第28話 ダンスパーティーの招待状(リュウキ視点あり)


 大陸樹を祀る、銀果宮。


「手こずらせやがって」


 しつこく腕にまとわりつく火花を払って、リュウキは呟いた。


 その手には神器、斬魔剣ダイディストロンが握られている。


 この期に及んで何が不服だとというのか、リュウキの手を弾こうするのを、半ば強引に手中に収めたのだ。


「いよいよですわね、リュウキさま」


 名実ともに勇者となったリュウキに、王女ディアナが寄り添う。


 神器は手に入れた。


 パーティメンバーには、選りすぐられた歴戦の冒険者が集った。


 ようやくだ。

 ようやく駒が揃った。


 『女神の慧眼』に手をかざす。




【片桐龍騎 二十歳 男

 レベル:85

 HP:15900/15900

 MP:23000/23000

 攻撃力:365

 耐久力:452

 ……】




 ずらりと並んだステータスは、今やリュウキこそがこの大陸最強であることを示していた。


 スキルや魔術こそ召喚時から増えていないものの、どうでもいい。


 神器と極大魔術さえ備わっていれば、些末なことだ。


 半月後には北征を控えている。


 北の魔族、『暴虐のカリオドス』は魔族の中でも強大な力と支配力を誇ると聞く。


 魔王討伐の前の腕試しにちょうどいい。


 その時、兵士が入ってきて膝をついた。


「王女殿下。後宮で動きが」

「いつものアレ・・でしょう。捨て置きなさい」


 リュウキはまたかと舌を打った。


 兵士を通して、時折後宮の情報が入ってきていた。


 なんでもあの男が後宮の少女たちを集めて、謎の訓練をしているとか。


 さらに時折、彼女たちを連れて旅に出ているという。


 魔術も使えない無能者が、ただおとなしく引きこもっていればいいものを、わずらわしい。


 三ヶ月前に後宮を追い返された屈辱が不意に胸をよぎって、リュウキはぎりぎりと奥歯を慣らし――「そうだ」と呟く。


「出立式に、あいつ・・・も呼んでやろうか」


 北征の成功を祈って、一週間後に出立式が開かれることになっていた。


 国内の貴族はもちろん、他国からも賓客が招かれ、ダンスパーティーも催されるらしい。


 誰が救世主なのかを知らしめるいい機会だ。


 リュウキの言わんとすることを察したのか、王女がにっこりと微笑む。


「それはいい考えですわ。せっかくでしたら、後宮の姫も同伴させましょう。教養も品もない田舎者ばかりですから、おのおのご自身の立場をわきまえ、教養を身につける、良い機会になりましょう」


 リュウキは喉を鳴らして笑った。


 どんなに掃きだめでちやほやされたところで、しょせんは魔術も使えない無能の一般人。


 格の違いを見せつけてやる。



 ◆ ◆ ◆



「出立式の招待状?」

「はい」


 日課の魔術講座が終わった後。


 マノンに手渡された封書に目を通す。


 いよいよ片桐が北征に赴くとのことで、五日後に王宮で出立式が催されるらしい。


 それはとてもおめでたいことだが……


「うーん、正装か」


 あいにく正装など持っていない。


 平服で出席するのは失礼に当たるし、リゼたちに恥をかかせてしまいかねない。


 俺が下手を打てば、後宮の評判を下げることになってしまう。


「残念だけど、出席は見送ろうか」

「お待ちください、ロクさま!」


 俺の返事を遮って、リゼがえへんと胸を張る。


「何を隠そう、我がベイフォルン領は大陸に名だたる白露絹の名産地! ロクさまに相応しい、とびきりの逸品を取り寄せます!」

「それでは、仕立てはお任せください。レイラーク家出入りの職人たちを呼びましょう」

「ティティは良い装飾具がないか、知り合いの行商人に聞いてみるよ!」


 あれよあれよという間に段取りが整う。


 す、すごい。ありがたい。


「でも、みんなの家って結構遠いよな」


 ふと疑問を口にすると、フェリスが答えてくれた。


「郵便商に頼むの。遠方に人や物を送り届けることを専門としている商人よ。特に急ぎの届け物は、『転送陣』を使えば、どんなに遠くても一瞬で届くわ」


 つまりは速達か。


「ただし、転送には莫大な魔力が必要だから、その分料金に上乗せされるのだけどね」


 なるほど。

 今度王都でザナドゥのうろこを換金してこよう。


 ……いや、待てよ?


 転送って、俺にもできるのかな?


