第88話 奪還・再会



 殺し合いの幕が切って落とされるが早いか、周囲の剣奴が俺へと殺到した。


「うおああああああああああああああッ!」


 彼らの形相は恐怖に引き歪み、目には凄絶なまでの狂気が浮かんでいる。

 ルール上は無力化すればいいと言いつつ、ここまで追い詰められていたら、必然的に殺すか殺されるかしかないだろう。一体何が、手練れの冒険者たちを恐怖へ駆り立てているのか――


「おおっとこれは! さっそく出ました、コロシアム名物、新人殺しだ! 今回の哀れな新人生贄は一体どんな惨たらしい死を迎えるのか、殺戮の宴をとくとご覧あれ!」


 司会の歓喜の絶叫と、興奮した観客の雄叫びが響き渡る。


 俺は腰を落とし、深く息を吸った。

 意識を深く鋭く研ぎ澄ませ――


「『威圧スタン』」


 『大鹿の首』で得たスキルを、全方位に向けて叩き付ける。


「あ、が……!?」


 魔力の圧をまともに浴びて、剣奴の半分が硬直する。

 残る半分はよろめきながらも雄叫びを上げて剣を振り上げた。


(耐性スキル持ちか)


 眉間めがけて繰り出された切っ先を仰け反って躱し、反転する勢いで胴鎧に回し蹴りを叩き込む。その背後に迫っていた二人もろとも吹っ飛ばすと、ぐっと身を沈めた。


「『強脚アクセルギア』」


 魔力で脚力を強化、剣奴たちの間を縫うように駆け抜ける。

 壁にぶつかる直前で『蜘蛛脚ウォールラン』を発動し、壁を駆け上がった。


「っ、な……!?」

「『空中舞踏スカイドライブ』」


 ふわりと上空へ躍り上がるや、剣を一閃。

 白銀の剣閃が、狙い違わず飾り幕を切り落とした。

 長く重たい幕に覆い被さられ、剣奴たちがくぐもった悲鳴を上げる。


 着地した俺に、残る剣奴が肉薄する。


「死に晒せぇぇぇえええああああああッ!」


 手のひらに魔力を集めて『硬質化アイアン・ゲイン』を発動。

 大剣による横薙ぎの斬撃を受け止めた。


「っ、手で、受け……!?」


 驚く男のみぞおちに柄を叩き込み、手刀で昏倒させる。


「あ、がっ……」


 俺は男が取り落とした大剣を蹴り上げると、左手に構えた。

 左腕に魔力を流し込む。


「『二刀流デュアル・ウィルダー』」


 斬り掛かってきた剣奴たちを左右の剣で捌き、怯んだところを大剣の平でまとめて張り飛ばした。凄まじい剣圧に土煙が巻き上がる。


「っ、あれは、あの男は何者だ!? 本日初参戦した最高オッズ最低期待値新人ルーキーに、歴戦の剣奴たちが手も足も出ないまま斃されていきますッ……!」


 司会の絶叫に観客が呼応し、会場全体が狂乱の渦に叩き込まれる。


 残るは五人。


 背後からうなじを狙って突き出された切っ先を予備動作なく跳躍して躱し、相手の首に脚を絡めると腰をひねって地面に引き倒す。着地した背後に足音が迫り――


「『強脚アクセル・ギア』」


 死角から斬り掛かろうとした剣奴の体側に、魔力を乗せて放った二段蹴りがまともにヒットした。


「っは、はやい……!」


 やがて最後に残った剣奴へ大きく踏み込むと、横薙ぎに剣を弾き飛ばした。

 宙に跳ね上がった剣が地面に落ちるよりも早く、当て身を喰らわせてダウンさせる。


「お、お……」


 まだ意識のある何人かが、起き上がろうと地を這った。

 俺はゆっくりと手をかざし――


「『言霊オーダー』、動くな」


 魔力を乗せた声が、耐性スキルを上回って男たちをねじ伏せる。


「っ、ぐ、ぁ……あんた一体、何者、なんだ……?」


 大鹿の首の紋章を付けた冒険者が、崩れ落ちながら呻く。

 そのままどさっと倒れ伏し、沈黙した。


 ――制圧完了ゲームセット


「あ、圧、勝……!」


 静まり返ったコロシアムに、司会の上擦った声が流れる。


「圧勝、です……! 何と言うことでしょう、無名の新人ルーキーが、わずか十分で手練れの剣奴五十人を無力化しました……! 彼は一体何者なのかーっ!?」


 誰も予想さえしなかった大番狂わせ。

 客席から上がった歓声が、うねりとなって会場全体を包んだ。


 ふと顔を上げる。

 わなわなと顔色を失っているモーリスの隣。

 黒髪の女が、俺に冷たく冴えた視線を注いでいた。


「さあ、優勝者に賞品が授与されます!」


 檻の扉が開く。

 アザレア部隊が飛ぶように駆けてきた。


「ロクさま!」


 胸に飛び込んできたフェリスを抱き留める。

 涙を孕んだ翡翠色の瞳が、俺を見上げた。


「必ず……必ず来てくださると信じていました」

「待たせてごめん。みんな無事か? 何か、酷い扱いを受けたりは?」


 サーニャが「平気」と言って、怒れるヤマネコのように金色の双眸を爛々と光らせた。


「指一本でも触れたら、ただじゃおかないといった。わたしたちに触れていいのは、つがいだけだから」


 この静かな気迫の前に、相対した人物もたじたじだったことだろう。


「みんなを守ってくれたんだな。ありがとう」


 頭を撫でると、サーニャは幸せそうに喉を鳴らした。


 スポンサー席では、リゼたちが手を取り合って喜んでいた。


 フェリスが唇を噛んで俯く。


「申し訳ございません。私が不甲斐ないばかりに、ロクさまのお手を煩わせてしまって」

「そんなことはない。みんなが無事で本当に良かった。不安な思いをさせてごめん。よく頑張ったな」


 順番に頭を撫でると、姫たちは心から安堵したように笑った。


「それに、今回の件は、アザレア部隊の実力不足なんかじゃない。むしろ逆だ・・・・・、なにしろ――」


 俺が言葉を継ぎかけた、その時。


「つまらん!」


 コロシアムに、忌々しげな大音声が響き渡った。








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