第72話 華燭の典


「どうした!?」


 突然の爆発音に慌てて駆けつけると、神姫たちがへたり込んでいた。


「ま、マリニアの魔術が、暴走して……っ」


「ご、ごめんなさい~っ! こんな威力出たの、初めてでっ……! なんで急に~っ!?」


 姫たちに怪我がないことを確認して、周囲を視る。


 魔力の素であるエーテルが異様に濃い。金色の粒子――精霊まで舞っている。


 その中心へ目を遣ると、何やら木を見上げているサーニャの姿があった。


 華奢な身体に巡る魔力は、独特の輝きを帯びている。 


「ああ、そうか」


 サーニャの正体は精霊――自然の化身である精霊が、人の形をとったものだ。エーテルが、精霊であるサーニャの魔力に呼応してるのだろう。


 サーニャは頭上を見据えると、跳躍した。


 小さな身体がぐんっ、と天高く伸び上がり、短剣を一閃。


 スパッ! と枝を斬り、空中で何かをキャッチすると、猫のように身を捩り、軽やかに着地した。


 その手には丸々太ったリスが乗っている。どうやら木の枝に挟まっていたらしい。


 鮮やかな身のこなしに、神姫たちが歓声を上げた。


「すごいなサーニャ、空に届きそうだ。それに、その子が困ってること、よく気付いたな」


 サーニャが俺を見上げる。細い銀髪が風になびき、俊敏な猫を想わせる双眸が、陽の光を受けて金色に輝いた。無感情に見えるまなざしの奥、嬉しそうな煌めきが瞬いている。


「サーニャ、少し新しいことに挑戦してみようか」


 サーニャがリスを木の根元に降ろして、頷いた。


「こめかみの辺りに魔力を集中させて。感覚を研ぎ澄ませるんだ」


 サーニャは出会った時から体術と機動力に優れていて、軽業のような動きをなんなくこなした。おそらく無意識の内に魔力を全身に巡らせ、強化しているのだろう。それを応用できれば、戦闘の幅が飛躍的に広がる。


 サーニャが意識を集中し、その魔力が輝き始める。


 俺は、サーニャの背後にいる神姫に目配せした。


 神姫が頷いて、そっと木の実を投げ――


「!」


 サーニャの短剣が、ひゅぴっ! と宙を舞う。


 狙い違わず一閃された刃が、視野の外から放たれたはずの木の実を両断していた。


 神姫たちからわっと拍手が上がった。


 驚いている様子のサーニャに笑いかける。


「今みたいに視野を広げて、全体をよく視るんだ。サーニャは動体視力が優れてるし、動きも機敏だから、誰も気付かないような小さな危機にも目を配って対処できる。サーニャのその力が、きっとサーニャの大切な人や動物たちを救ってくれる」


 サーニャはじっと俺を見上げていたが、やがて無言で額を擦り寄せた。細い銀髪を撫でると、金色の双眸が嬉しそうに細められる。


 祝福するように寄ってきたリスや小鳥に木の実を与えるサーニャを見つめながら、サーニャを育んでくれたビルハの民のことを想う。自然と共に生き、動物を愛し、勇壮で家族想いだったという騎馬の民。どこかで、サーニャの成長を見守ってくれているといい。


「さあ、今日のところはこれくらいにしようか――」


 魔術講座をお開きにしようとした、その時。


 地の底から不気味な唸りが響き、大地が鳴動した。


「地震だわ!」


 動揺する姫たちに、落ち着くよう手で示す。


「ナターシャ、プリシラ、壁から離れて、身を低くして。ベル、大丈夫だよ。ゆっくり息をして」


 地底で巨大な生き物が身震いするような揺れは数分ほど続き、やがて収まった。


 姫たちの安全を確かめて、息を吐く。


「最近多いな」


 マノンが「ええ」と眉をひそめた。


「何かの凶兆でなければ良いのですが……」


 姫たちは不安げに顔を見交わし、精霊たちも不穏にざわめいている。


 ふと、リゼが腕を抱いて震えているのに気付いた。


「リゼ、大丈夫か?」


 リゼは「は、はいっ」と笑ったが、真紅の双眸の奥、怯えたような光が揺れている。


「……リゼ?」


 その背に手を伸ばしかけた時、サーニャがはっと顔を上げた。


「ロク、あれを」


 視線を追って空を仰ぐ。


 青空に、まるで切れ目を入れるかのように光の筋が走っていた。


 目を懲らすよりも早く。切れ目を割くようにして、天が裂けた・・・・・


「!?」


 天の裂け目から光のはしごが降り、いくつもの人影が現れる。


「敵襲……!?」


 広場に緊張が走った。


 神器を展開する姫たちを手で制する。


 空から降りてくるのは、天女のように着飾った女性たち――


 それはパレードだった。


 豪奢な布に覆われた輿を先頭に、灯火を掲げた天女たちが、花びらを捲きながら列を成す。

 酒や米、果物、絹、真珠に珊瑚、ありとあらゆる金銀財宝を掲げ、賑やかな鳴り物を鳴らしながら広場に降り立ったその集団は、一斉に頭を下げた。


「これは、一体……」


 突如として広がった煌びやかな光景を前に、マノンが呟く。


 広場にずらりと並ぶのは、女性ばかりが五十人ほど。誰も彼も彫刻のように美しく、何よりも驚くのは、その身に巡る膨大な魔力量だ。


 ヒトではない、と直感した。おそらくは、神話や伝説の類いに連なる生き物――


 輿の傍らに控えた女性が、細く美しい声で告げた。


「華燭の典。華燭の典にございます。勇者さまにおかれましてはご機嫌麗しく、このように突然の拝謁となりましたこと、平に、平にご容赦を」


「かしょくのてん?」


 天女たちが輿の布を持ち上げる。


 輿から降りてきたのは、豪奢な衣装に身を包んだ幼い少女だった。


 歳はシャロットと同じ頃だろうか。

 雪花石膏のように透き通る肌。艶やかに燃える赤い髪。こぼれ落ちそうに大きな碧い瞳が、熱く潤みながら俺を見つめる。

 人形めいたあどけない容貌に、贅をこらした厚く重たげな衣装がひどくアンバランスだ。


 俺は少女の魔力に目を懲らした。


 小さな身体に流れる魔力は、今にも掻き消えてしまいそうに儚く明滅している。


 この光、見覚えがある。一体どこで――


 その時、少女の傍らに寄り添った天女が深々と頭を下げた。


「花嫁メルさまに代わって、お嫁入りのご挨拶を申し上げます」


「花嫁!?」

「お嫁入り!?」


 神姫たちの合唱がこだまし、後宮に激震が走った。



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