第82話 快進撃


 そして、閃光チェスの幕が切って落とされる。


 持ち時間わずか一分の早指し。

 荒くれ者たちがひしめく酒場に、駒が盤を叩く音が軽快に響く。


 マノンは軽やかに駒を進めていた。新たに注がれた酒からは、嗅いだだけで酔いそうな酒香が立ち上っている。相当強いもののようだが、マノンの攻めには全く迷いがない。相手の駒を奪ってはグラスを干す。

 駒を奪うごとに、その手は鈍るどころかますます冴えていった。


「う、ぐぐ……っ!」


 対してザディの手は止まりがちだ。


 この勝負、端から相手を酒で潰すのが主眼で、ゲームの内容にはそれほど重きが置かれていない。

 つまり、超一流のチェスの腕を持ち、かつ大蟒蛇おおうわばみのマノンがフルセットで立ちはだかった時点で、勝負は既に付いていた。


「ぐうう~っ……!」


 赤ら顔で呻くザディに、マノンが微笑む。


「あらあら、駒が止まって見えましてよ?」


 そして、チェックメイト。


「うぐぐ……ま、負けた……」


 ザディが目を回しながら突っ伏す。


 圧勝、だった。


 うおおおおおお! と蜂の巣のような歓声コールが巻き起こる。


「姐さんすげぇや!」

「マノン姐さん!」

「あらあら、姐さんだなんて。どうぞ、お姉さまとお呼び下さいな?」

「お姉さま!」

「うおおお、マノンお姉さまぁぁぁ!」

「マノンひゃま~! かっこいいれひゅ~!」


 ヘドバンしようとするリゼをティティと二人がかりで押さえていると、マノンがふわふわした足取りで帰ってきた。


「ありがとうマノン、いい呑みっぷりだった。酒客だなんて、知らなかったよ」

「そんな、お恥ずかしいです」

「体調は大丈夫か?」

「ええ。ロクさまが三人見えて、とても嬉しいというくらいで」

「すみません、水をください」

「うふふ、冗談ですよ。まったく問題ありません。……あの、ロクさま」


 マノンは頬を染めて、俺を上目に見上げた。


「私にも、ご褒美、くださいますか? なんて……――」


 言い切るより早く、すみれ色の髪を、ぽん、と頭を撫でる。


「ありがとう、よく頑張ってくれたな。やっぱり頼りになるよ、俺たちの自慢のお姉さまだ」


 マノンは驚いたように目を見開いていたが、その顔が真っ赤に染まった。


「~~~~っ!」

「ど、どうした? 急に酔いが回ったかな、水飲むか?」

「い、いえ、大丈夫です、ので……見ないでくださいませ……~~っ」


 まるで花が飛んでいるようなほわほわした空気に、「おいおい、なにマノンお姉さまとイチャついてやがんだァ」と羨望のまなざしが刺さる。


 その時、真剣な顔で勝負を見守っていたシャロットが、しゅぴっと手を挙げた。


「ロクにいさま! シャロもお役にたちたいです!」

「ありがとう、でも、次の勝負の内容を見てから――」

「さァて、俺の相手は誰かなァ?」


 バキバキと指を鳴らしながら進み出たのは、巌のような大男だった。


 凶悪なほど盛り上がった胸筋に、丸太のような腕。はち切れそうに鍛えられた腿。


 これだけガタイの男を出してくるということは、次の勝負は力比べか、拳闘か。


「シャロット、座っててくれ。ここは俺が――」

「次の勝負はなんと! 飴の掴み取りだぁぁあッ!」

「シャロット、行こうか」

「はいっ!」

「くくくく、泣いても知らねぇぜ、嬢ちゃん」


 天を突くような大男と、可憐な花が向かい合う。


 司会のトサカ男が、穴の空いた木箱をシャロットに差し出した。


「いいかい、この穴に手を入れて、飴を掴むんだよ。たくさん取った方が勝ちだからね。分かったかな?」

「はいっ! シャロ、がんばります!」


 念のため、トサカ男や木箱の魔力を視てみたが、特に細工などはされていなさそうだ。


「あれって、手が小さい方が有利なんだよな」

「ねー。あの箱、わざわざ作ってくれたのかな? 優しいねぇ」

「がんばるのれひゅよ、シャロット! ひっく!」


 シャロットはあどけない顔に緊張と使命感を漲らせ、穴に手を入れた。


「えいっ!」


 勢いよく手を引き抜く。

 掲げられた拳には、飴がめいっぱい握られていた。

 観客が「おおーっ!」とどよめく。

 拍手喝采の中、シャロットは目をきらきらさせながら駆け寄ってきた。


「ロクにいさまぁ! こんなにたくさん取れましたぁ!」

「よかったなぁ」


 酒場フロアにほっこりした空気が流れる。

 対する大男は、大きな手に飴を二つ乗せてうずくまっていた。


「くそおお、負けたぁあああッ! 俺の手がデカいばかりにぃぃぃぃッ!」


 迫真の慟哭を上げる男の手に、シャロットが「元気をだしてください」と気遣わしげに飴を乗せてあげている。


