第84話 隻腕のギルドマスター




 二階の奥まった部屋。

 向かいのソファに腰掛けると、ダイスは深灰色ダークグレーの隻眼で俺たちを見つめた。


「『大鹿の首』へようこそ。ギルドマスターのダイスだ」

「初めまして。ロクです」


 ダイスは引き締まった体躯をした壮年の男だった。左眼には眼帯が巻かれ、どうやら左腕と左脚も義肢だ。

 ソファに座ったダイスの左右には、付き人だろうか、双子らしき若い男女が控えている。


「手荒い歓迎で悪かったな。根はいい奴らなんだが、血の気が多くてな」

「いいえ。こちらこそ、色々と配慮してもらって」


 ギルドに入って魔力を視た時点で、気のいい奴ら・・・・・・だというのは分かっていた。あの五番勝負の本質は勝敗ではなく、勝負を通してダイスに気に入られることにあった。だからこそリスクを背負って勝負を受けたのだが、想像以上に打ち解けてくれた。


「恐れ入ったよ。最後の勝負、普通にルディウスを負かしただけじゃ、まず収まらなかった」


 ダイスは薄い唇を歪めて笑った。


「あんたは不意打ちの一手で、ルール無用っていうオレたちの土俵に上がり、かつルディウスの面目を保ちながら完封。わざとギルドメンバーの闘争欲を掻き立てて一手に引き付け、嬢ちゃんたちに飛び火するのを防いだ。なかなかどうして、頭の切れる御仁だよ」


