第73話 片翼の花嫁


 リゼが可愛い顔いっぱいに混乱を浮かべながら俺の袖をぎゅっと握る。


「ろ、ろろろろロクさまっ?! パレードの空から花嫁さまが可愛いカショクノテンで……?!!??」


「うん、今ちょっと、心当たりを探してるんだけど……」


 若干涙目のリゼをよしよしとなだめながら思考を巡らせる……が、心当たりなどあるわけもなく、俺は早々に白旗を上げた。


 幼い花嫁──メルと呼ばれた少女の前に膝をつき、宝石のようにきらめく碧い瞳を覗き込む。


「君とは、一度会ったことがあるよな? でもごめん、本当に申し訳ないんだけど、どこで会ったのか思い出せなくて……」


 何か言いたげに口をぱくぱくする少女に代わって、天女たち――花嫁行列が深々と頭を下げた。


「その節は、心ない商人たちの手から、姫さまの命を救っていただきまして」


 ティティが「あっ」と声を上げる。


「この子、温泉街ルダシュの時の!」


 同時に俺も思い出していた。


「そうか、君は……」


 数ヶ月前、ルダシュという温泉街で、奴隷商人に攫われた子どもたちを助けた。


 その中にこの子もいたのだ。


 ひどく弱っていたので、俺の魔力を注ぎ込んでから警備隊に保護してもらったのだが、その後どうなったのか気になっていた。


「無事で良かった。でも、これは一体……」


 突然の事態を飲み込めず戸惑っていると、少女――メルの姿が眩く輝いた。


 光の中から、白い子馬が現れる。


 純白の毛並みに、赤いたてがみ。同じく燃えるような蹄を備えた、細く優美な四肢。額には白銀の幼角を戴き、まつげに翳る碧い双眸が、ほのかな熱を湛えて俺を見つめる。


 その姿は透き通るように儚く、それでいて見る者を圧倒するほどに神秘的だった。


 リゼが「天馬……」と息を呑む。


 メルが膝を折り、頭を垂れたのを皮切りに、侍女たちが次々に翼を持つ獣へと姿を変えていく。


 金色の鹿や、蒼い猫。九本の尾を持つ白い狐。中にはグリフォンと呼ばれる、鷲と獅子を掛け合わせた幻獣の姿もある。


 彼らは一様に美しい翼を広げ、膝を折った。


「天獣……」


 フェリスが神威に打たれたように呟く。


「天界の神々に仕える、聖なる獣よ。善と慈愛を本性とし、真の勇士のみをその背に乗せて導くと言い伝えられているけれど……まさか、本当に存在しているなんて……」


 天獣については、俺も本で読んだことがあった。


 千年前の魔王との大戦で石化された神々に代わって、今も天界を護り続けているという、伝説の生き物。


 グリフォンが粛々と頭を下げる。


「メルさまは、次期天主――天獣の王となられる御方なのです」


 誰もがその威光に立ち竦む中、サーニャが進み出た。


 純白の天馬に、そっと手を差し伸べる。


 小さな手に、メルが鼻を寄せた。赤いたてがみを、サーニャが優しく撫でる。


 メルの背を見て、リゼがはっと目を見開いた。


「翼が……」


 幼い天馬は片翼だった。


 右の翼が根元から引き千切られている。


 サーニャが労るようにそっとその背をさすると、メルの白い喉から、小鳥のさえずりのような、細い風のような、ひゅうひゅうという音が鳴った。


 侍女が目を潤ませて俯く。


「半年前、突如として『貪食のフムト』という魔族が天界を襲い、メルさまの翼を奪いました。メルさまは痛みと恐怖のあまり声を失い、地に墜ちたところを商人に捕まったのです。勇者さまが救ってくださらなければ、どうなっていたか」


 天獣たちは人の姿に戻ると、広場に膝を付いた。


「メルさまは翼を失くし、もはや天界には戻れぬ身。せめてロクさまに身を尽くし、ご恩を返したいと仰せです。どうか、どうか後宮の花嫁の一人として、末永くご寵愛いただきますよう」


 ひれ伏そうとする天獣たちを、慌てて押しとどめる。


「恩なんて、そんな、俺がしたくてやったことです。それに、その、いきなりお嫁入りなんて、この子の気持ちは――」


 言葉半ばに、人の姿に戻ったメルが真っ赤になっていることに気付いた。


 侍女が俺に耳打ちする。


「助けていただいた時から、ロクさまにすっかり御心を奪われてしまったようでございまして」


 白い頬をほんのりと染めて恥ずかしそうに俯くメルのいたいけな様子に、神姫たちが「まあ」と胸を押さえる。


「さすがは乙女殺しヴァージン・キラーのロクさまですねぇ」


 マノンが感嘆しているが……そんな物騒なあだ名、いつ付いたんだろう……


「ロクさまさえお許しくださるのであれば、どうぞ後宮の姫として迎え入れていただき、いついつまでもお側に置いてくださいませ」


 幼い花嫁は耳まで赤くしたまま、いじらしく目を伏せている。


 俺は膝を付いて、そっとその顔を覗き込んだ。


「……メルは? 本当に、それでいいのか?」


 優しく尋ねる。


 メルは物言わぬまなざしで俺を見つめて、小さく頷いた。

 ──けれどその瞳には、純粋な恋慕と幼い熱情、そして、仲間の元を離れなければならない深い悲しみがたゆたっていて。


 小さく笑って頷き、顔を上げる。


「話は分かった」


 天獣たちの顔が、ぱっと喜色に染まる。


「ありがとうございます! それでは早速輿入れの儀式を――」


「その前に、試してみたいことがあるんです。少し、俺に預けてくれませんか」


 



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