第50話 家族


 気がつくといつの間にか、世界樹の前に立っていた。


 リゼとフェリス、ティティが転がるように駆け寄ってくる。


「ロクさま! サーニャさま!」


 リゼがサーニャを抱きしめる。


「ああ、良かった! 突然消えてしまうから、心配で心配で……!」


 柔らかな腕の中で、サーニャは日だまりの猫みたいに目を細めた。


 『精霊の森』の入り口まで戻って、ドラゴンに子どもを、エルフにハープを返す。


 エルフたちは泣き出さんばかりに喜んでくれた。


 子どもの無事を確かめたドラゴンたちが、呆気に取られる。


『まさか、あの精霊王からこうもあっさり失せ物を取り返すとは……調停者よ、そなた一体……――』


 その時、ポケットが震えた。


「ん?」


 ポケットに手を突っ込み、震動源を取り出す。


「竜の鱗が……」


 ザナドゥにもらった鱗が、震えながら淡く光っている。


『そ、それは……!?』


 ドラゴンたちの間に動揺が走った、次の瞬間。


 竜の鱗から、天を貫くような高音が鳴り響いた。


「うわ!?」


 たまらず耳を押さえる。


 高音が尾を引き、こだまを残して消えた頃。


「! あれは……!」


 リゼが遠く空を仰ぐ。


 頭上に影が差したかと思うと、烈風風を舞い上げながら、金の翼が降り立った。


 丘のような巨躯に、黄金に輝く鱗。悠然と擡げた長い首。


「ザナドゥ!」


 それは、いつか鉱山で出会った、金色のドラゴンだった。


『ザナドゥさま!』


 ドラゴンたちが引き攣った声を上げる。


 ザナドゥは彼らを睥睨するなり一喝した。


『頭を垂れんか、愚か者どもォ!』


 地を割るような怒号に、ドラゴンたちが慌てふためきながらひれ伏す。


『ざ、ザナドゥさま、一体……っ!?』


 戸惑う仲間たちに向かって、ザナドゥは鼻息を吹いた。


『この人間は、我の恩人だ』

『おっ、恩人!? ザナドゥさまの!?』 

『どういうことですか、人間ごときが、何故……!』

『やれやれ、目の前の相手の実力も分からぬとは、何百年ドラゴンをやっておるのだ。この勇者の魔力量、我をも優に凌ぐぞ』

『!?』


 ザナドゥは、サーニャに抱かれた子ドラゴンに目を落として笑った。


『我が同胞が済まなかった。また、助けられたな』


 俺はザナドゥを見上げた。


「ザナドゥはもしかして、すごく偉かったりするのか?」

『これでも中原を統べる黄金竜と呼ばれておる。トルキア一帯は我の縄張りよ』


 ザナドゥは胸を張ると、俺の手に乗った竜の鱗を見て、喉を鳴らして笑った。


『よく売り払わずに持っておったな。それは、我らドラゴンとの縁を繋ぐ唯一無二の御宝。大切にすると良い』


 物凄く高価なものだとは聞いていたが、まさかそんな機能があったとは。隊商で育ったティティさえ「あわわわ、りゅ、りゅ、竜の鱗に、そんな効果が……」とうろたえているところを見ると、誰も知らないんじゃないだろうか。


 俺は鱗を大事にポケットにしまうと、子ドラゴンの頭を撫でた。


「エルフと仲良くしてくれって、精霊王が」


 ザナドゥが『ぬう』と呻いて、細長い瞳孔でエルフたちを一瞥する。


「俺からも頼む」


 重ねて頭を下げると、ザナドゥはむむむ、と声を詰まらせ――大きく息を吐いた。


 やれやれと首を振りながら、エルフに向き直る。


『これまでに降り積もった蟠りは数知れんが、長きに渡る小競り合いに、双方疲弊しているのは事実。勇者もこう言っていることだ。ここらで一旦水に流して、和平を結ばぬか』

「良いでしょう。私たちも、無用な争いは望みません」


 エルフの女王が応じて、互いに和平の印を結んで頭を垂れる。


 ザナドゥが翼を広げた。


『我らの助力が必要ならば呼ぶが良い、勇者よ。我らドラゴン族、おまえのためならばいつでも力を貸そう』


 青い空に、ドラゴンたちが飛び立って行く。


 俺たちは、仲間の背に乗せられてきゅいきゅいと鳴く子ドラゴンに手を振って見送った。


 エルフの女王は深々と頭を下げた。


「本当にありがとうございました。子ドラゴンを捜し出してくださったばかりか、ハープを取り戻していただき……まさか、ドラゴンとの調和までもたらしてくださるとは、何とお礼を申し上げればいいのか」


 女王に続いて、エルフたちが一斉に跪く。


「異世界より来たりし勇者、カヅノ・ロクさま。『精霊の森』のエルフ一同、このご恩は決して忘れません。力になれることがございましたらお呼び下さい、すぐに駆けつけましょう」

「ありがとうございます」


 俺は頭を下げ――ふと、エルフの少女たちが数人、もじもじしていることに気付く。


 はしゃいだ様子でつつき合っていたかと思うと、その中の一人が進み出た。


「あのぅ、ロクさまの後宮は、エルフも入れますか?」

「これっ!」


 女王に叱咤されて、慌てて友人の背中に隠れる。


 緊張と期待の入り交じった顔で見詰める少女たちに、俺は笑った。


「いつでも遊びに来てくれ」




*******************************



 王都へと続く帰り道。


 ごとごとと揺れる馬車の荷台で、リゼが放心した様子で呟いた。


「まさか、エルフばかりかドラゴンの助力まで得てしまうなんて」

「最初はどうなるかと思ったけど、さすがロクちゃんだね!」


 ティティが笑い、フェリスが「ドラゴンまでいるなんてびっくりしたわ、食べられてしまうかと思った」と胸を押さえている。そういえば、フェリスはドラゴンとは初めての邂逅だったな。


 リゼが心配そうに首を傾げる。


「それにしても、世界樹で何があったのですか?」


 吹き抜ける風に頭を擡げて、サーニャが答える。


「わたしはわたしだということが分かった」


 きょとんとするリゼたちを示して、サーニャは迷いのない声で告げる。


「わたしたちはひとつの群れハレム。ひとつの家族。わたしが何者でもいい。守りたい人を守り、生きたいように生きる。リゼや、ティティや、フェリス。群れのみんなと一緒に――家族と共に戦い、家族を守る。それだけ」


 リゼたちは瞬きし――ティティが「そっかぁ」と目を輝かせる。


「家族、家族かぁ! みんな一緒に暮らしてるもんね、これはもう家族だー!」

「弟しかいないから新鮮だわ。こんな可愛い姉妹がいたらなって、憧れてたの」


 普段ミステリアスなサーニャの表明が嬉しかったのだろう、フェリスがくすぐったそうに笑い、リゼがサーニャをめいっぱい抱き締める。


「サーニャさま~! 私のこと、お姉ちゃんって呼んでいいですよ!」


 サーニャをシャロットに重ねているのか、もにもにと頬をすり寄せる。


 サーニャの顔は、どこか晴れ晴れとしていた。


 透き通る声が、ロク、と名を呼ぶ。


「わたしに家族居場所をくれて、ありがとう」


 風に運ばれてきた精霊が、ふわりと銀色の髪に遊ぶ。


 出会った時に感じた孤独な面影は、今はもう砂漠の彼方に溶け消えて。


 胸に温かな感情がこみ上げて、俺はその頭を撫でた。


 サーニャは金色の目を細めて、猫みたいに喉を鳴らした。





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