第27話 夜の庭、黄金の魔力


 リリーの姿を見るなり、ロゼスは駆け寄ってきつく抱きしめた。


「この、バカ娘……!」

「ごめんなさい」


 その短いやりとりだけで、父娘の絆は固く結び直されたらしい。


 スペルタイトを差し出すと、ロゼスは驚きながら受け取った。


「これだけあれば充分だ」


 ロゼスの「どんなやつが剣を使うんだ」という問いに、できるだけ細かに答えた。


 腕力はそれほどない、魔力もあまりない。

 でも、おそらく魔術への想いは人より強くて、ちょっと落ち込みやすい。

 繊細で傷つきやすくて、けど、とても頑張り屋の女の子。


 ロゼスは「分かった。待ってろ」と請け負ってくれた。


 完成にはおよそ一週間かかるらしい。


 ロゼスとリリーは作業場にこもり、俺はその間、近くの魔物を倒したり川から水を汲んだり、リゼたちも料理や洗濯、掃除といった家事をこなしつつ、魔術を鍛えて過ごした。





 そして、六日目の夜。


 喉が渇いて目が覚める。


 台所で水を飲んだが、何だか目が冴えてしまった。


 風に当たろうと外に出る。


 岩の上に、小さな姿があった。


 サーニャだ。


 膝を抱えて、どこか遠くを見つめている。


 その横顔が、なんだか寂しそうで――


「眠れないのか?」


 サーニャが振り返る。

 小さくこくりと頷いた。


 岩に登って、隣に座る。


「すごい星だな」


 藍色の空一面に、星が輝いていた。

 まるで銀砂を撒いたようだ。


 冷たく乾いた風が頬を撫でる。


 ふと、小さな頭が肩に寄り添った。


「ん?」

「あなたと私は、もう契りを交わした。遠慮せず、たくさんなでるといい」

「あ、ええと、それなんだけど」


 口ごもっていると、サーニャはぐりぐりぐりと頭を擦り付けてきた。


「いてててて」

「なぜなでない」

「いや、あの」


 人形のように整った顔が、俺を覗き込む。


「……なでて」


 金色に透き通る瞳が、潤んでいるように見えて。


 そっと頭をなでると、サーニャは嬉しそうに目を細めた。









 サーニャを部屋に送り届けて、自分の部屋へ向かう。


 途中、作業場を通りかかった。


 覗き込むと、リリーが毛布にくるまって眠りこけていた。


 ロゼスが顔を上げる。


「誰だ?」

「すみません、邪魔しちゃって」

「いや、ちょうど一段落ついた。茶でも淹れよう」


 湯気を立てるカップを見つめながら、ロゼスが口を開いた。


「サーニャは――あの子は、ビルハ族という少数民族の、たった一人の生き残りだ」

「……――」

「騎馬の民と呼ばれていてな。家族同士強い絆で結ばれた、勇壮でいいやつらだった。だが、みな魔族に狩られ、あの子しか残らなかった。うちに来るよう誘ったんだが、断られてな。そのうち姿を見なくなって、どうしているのかと思っていたが……」