 お裾分けされた飴を舐めながら、トサカ男が舌なめずりした。


「ひひひひ。さあ、四戦目だ。次の勝負はひと味違うぜ。そっちからは誰が出る?」

「わらひらいりまひゅ!」

「なんて?」


 リゼはキッと首を擡げ、長い髪を颯爽と払う。


「手加減は一切いたしましぇん。ご容赦を」

「リゼ、そっちじゃないよ」


 鹿の剥製にメンチを切っているリゼをそっと向き直させるが、リゼは敵そっちのけで「はわぁ、ロクひゃまかっこいい……」と俺の横顔を凝視していた。


「くくく、聞いて戦け。次の勝負はなんと――叩いて被ってじゃんけんぽんだ!」


 この世界にもあるのか、そのゲーム。


 トサカ男が「ただし」と、鋭い槍と重厚な盾を掲げてほくそ笑む。


「この最強の矛と、最強の盾でやってもらうがなァ?」


 危ないが過ぎる。

 本当に誰が考えてるんだ、この勝負。


「ようやくオレの出番だな。女だからって容赦はしねぇぜ」


 人垣を割って、長身の男が現れた。引き締まった身体つきから、相当な使い手であることが知れる。


「双方には、この林檎を模したガラスの飾りを頭に着けてもらう。じゃんけんをして、勝った方が槍を、負けた方は盾を使える。相手の飾りを割ったら勝ちだ」

「リゼ、危なすぎる。ここは俺に任せて――」


 振り向くと、リゼは頭に林檎の的を乗せてスタンバイしていた。


「ロクさま、リゼの勇姿、しかとご覧くらひゃい! ロクさまの信頼に、必ずや勝利で報いてみせまひゅ!」

「ちょちょちょちょちょちょ……!」


 止める暇もあらばこそ。

 リゼと男が、槍と盾を置いたテーブルを挟んで睨み合った。


「行くぞ! じゃん・けん――!」


 観客の大合唱に合わせて、二人の手が振り下ろされる。


 パーを出したリゼに対して、男はチョキ。


「悪いな、嬢ちゃん!」


 唸りを上げる槍が、リゼの頭上目がけて突き出される。


 しかし。


「盾はこう使うのれす」


 リゼは細い手で盾を取るが早いか、大きく振りかぶった。


「えいっ」


 風を巻いた盾が、真正面から槍に叩き付けられ――矛がばらばらと砕けた。

 ついでに凄まじい風圧で、男の飾りがパァン! と弾ける。


「……――」


 誰もが心の中で「えええええー……?」と絶句する中、リゼはふーっと細い息を吐いた。


「盾が先手を打って仕掛けてはいけないと、誰が決めたのれひゅか?」


 据わった目でそう啖呵を切ったかと思うと、赤く染まった頬を恥ずかしそうに押さえる。


「攻めの防御こそ、最大の攻撃。常識にとらわれにゃい、攻守兼ね備えた柔軟性こそがリゼの魅力らと、ロクさまが褒めてくらひゃいましたぁ」

「……負け、た……」


 頭に林檎の欠片を乗せたまま、男ががっくりと膝をつく。


 リゼは喜び勇んで俺の首に抱きついた。


「ロクさま、やりましたぁ! ほめてくらひゃい!」

「うん、よく頑張った、いい子だ。本当にすごいよ、リゼは」


 リゼは俺の首筋に顔を埋めて、「えへへ、ロクさまのにおい~」とご機嫌だ。


 負けた男が涙目で吼える。


「くそぉ、息をするようにイチャついてんじゃねえぞテメェェェエエ! そんな可愛い子と、なにそれもう天使じゃん羨ましいいいいいい!」

「気持ちは分かる、勝負中にとても悪いと思っているが、落ち着いてほしい。それにこの子たちは、大事な家族みたいなもので」

「そうれひゅ、わらひたちはみんなロクひゃまの家族なのれひゅ!」

「なにか重大な行き違いが生じていますねぇ」


 これでこちらの四勝。

 いよいよラストの真打ち勝負、これが本命だろう。


最後大トリを飾るのは、ルール無用の素手喧嘩ステゴロだ! スキルも解禁、あらゆる手を使ってぶちのめせ!」


 観客はますます増え、期待と興奮の籠もったまなざしが突き刺さる。


 進み出たのは、引き締まった筋肉に蛇の刺青を施した、いかにも手練れの男だった。


「この『弩のルディウス』が相手だ。来いよ、大将。その腑抜けた顔面に、漢ってヤツを教えてやる」


 短く刈り込んだ髪に、ぎらぎらと獰猛に光る双眸。

 俺も特に小柄な方ではないが、上背は俺より頭ひとつ分高く、胸の厚みも腕の太さも段違いだ。頬から顎に走る向こう傷が、迫力に拍車を掛けている。


「ククッ、ここから先は手加減なしだ。その貧弱な身体、どこまで保つかなァ?」

「貧弱ではありません! ロクさまは脱いだらしゅごいのれひゅ! ひっく!」

「リゼ、ステイだ」


 俺はマノンにリゼを託して剣を預けると、彼女たちを下がらせ、男――ルディウスと対峙した。






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