 ティティが「そういうことかぁ!」と手を打つ。


「ロクちゃんならもっとスマートに決着を付けられるのになーって、不思議だったんだよね!」

「みんな、うずうずしてたからな」


 ティティたちの華麗な連勝で、大将への期待値が跳ね上がり、誰もが『さあ、お前は何をしてくれるんだ?』とわくわくしていた。

 あそこまで期待を煽った以上、彼らが望む殴り合いで応えるのが俺の見せられる最大の誠意だったし、おかげで体術やスキルの使い方もとても勉強になった。


 俺の膝に乗ったリゼが、ほうと頬を押さえる。


「屈強な殿方を次々返り討ちになさるロクさま、まるで怒れる狼のように猛々しくて……」

「ごめん、怖かったよな――」

「こうふんしました」

「……そう、か」


 時々、リゼの感性ツボが分からなくなる。


「どうやら、ただの伊達男ってわけじゃなさそうだ。それで? 俺に用ってのは?」


 紅茶を出してくれた付き人に礼を言って、本題に入る。


「冒険者の失踪が相次いでいる件について、何か知りませんか」


 ダイスは思慮深い目で、俺の顔を眺めた。


「失踪したのは、あんたらのお仲間か?」

「はい。ダンジョン攻略後、消息を絶ちました。彼女たちの実力からいって、魔物に無力化されたとは考えづらい。魔族が絡んでいるのか、あるいは何か他の――」


 ダイスは顎を撫でながら唸った。


「確かにここのところ、魔族どもが不穏な動きを見せて、大陸各地でダンジョンが急速に進化している。だが、あんたの仲間が巻き込まれた事件は、おそらく人災・・だ」

「人災?」

「彼女たち、と言ったな。どんな女だい?」


 フェリスたちの似顔絵を見せると、ダイスは口笛を吹いた。


「こりゃまた別嬪だな。間違いない。この器量なら十中八九、コロシアム・・・・・賞品トロフィーにされてる」

「コロシアム?」


 ダイスは葉巻に火を付けようとして、ちょこんとかしこまって座っているシャロットに気付き、懐に仕舞った。


「ここ数ヶ月、裏社会で秘密裏に賭博闘技が開催されてる。名うての冒険者が拉致されては、剣奴として死闘を強いられたり、賞品にされてるって噂だ」

「!」

「次のコロシアムの賞品、どえらい上玉ばかり十人近く用意されてるらしいと風の噂に聞いたから、まず間違いないだろう」


「そんな……」と強ばった顔で呟くマノンを、ダイスはちらりと見遣る。


「ま、お仲間の安否については、そう心配することはねぇ。価値が下がれば賞品として成立しねえからな、無碍には扱わないだろう」


 それでも、もし本当にフェリスたちが囚われているのなら、一刻も早く助けたい。

 それに――


 マノンたちと顔を見合わせて頷く。


「コロシアムに出場するには、どうすれば?」


 名のある冒険者であれば、近辺をうろついて攫われるのを待つという囮作戦も可能かもしれないが、俺は冒険者としては無名だし、先を急ぐ旅だ。


「まずは、あんたらを出場者剣奴として雇うスポンサーを探さなきゃならねぇ。スポンサーについては、オレに当てがある。教えてやってもいいが、条件がある」


 俺が目線で促すと、ダイスは身を乗り出した。


「コロシアムを解体してくれ。うちの構成員メンバーも何人か巻き込まれてるんでな。どうやらコロシアムの剣奴として攫われたらしいというところまでは掴んだんだが、最後の一手が打てずに手を拱いていたところだ。あんたらがコロシアムをぶっ潰して、オレたちの仲間も取り返してくれるなら、願ったり叶ったりだ」

「もちろん、最初からそのつもりです」


 俺が迷いなく頷くと、ダイスは「そう来なくちゃな」と隻眼を目を細めた。


「ここから半日ほど西に行った芸術の都――セカンドフィールの美術館で、謎のサロンが不定期に開催されてる。オーナーは正体不明の好事家ディレッタント。オーナーに気に入られれば、どんな願いでも叶えてくれるそうだ。次のサロンの開催は明日の夜。あんたらついてるぜ」

「ありがとうございます。この出会いに感謝を」


 俺が手を差し出すと、ダイスも硬く手を握り返した。


「それにしても、連れの嬢ちゃんたちのオーラといい、あの出鱈目な強さといい……あんた一体、何者なんだ?」


 俺が答えるより早く、マノンとティティが笑顔で俺に寄り添った。


「世界を救う勇者さまです」


 ダイスが目を剥く。


「そうすると、連れの嬢ちゃんたちは噂の後宮部隊か。……どうりで、肝が据わってやがる」


 誇らしげに微笑むマノンたちを見て、ダイスは笑いながら背もたれに身を預けた。


「なるほど、そりゃいくらあいつらが束になっても敵うわけがねぇ。だが、スキルはどうなってる? 魔力錬成しかないって話だったが、あの戦いぶりを見る限り、とてもそうは思えん」

「『模倣トレース』の真似事で……全部、人から借りたものです」

「模倣? ってことは、あいつらのスキルを模倣して対処した……のか……? なら、さっきの圧倒も納得はできるが……いやそれにしたって、瞬時にあれだけ的確に対応できるもんか……?」


 ダイスはぶつぶつと呟いていたが、やがて深灰色の隻眼を上げた。


「俺のスキルも、良かったら持って行け。『二刀流デュアル・ウィルダー』って言ってな、それなりに使えるスキルだ。俺が利き腕を失ってなおギルドマスターなんて大層な肩書き背負えてんのも、こいつのお陰だ」

「いいんですか」

「勇者の――いや、あんたの力になれるなら、願ってもない」


 礼を言って手を握り、魔力をトレースさせてもらう。


 ダイスはふっと笑った。


「異世界から勇者が降臨して魔王を斃すなんて、ただのおとぎ話だと思ってたが……なるほど、勇者ってのはずいぶん優しい目をしてやがるもんだ。真の英雄ってのは、一人で何もかも成し遂げるような超人じゃなくて、あんたみたいな男のことを言うのかもな」


 次の目的が決まった。


 コロシアムに出場してアザレア部隊を取り戻し、賭博闘技を解体する。

 そのためにまずは、闇サロンでオーナーに接触し、スポンサーを獲得する。


 俺はダイスに礼を言い、真剣な目で見つめた。


「最後にひとつ、お願いがあります」

「何だ。オレに出来ることなら何でも協力するぜ」

「今晩、部屋を貸してくれませんか?」


 安堵したことで今度は泣き上戸スイッチが入ったのか、べそをかきながら「フェリスひゃま、サーニャひゃま、みなひゃまぁ、まっててくらひゃいねぇぇ~」と俺にしがみついて離れないリゼを抱きかかえながら、俺は徹夜の介抱を覚悟しつつ問うたのだった。







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