第95話 おやすみ部隊




 姫たちに礼を言って着替え、回廊を歩く。


 火照った身体に夜風が気持ちいい。身体が嘘のように軽くて、まるで雲の上を歩いているような心地だ。


 部屋に戻ると、ティティとサーニャ、シャロットが出迎えてくれた。


「あっ、ロクちゃんおかえり!」

「三人とも、どうしたんだ?」


 三人は、獣耳フードの付いたもこもこパジャマを着ていた。

 シャロットは耳の垂れたうさぎ、サーニャは猫、ティティは熊だろうか、小さな丸い耳が可愛らしい。


 シャロットが元気に手を挙げる。


「そいねがかりです!」

「パジャマはベルちゃんに教わりながら、みんなで作りました!」


 ティティが腕を組んでドヤ顔をしている。可愛い。


「にあう?」

「ああ、みんな、すごく似合ってる。可愛いよ」


 頭を撫でると、サーニャは幸せそうに目を細めた。


 上着を引かれて振り返る。シャロットが頬を染めながら、もじもじと俺を見上げていた。


「ぎゅってしたくなりますか?」

「うん、なるよ。すごくなる」


 するとシャロットはおずおずと両手を広げた。

 笑って膝を付き、小さくて柔らかな身体を優しく抱き締めると、シャロットは「ふぁぁ」と幸せそうな声を上げた。

 細い腕が、俺の首をそっと抱き寄せる。


「ロクにいさま、もっと、もっと、ぎゅーってしてください」


 甘いお菓子をねだるような声に応えて、潰さないように気をつけながら、力を込める。

 小さな身体は細くてふわふわしていて、力加減が難しい。


「これでいいかな?」


 尋ねると、シャロットは歓声を上げそうになるのを堪えているのか、両手で口を押さえてぴょんぴょんと飛び跳ねた。長い耳が上下して、本当にうさぎみたいだ。


 わくわくと順番待ちしているティティとサーニャも抱擁する。

 ふわふわもこもこの手触りと、嬉しそうな表情に、こちらまで笑顔になる。


「それじゃあ、おやすみ部隊、かかれーっ!」


 ティティの号令一下、小さな手に引かれ、ベッドに連れて行かれる。

 ヘッドボードに背をもたせかけて座ると、シャロットが「おひざに乗ってもいいですか?」と尋ねてきた。


「いいよ、おいで」


 シャロットは嬉しそうに俺の腿によじ登った。

 俺に背中を預けて、本を開く。


「シャロが御本をよんでさしあげますね。きっとよく眠れます」


 それは、優しい少女と子猫の物語だった。


 左右に寄り添ったティティとサーニャの頭を撫でながら、小鳥のような声に耳を傾ける。

 パジャマ越しに伝わる柔らかな体温が心地良い。


 読み終えたシャロットのうさ耳を撫でながら、ふと思い出す。


「奏とパルフィーは元気かな」


 今もどこかで旅を続けているであろう、先代勇者と、獣人の少女。


 遠い空に想いを馳せていると、シャロットが俺を見上げた。


「ロクにいさま。シャロ、にいさまのぼうけんのおはなしを、たくさん聞きたいです」


 シャロットの頭を撫でながら、旅の想い出を話して聞かせる。


 海辺のダンジョンを攻略した後、リゼたちと見た朝焼けが綺麗だったこと。魔物に苦しめられながらも、精一杯もてなそうとしてくれた優しい村人たちのこと。森で野宿をしていたら、野犬の群れに懐かれて大変だったこと。


「ロクちゃんはね、困っている人を見ると、すぐに助けるんだよ」


 ティティの言葉に、サーニャが頷く。


「子どもをたすけるために井戸にとびこんだこともあったし、雨の日に脱走して迷子になった羊を、泥だらけになりながらさがしたこともあった」


 シャロットは嬉しそうに俺を見上げた。


「ロクにいさまは、たくさん旅をなさって、たくさんの人たちを救われたのですね」

「俺の力じゃないよ。みんながいてくれたからだ」

「でも、みなさまの笑顔のまんなかには、いつもロクにいさまがいらっしゃいます。ロクにいさまは、わたしたちの自慢の勇者さまです」


 心から信頼を寄せてくれるあどけない笑顔に、胸が温かくなる。


「みんなの話も聞かせてくれ」


 それから俺たちは色んな話をした。


 ティティの故郷である南国諸島の話や、サーニャが見た、草原を駆ける赤い馬たちの話。好きな食べ物の話や、街で見掛けた可愛い雑貨の話。

 シャロットは、オリヴィアの屋敷で遊んだ大きな犬がとても可愛かったこと、そして、中庭の花壇に種を撒いたから、春が来るのが楽しみなことを、目を輝かせて語ってくれた。


 温かい気持ちで、その頭を撫でる。

 長い間魔族に囚われていたシャロットが、今、小さな幸せや新鮮な驚き、溢れるほどの喜びをめいっぱい感じながら日々を過ごしていることが嬉しかった。この先もこの子らしく、リゼたちと共に失われた月日をゆっくりと取り戻し、幸せを築いてほしい。


 サーニャがうとうとしているのに気付いて、そっと布団を掛ける。


「そろそろ寝ようか」


 灯りを落とす。

 シャロットが小さな手を伸ばした。

 俺の頭を撫でて、額にちゅっとキスを落とす。


「よく眠れるおまじないです。リゼねえさまが、よくしてくださいます」

「ありがとう。よく効きそうだ。おやすみ、みんな」


 シャロットたちは嬉しそうに笑って、俺に頬を寄せた。

 ふにふにと柔らかな頬の感触を感じながら、小さな背中を優しく叩く。

 やがて、三人はすやすやと寝息を立てはじめた。


 健やかな寝顔に頬が緩む。


 ティティとサーニャはいいが、シャロットは部屋に返さなければ、同部屋のリゼが心配するだろう。

 起こさないよう、温かくて柔らかい身体をそっと抱き上げる。


 廊下に出ると、ちょうどリゼがやって来たところだった。


「まあ、ロクさま。シャロットは……」

「寝たよ」


 俺の腕で眠るシャロットを見て、リゼは幸せそうに目を細めた。


 シャロットをリゼの部屋へ運び、ベッドに降ろす。

 愛らしい寝顔を覗き込み、顔を見合わせて笑った。


 廊下に出ると、リゼが恥ずかしそうに囁いた。


「ロクさま、少し、屈んでくださいますか?」

「ん?」


 言われた通りに屈むと、細い腕が、首を抱き寄せ――額に、ちゅっと柔らかな感触が触れた。

 顔を上げる。真っ赤なリゼと目が合った。


「え、と……あの……」

「よく眠れるおまじない、だよな?」


 そう言って目を細めると、リゼはちょっと驚いて、嬉しそうに笑った。


「本日はいかがでしたか? 良い一日になったでしょうか?」

「ああ。おかげでまた頑張れそうだ。いつも心から感謝してる」


 みんな、いい子たちばかりだ。優しくて、明るくて、愛情深く、何の取り柄もない俺を、心から慕ってくれて。


 目を伏せ、小さく呟く。


「俺にはもったいないくらいだ」


 俺はこの子たちに、こんなにも穏やかな幸せをもらえるだけの何かを、してあげられているだろうか。


 リゼは俯く俺を見つめていたが、やがてそっと俺に身を寄せた。


「リゼ……?」








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