのを皮切りに、爆笑の渦が巻き起こった。


「おいおい、マジかよ優男! その細腕で、スキルもなしに、どうやって勝つつもりだよ!」

「オンナの前だからってイキってっと地獄を見るぜ、魔力錬成しかできねぇ無能がよォ!」

「やっちまえ、ルディウス! 『大鹿の首』の実力、見せつけてやれ!」


 酒場フロアのボルテージは最高潮。

 冒険者たちが哀れな生贄がぼこぼこに伸される姿を一目見ようと押し合いへし合いする中、リゼたちは揺るぎもしない眼差しで俺を見つめている。

 俺の勝利を微塵も疑わないその瞳に、小さく頷きかける。


「それでは最終勝負、始め!」


 戦いの火蓋が切って落とされるや、ルディウスは拳を引いて大きく踏み込んだ。


「歯を食い縛りな、色男! その綺麗なカオ、二目と見られねぇ男前にしてやるぜェ!」


 唸りを上げる大振りの一撃を、俺はバックステップで躱し――ルディウスが、俺の顔面目がけて椅子を蹴り上げた。


「ッ!」

「ハッハァ! 言っただろ、何でもありの無法勝負だ!」


 椅子を叩き落とした時には、視界の左端に豪腕が迫っていた。


「これが俺たちのやり方だ、悪く思うなよ!」


 重さの乗った右拳を腕で受ける。

 凄まじい衝撃に骨が軋み、肺から空気が押し出された。

 観客から驚愕の声が上がる。


「あ、あいつ、ルディウスのパンチを止めたぞ!」

「嘘だろ!?」


「……ッ!」

 拳から、びりびりと痺れるほどの魔力が伝わってくる。

 なるほど、やはり膂力強化系か。

 俺は衝撃と一緒に流れ込んでくる魔力を模倣トレースし――


「やるじゃねェか、色男!」


 ルディウスがボディを狙って左腕を繰り出す。

 跳び退って躱し、反撃に転じようと膝を矯めた瞬間、今度はテーブルの上にあった大皿が投げつけられた。

 左手で防ぐが早いか、死角から放たれた拳を右腕で受け流す。

 防戦一方の俺に、ルディウスが大きく踏み込む。

 