 莫大な魔力が必要ってことは、逆に言うと、魔力さえあれば使い放題ということだ。


 幸い俺は魔力量だけはあるようだし(と言うか、今のところほぼ無限に使える)、うまくすれば転送し放題になるのではないだろうか。


 もしそうなら、色々と有効に使えそうだ。


 思考を巡らせていると、マノンが手紙に目を落とした。


「ダンスパーティーも催されるようですね。後宮の姫を四人・・同伴してお越しくださいとのことですが、誰をお連れになりますか?」

「四人?」


 首を傾げる。


 なぜ四人も同伴させてくれるのだろう。

 俺としては願ってもないが……


「ティティはダンス踊れないから行けないや。残念だよ」


 しょんぼりするティティの横で、サーニャも「わたしも」と寂しそうにしている。


 するとリゼが二人の手を取った。


「ティティさま、サーニャさま。私で良ければお教えします」

「わあ、ありがとうリゼちゃん! よーし、猛特訓だー!」


 となると、問題は俺だ。


「ロクさまは、ダンスのご経験はおありですか?」

「それが、ちゃんと見たコトすらなくて」


 マノンはにっこり笑って、「お任せください」と指を鳴らした。


「アンジュ」

「は。ここに」

「うわ!」


 いつの間にか、マノンの侍女――アンジュが音もなく立っていた。


 相変わらずクールな佇まいだ。


「アンジュは私が幼い頃からダンスの練習相手を務めてくれていたので、男性パートを踊れるのです。アンジュ、男性パートを見せてさしあげて」

「かしこまりました」


 マノンのカウントに合わせて、アンジュが踊り始めた。


 あまりにも優雅で見とれてしまう。


 果たして俺に踊れるのか……


「って、そうだった」


 アンジュに魔力を移して、ダンスの記憶をトレース。


 魔力を回収して、動きをそのまま再現してみる。


 アンジュが「ほう」と目を見開いた。


 マノンもびっくりしている。


「ロクさま、これはいったい……」

「今のは、アンジュの動きをトレースしたんだ」

「トレース、ですか?」

「そう。人に魔力を移して、魔力に残った記憶を頼りに、動きを再現できる」

「そんなことが……」


 説明しながら、ふと、さらに応用できないかと思いつく。


「リゼ、アンジュと踊ってくれるか」

「え? は、はい」


 リゼとアンジュが手を取って踊り始める。


 ……女の子同士のダンスっていいな。


 何と言うか、麗しい。


「よし。リゼ、ティティ。手を貸してほしい」

「は、はいっ」

「えへへ、ロクちゃんの手、大きくてあったかいねー」


 二人と手を繋いで、魔力を循環させた。


 リゼのダンスの記憶を取り込み、ティティに流す。


「ティティ、アンジュと踊ってみてくれ」

「? うん」


 ティティは怪訝そうな顔で、一歩踏み出し――


「わぁ、踊れる! ティティ、ダンス踊ってるよ! すごい、お姫さまみたーい!」


 小さな足が、軽やかにステップを踏む。


 嬉しそうにくるくると回る姿は、水面で弾ける光のようだ。


 良かった、成功したみたいだ。


「ただし、魔力の記憶はそんなに長く保たないから、繰り返し練習してもらわなきゃいけないんだけど」

「うん! ティティ、たっくさん練習するよ!」


 続いて、そわそわしているサーニャにも同じようにトレースした。


 本当に便利だな。

 魔術講座にも応用すれば、かなりはかどりそうだ。


 一部始終を見ていたマノンが、感極まったように吐息を吐く。


「何と言えば良いのか……本当に、すごい方ですね」

「全然すごくないよ。人の力を借りてるだけだし」

「それがすごいのです。魔力を支配するということは、命を支配することと同義。本能レベルで抵抗があっても不思議ではありません。それを、ロクさまは難なくやってのける。これはロクさまのお人柄と、ロクさまへの信頼があってこそです」

「そうなのです、ロクさまはすごいのです!」


 なぜかリゼが誇らしげにしている。


 俺は照れくさくて頭を掻いた。


「それじゃあ、メンバーはリゼとティティ、サーニャ、あと……」


 何か言いたげにもじもじしているフェリスを振り返る。


「フェリスも来てくれるか?」

「! ええ、喜んで!」


 四人は嬉しそうに膝を折った。


 みんな誇らしげに頬を染めている。


 マノンがぱちんと手を合わせる。


「さあ、ダンスだけではありませんよ。他にも覚えなければならないマナーがたくさんございます。本番までにみっちり叩き込みますから、そのおつもりで」


 どうやらスパルタ教室が始まりそうだ。


「よーし! 出立式まであと五日! がんばるぞー!」


 ティティの掛け声に合わせて、おー! と元気な合唱が響き渡った。



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