第85話 闇サロンへ潜入せよ


 次の日の夜。

 俺たちは芸術の都セカンドフィールにある美術館を訪れていた。


 月を背負うように建つ壮麗な建物を見上げながら、ダイスの言葉を思い出す。


「オーナーに謁見する権利を手に入れる条件は二つ。サロン参加者に紛れているオーナーの正体を暴くこと。もしくはその夜、ホールで最も・・・・・・注目されること・・・・・・・


 俺たちは顔を見合わせて頷いた。


「こんばんは。『月夜の花鏡』の展示は、もう終わってしまいましたか?」


 ダイスに教えてもらった通り、シャロットが緊張した面持ちで警備兵に合い言葉を投げかけると、閉館した美術館の裏口を通り、一枚の絵の前に案内された。


 絵画が裏返り、秘密の通路が現れる。


 薄暗い廊下を歩きながら、マノンたちに目配せし、仮面ドミノを付けた。


 これから参加する闇サロンには、いくつかのルールがある。

 ひとつ、参加者の身分や素性に触れることはタブー。ふたつ、諍い、乱闘の類いは厳禁。武器を使ったり、揉め事を起こせば、即座に摘まみ出される。


「オーナーの情報は一切不明、サロンの参加者は百人以上に昇るという。オーナーを見破るのはまず不可能と言っていい。となると、ホールの注目を集めなきゃならんが、何しろ欲にまみれた連中がわんさと集まってる。よほど珍奇な余興か、誰も見た事がないようなあっと驚く出し物じゃなきゃ、見向きもされねぇ。何にせよ、莫大な金を掛けて闇サロンなんぞ開催するようなオーナーだ、相当イカレてるに違いねえ。下手を打てば生皮を剥がれる覚悟で行け」


 ダイスの助言を思い出しつつ胸元をそっと押さえる。

 余興なんて、飲み会のために覚えた手品くらいしか手持ちがない。一応仕込んできたが、役に立つかどうか。


「リゼ、名誉を挽回いたします……!」


 隣を歩くリゼの横顔には、並々ならぬ決意が満ちている。

 酒場で酔っ払ったことを恥じているらしい。


「リゼ。昨日のことなら、気にしなくていいよ。リゼのせいじゃないし、……と言うか一滴も飲んでないのに災難だったろうに、ふらふらになりながらちゃんと勝ってくれてすごいなって思ったし……リゼが勝負を受けてくれたから、こうして最短で手掛かりを掴むことができた、かえって助けられたよ」


 リゼは一瞬嬉しそうに俺を見上げて、即座にぶんぶんと首を振った。


「い、いいえ! ロクさまにご迷惑をお掛けするなど、ロクさまにお仕えする神姫として、なんか、こう、すごくダメです! ダメダメ神姫です!」

「気持ちはすごく嬉しいけど、ダメなそういうところも全部含めて、リゼの魅力だと思ってるよ」

「ほぁ!?」


 真っ赤になって硬直するリゼに、シャロットとティティも同意する。


「あんなほわほわで甘えっ子なねえさま、初めてみました! とってもかわいかったです!」

「うんうん! ちっちゃい子みたいに、一晩中ロクちゃんに抱き付いて、お顔にちゅっちゅ、ちゅっちゅしてたよー!」

「ほああああああああ~~~~~~!? ティティティティティティさまっ、それ、ほっ、ほほほほ本当でひゅか……!?」

「んふふ、ティが多い」

「さあ、着いたようですよ」


 マノンの声に顔を上げる。


 赤い絨毯が敷きつめられた廊下の突き当たり。

 両開きの重厚な扉が、俺たちを待ち受けていた。


「行くぞ」


 仮面を付けたリゼたちが頷く。


 取っ手に手を掛けると、ゆっくりと押し開け――目の前に広がる光景に、リゼが呆然と呟いた。


「これは……」


 脳をかき回すような音と光が、五感になだれ込む。


 そこは巨大なホールだった。


 仮面を付け、思い思いに着飾った人々がワイングラスを片手に談笑し、楽団らしき参加者たちが勇ましい音楽を奏でている。天井まで届くほどのキャンバスに向かった絵描きが、巨大な筆で絵の具を叩き付けるようにしてパフォーマンスを展開していた。