「ははっ、お上品な伊達男サマにゃ、無法勝負は荷が重かったか!?」


 俺は投げつけられる皿やコップを払い落とし、風を切る拳を避けながら、二歩、三歩と退いた。


「おいおい、逃げてばかりじゃ勝負にならねぇぞ!」

「男を見せろォ、優男!」


 壁際まで後退した俺を、観客がやんやと囃し立てる。

 飛び交う野次の中、朗らかな声がした。


「まあまあ、ご友人が罠に掛かったことも知らずにはしゃいで、可愛らしい鹿さんたちですねぇ」


 歌うようなマノンの呟きは、どうやら俺にしか聴こえなかったらしい。


「お前を叩きのめして、あの嬢ちゃんたちとたっぷり楽しませてもらうぜぇ!」


 追い詰めた獲物を仕留めようと、ルディウスが大きく拳を引き――その瞬間を狙って、俺は剥がれかけていた床板を思いっきり踏みつけた。

 勢いよく跳ね上がった床材が、ルディウスの顎を強打する。


「あ、が……!?」


 大きく仰け反りながら、ルディウスが焦燥に歪んだ両眼でぎらりと俺を射抜いた。


「てっ、めェ……ッ!」


 ことここに至って、ようやく誘い込まれたことに気づいたらしい。だが、顎の上がった体勢では逃れる術はない。

 俺は極限まで練り上げた魔力を腕に凝縮させ――


「ふ、ッ……!」


 引き攣って歪んだルディウスの頬に、模倣トレースしたばかりの膂力強化スキルを乗せた俺の渾身のフックが炸裂していた。


「ぐぶっ!?」


 ルディウスが濁った悲鳴を上げながら、派手にテーブルに突っ込んだ。

 それきり沈黙する。


「お……」


 絶句する観客。


 俺は痺れる拳を振って、ふーっと細く息を押し出した。


「何でもありの無法勝負、だろ?」

「お、お……」


 誰もが目を剥き声を失う中、ティティたちが歓声を上げる。


「さすがロクちゃん! これで勝負ついたね!」


 しかし。


 観客たちの目に浮かぶ、好奇心、渇望、期待、高揚、熱気――燻る炎を煽るように、俺は声の限りに吼えた。


「全員まとめて掛かってこい!」

「ろ、ロクちゃ―――――――ん!?」

「「「うおおおおおおおおおおおお!」」」」


 歓喜と狂喜が爆発して、あっという間に大乱闘になった。


 飛び交う歓声、怒号、雄叫び。

 交錯する拳と拳、乱舞する皿や椅子。冒険者たちはスキルを駆使してテーブルを飛び越え壁を駆け上がり、恐ろしく威力の乗った膝蹴りや頭突きが炸裂する。

 まさにルール無用の殴り合い。掴み掛かってくる冒険者たちを千切っては投げ、千切っては投げしながら、ついでに片っ端からスキルをトレースしていく。


(へえ、体力を魔力に変換するスキルっていうのもあるんだな。こっちは言葉で相手の動きを制限する『言霊オーダー』か、さっきトレースした『制限解除アンロック』で無効化できるな。こっちは体幹強化系のスキルで、――ん? 『強脚アクセル・ギア』って、機動力を上げるスキル……ああ、蹴りの威力を上げるために使ってるのか。勉強になるな)


 翻弄されるばかりのギルドメンバーたちに、部外者の野次が飛ぶ。


「おいおいどうした『大鹿の首』! 相手は『魔力錬成』しかねぇ、なよい男一人だぞ!」

「い、いや、こいつ『威圧スタン』が効かな――ッ、ちげぇ、掛かる端から全部解除してやがる!」

「俺の『隷属スレーブ』もだ! 強化系のスキルも通じねぇっ、同じスキルで返される・・・・・・・・・・! どういうことだ、話が違ッ――あがっ!?」

「さっきから一発も入ってねぇぞ! この人数相手に、化け物かよ!?」


 俺はトレースしたばかりのスキルを駆使しながら、襲い来る構成員ギルドメンバーを右に左に捌いた。

 熱狂と喚声が渦巻き、酒場の床に敗北者たちの山が堆く築かれていく。


 さすがに腕が疲れ始めた頃――


「そこまで」


 二階から重々しい声が響いた。

 野次と喧噪が嘘のようにぴたりと収まる。


 見上げると、左眼に眼帯をした武骨な男が、階段の上に立っていた。


「実力は見せてもらった。上がって来い」


 それきり男は二階へ消えた。


「ふー……」


 痺れた腕を振りながら構えを解いた俺に、観客から喝采が巻き起こった。


「すげぇや、兄ちゃん!」

「軟弱なんて言って悪かったな! この数を相手に、たいしたもんだ!」


 俺は、顎を押さえて座り込んでいるルディウスに手を差し出して、引っ張り起こした。


「悪かった、派手にやりすぎた」

「ああ、貧弱ってのは取り消すよ。いいパンチだったぜ、色男」


 笑って拳を合わせる。


 万雷の拍手と賞賛を浴びながら戻ると、ティティたちが笑顔で迎えてくれた。


「すごいよ、ロクちゃん! 今まで魔物と戦ってるところしか見たコトなかったけど、人間相手でもこんな強かったんだね!?」

「歴戦の冒険者を相手に取った華麗な大立ち回り、後宮のみなさまにも見せて差し上げたかったですねぇ」

「ロクにいさま、とってもかっこよかったです!」

「ありがとう。さあ、行こう」

「いやれす! ロクさま、いかないで! リゼからはなれないれくらさい~!」


 茹ですぎたパスタのようにくにゃくにゃになってしまっているリゼを抱き上げる。


 冒険者たちが、晴れやかな顔で送り出してくれた。


「ぶははは! こんなコテンパンにやられたのは初めてだ! 化け物だな、兄ちゃん!」

「楽しかったぜ! いい旅を!」

「ありがとう、騒がせて悪かった」

「いいや、ちょうど荒事に飢えてたところだ、ひと暴れしてスッキリしたぜ。近くに来ることがあったらあったらまた寄りな。はちみつ酒を奢ってやるよ」


 背中をばんばんと叩かれながら笑う。


 階段を上がる途中で、マノンが振り向いた。

 極上の微笑みを湛えて、世界一優雅なカーテシー。


「それではみなさま、ごきげんよう」

「「「「ごきげんよ〜!」」」」


 荒くれ者たちの晴れ晴れとした合唱が、酒場に響いた。




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