「そう、ですか……」


 俺は目を伏せた。


 以前マノンに、後宮に入る少女の中には、人買いに拐かされた子もいると聞いた。


 サーニャも、一人彷徨っていたところを連れ去られたのかもしれない。


 ロゼスは俺を見て、目を細めた。


「だが、いい家族・・に巡り会えたようで良かった」


 いつか聞いた、サーニャの言葉が蘇る。


『私たちビルハ族の頭に触れられるのは、家族と・・・将来を誓い合ったもの・・・・・・・・・・だけ』


 右手に、細くさらさらとした髪の感触が残っている。


 ――家族を奪われ、たった一人残された、小さな女の子。

 もしも俺が、サーニャにとって安心できる、家族のような仲間居場所になれるのなら――


 ロゼスが一振りの剣を引き寄せる。


「もう二度と、自分が打った剣で人が傷つくのは見たくない。そう思って槌を置いた。だが、お前さんになら任せられそうだ」


 差し出されたそれは、美しい細剣レイピアだった。


 受け取ると、驚くほど軽い。柄には美しい装飾。


 流麗な刀身を見つめながら、フェリスによく似合いそうだと思った。


「俺の剣を、そしてサーニャを、よろしく頼む」





***********





 出立の朝。


「本当にありがとうございました」


 深々と頭を下げると、ロゼスは笑った。


「礼を言うのはこちらの方だ。まだスペルタイトが余ってる。他にも何振りか打てそうだ。完成したら届けさせるよ」

「ロクさん、本当にありがとうございました。またいつでも来てください。親父と二人で、待ってます」


 礼を言い、固い握手を交わして、二人と分かれた。

 ロゼスの手は硬く、温かかった。


 元来た道を戻る。


 サーニャはいつも通り無表情だが、なんだかちょっと元気になったように見えた。







 後宮に着いたのは深夜だった。


 他の姫たちを起こさないよう、こっそり門をくぐる。


 懐かしい空気を吸い込んで、ほっと息を吐いた。


 帰る場所があるという安心感とありがたさが身に染みる。


 帰還報告は明日することにして、ひとまず解散した。


「みんな、本当にありがとう。今日はよく休んで」

「はい、おやすみなさいませ」


 リゼたちと分かれて、俺は部屋へと歩き始め――


「ロクさま?」


 振り返る。


 月明かりの庭に、フェリスが立っていた。


 俺が「フェリス」と笑うと、驚いたような表情が、みるみる喜びに染まった。


「お戻りになったのね。ご無事で良かった」

「こんな時間に、どうしたんだ?」

「あの、魔術の練習をしようと思って。ロクさまが戻られる前に、少しでも使えるようになれればと思ったのだけれど……」


 フェリスは恥ずかしそうにうつむく。


 きっとあれから特訓に励んでいたのだろう。

 そのいじらしさに、胸が苦しくなった。


「これを」


 庭に降り、細剣を差し出す。


「これは?」

「魔導剣――フェリスの剣だ。鍛冶師にお願いして造ってもらった」


 翡翠色の目が見開かれる。


「私の、ために……?」

「リゼとティティ、サーニャが頑張ってくれたよ」


 フェリスは驚きと喜びを交えた表情で美しい細剣を見つめていたが、ハッとうろえた。


「あ、あの、でも私、魔導剣なんて、持ったことも……使い方も分からなくて」

「大丈夫」


 手を重ねるようにして柄を握らせる。


 フェリスが頬を染めた。


 刀身を鞘から引き抜く。


「集中して。少しずつ、剣に力を流し込むイメージだ」


 フェリスが頷き、教えた通り、深い呼吸を繰り返す。


 やがて、刀身が金色に輝き始めた。


 最初は微かに、次第に眩く。


 細く、か弱く、けれど凜と美しい、黄金色の光輝。


「これが、フェリスの魔力だ」

「私、の……」


 剣は眩く輝いている。


 その表面に、ぱちぱちと金色の火花が散っていた。


 俺は「そうか」と呟いた。


「フェリスの魔力は、火、風、水、土のどれにも当てはまらなくて不思議だったんだけど、今分かったよ。雷属性だったんだな」

「それって……」


 フェリスが目を見開く。


 属性の中には、四大元素の他にも、光や氷、毒といった希有なものがある。


 雷もその一種で、発現することはとても希だ。


「綺麗だな」


 そう笑うと、フェリスが声を詰まらせた。


 輝く剣を胸に抱き、振り絞るような声でささやく。


「ありがとう。私なんかのために」

「なんかじゃないよ。フェリスは努力家で、いつも一生懸命だ。頑張り屋のフェリスだから、応援したいと思ったんだ」


 翡翠色の双眸が、星を宿して揺れる。

 涙の膜が雫になって零れるより早く、ほっそりとした身体が、俺の胸に飛び込んできた。


「フェリス?」


 腕の中のぬくもりは、小さく震えていた。


 か細い背中をそっとさする。


「ロクさま。ありがとう。私、全身全霊を掛けて、貴方にお仕えします。私の勇者さま……」


 潤んだ声に、黙ってその髪を撫でた。


「剣舞、見せてくれないか」


 そう言うと、フェリスは涙を拭って笑った。


「ええ、喜んで」


 眩い刀身がひゅんと唸り、軽やかに空を斬った。


 草木も寝静まった、夜の庭。


 咲き誇る花の中で、フェリスが舞うように剣を振るう。


 洗練され、磨き抜かれた舞い。


 細くたおやかな手に握られた剣が、黄金の軌跡を描く。


 絹のような金髪が夜風に翻って、麗しく舞う姿はまるで月の妖精のようだった。





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