 玉乗りしているピエロを見て、シャロットが歓声を上げる。


「すごい、まるでサーカスみたいです!」


 それはひどく野放図で支離滅裂な余興の集合体だった。

 奥に設置されたステージでは、軽業師が見事な綱渡りを披露し、別の舞台の上では大げさな身振りの役者たちが古典劇を繰り広げていた。フロアの端では大道芸人が火を噴き、派手な仮装をした人々が鳴り物を鳴らしながら練り歩く。ホールの中央では見目麗しい男女が世にも美しいワルツを踊り、別の場所では調子外れな吟遊詩人の歌を、観客がやんやと囃し立てる。

 壁際にはビュッフェ形式の豪華な料理が並んでいて、色とりどりのグラスをトレイに載せたウェイターが、客の間を忙しそうに行ったり来たりしていた。


「ロクちゃん、これ、無理じゃないっ?」


 狂騒に負けじと、ティティが声を張り上げる。


 どうにかして注目を集めようと息巻く人々が、互いに参加者になり、観客になりしながら、どこにいるかも分からないオーナーへ渾身のアピールを繰り広げている。

 まさに享楽と狂騒の宴。どんなに声を張り上げて叫んだところで、あるいは麗しく踊ったところで、この狂おしい喧噪の中ではたちまち掻き消されてしまうだろう。


 マノンが楽しげに俺を見上げる。


「ロクさまのことです、何かお考えが?」


 俺は「そうだな」と仮面ドミノを押し上げた。


 目を懲らし、ホールにいる参加者一人一人に視線を這わせる。

 ふと、舞台ステージを見上げている客に目が留まった。

 オリーブ色のドレスを纏い、車いすに座った、上品な老婦人の姿。


彼女だ・・・

「え? ロクさま――」


 戸惑うリゼたちにここに居るよう告げて、迷いなく歩き出す。


 老婦人がこちらに気付いた。仮面の奥のしわ深い目が、静かに俺を見つめる。


 俺は黙って彼女の前に立つと、右手を懐に差し入れ――


 ガチャガチャと、冷たく、重たく、物々しい音は一瞬。


 壁際に、舞台上に、柱の陰に。


 参加者に紛れていた護衛たちが、袖や杖に仕込んでいた武器を一斉に俺へ向けていた。


 近くにいた女性客が悲鳴を上げる。それを皮切りに、他の客たちが慌てて後ずさり、グラスの割れる音が響いた。


 狂乱の宴にぽっかり開いた、空間と静寂。三十を越える切っ先の中心で。


 老婦人の前に、片膝を突く。


 ホールに満ちた緊張が膨れ上がる。


 ホール中の視線を浴びながら、俺はゆっくりと、懐に差し込んだ手を引き出した。


「一曲いかがですか」


 差し出したのは、真紅の薔薇の花。


 ホールに、水を打ったような静寂が落ち――張り詰めた空気を破ったのは、朗らかな笑い声だった。


 老婦人が楽しげに喉を鳴らしながら、身を乗り出す。


「貴方、女性に一本の薔薇を贈る意味はご存知?」


 俺が黙って目を細めると、婦人は口を押さえて笑った。


「気に入ったわ。強い狼は無駄吠えをしないもの」


 そう言って、手袋に包まれた手を軽く上げる。


 護衛たちが剣を収め、止まっていた時が動き始めた。ウェイターたちが客のフォローに回り、再び音楽が流れ出す。


 婦人が向きを変えると、さっきまで絵を描いていた男――護衛がさっと寄ってきて車いすを押した。


「付いていらっしゃい。踊るにはいい夜だわ」


 その後ろ姿を見ながら、まだ昂っている胸からふー、と息を吐く。


 リゼたちが慌てて駆け寄ってきた。


「ろ、ロクさま、あの方が?」

「ああ。薔薇の手品が役に立ったよ」

「すごいです、ロクにいさま! どうして分かったのですか?」


 目をきらきらさせるシャロットに笑いかける。


「後で説明しよう、きっとあのご婦人も知りたがってるから」






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