第61話 邂逅、再び

「瘴気が濃くなってきた」


 朧に霞む太陽を見上げて、サーニャが呟く。


 靄の掛かった湿地帯。空気はじっとりと湿り、水を含んだ土は踏み出す度に沈み込んで体力を奪う。


 王都から北西に向かうこと五日。


 俺はリゼ、ティティ、サーニャ、フェリスとともに新たなダンジョン攻略に当たっていた。


「今回も、魔族は絡んでなさそうだな」


 瘴気は濃いものの、魔族らしい気配はない。


 俺の呟きに、リゼが「はい」と頷く。


 その横顔は硬い。


 ここのところ、リゼの様子がおかしい。いつも通り明るく振る舞っているが、ふとした瞬間に陰が差す。


「…………」


 シャロットの手がかりは依然として掴めない。『開闢の花嫁』という言葉が何を示すかも分からない。


 そしておそらく、ガーランド港奪還戦でイザベラに向けられた『悪魔の子・・・・』という言葉と、冷たい視線。


 幼い頃からリゼを苦しめ続けていた呪いが、今またその心に影を落としている。


「リゼ――」


 口を開いた時、鼓膜が微かな羽音を拾った。


「! 退がれ!」


 叫ぶが早いか、俺は頭上目がけてアンベルジュを振り抜いた。


 降り注いだ銀色の雨が、アンベルジュの一閃によってなぎ払われる。


 上空を見上げて、ティティが叫ぶ。


「キラー・ビー!」


 霧に霞む空。


 数十体という巨大な蜂がこちらを見下ろしていた。


『ギギギギギギ!』


 不気味な喚声と共に、再び針が放たれた。


「ロクさま!」


 リゼが俺の前に躍り出て盾を構え――


 霧の中から人影が飛び出した。


 鎧を身に纏い、剣を携えた骸骨――


「スケルトン……!」


 スケルトンが剣を突き出し、リゼの盾が弾かれる。


「きゃ……!」

「リゼ!」


 咄嗟にリゼを抱いて跳び退る。


 キラー・ビーの針が肩を掠めた。


「っ……!」

「ロクさま!」

「大丈夫だ」


 アンベルジュを振ろうとして、右腕の感覚がないことに気付く。


(毒……!?)


 肩に刻まれた小さな傷から、魔力回路が急速に蝕まれていく。魔力に干渉するデバフなら、俺なら浄化できそうだが――


 そうしている間にも上空からは針の雨が降り注ぎ、地上ではスケルトンが襲いかかる。


 フェリスたちが応戦しているが、視界が霧に遮られて思うように攻撃が当たらない。


 毒を浄化する方法を探っている暇はない。


(毒が完全に回る前に片を付ける……!)


 俺は痺れる手でアンベルジュを構え直し――


「『反転インバート』」


 涼やかな声が響き渡った。


 同時に、魔力回路を蝕んでいた毒が消える。


 それだけではない、傷の痛みまで癒えていく。


 これは……――


 フェリスが霧の向こうへ視線を走らせる。


「あれは……!」


 そこには、槍を携えた少年が立っていた。


 傍らにはフードを目深に被った少女が控えている。


「先代勇者……!」


 少年が地を蹴った。


 フードを被った少女が杖を掲げる。


「『霧消ディスペル』」


 清らかな風が巻き起こり、霧が晴れた。


 身を隠す霧を失って狼狽えるスケルトンたちの間を、小柄な勇者が鮮やかに舞う。数体を薙ぎ払ったと思うと槍を地面に突き立て、それを軸に強烈な蹴りを叩き込む。


 地上のスケルトンは彼に任せて、俺は上空目がけてアンベルジュを薙いだ。白銀の魔力の光が、数十体というキラー・ビーをまとめて両断する。


『ウガァァアアァ!』


 死角から襲い来るスケルトンを、深緑の槍が穿った。


 背中を合わせ、瞬時に場所を入れ替わるスイッチすると同時、死角から互いを狙っていた魔物を貫く。


 まるでこちらの呼吸を読んでいるかのような連撃。


 フェリスが「す、すごい……!」と声を上げるのが聞こえた。


 スケルトンの残党が後ずさり――空気を震わせる羽音が鳴り響いた。


 振り仰ぐ。


 巨大な蛇のような影が、空を背負って浮かんでいた。黒く光る表皮に、無数の足。翅の生えた巨大なムカデ――


「デス・ピードだ!」


 ティティが叫ぶ。


 どうやらあれがダンジョンの主だ。


『ギキィィイィイ!』


 牙の生えた口から黒い粘液を吐いた。


「跳べ!」


 横に跳び退って粘液を躱すと同時、俺はアンベルジュを振り抜いた。


 狙い違わずムカデの首に迫った魔術の刃は、しかし漆黒の硬皮に弾かれる。


 どうやら相当の強度がある、直接攻撃を叩き込まなければ――


 刹那、少年が叫んだ。


はしってください、合わせます・・・・・!」




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書籍版『追放魔術教官の後宮ハーレム生活』

1巻 【4/20】 発売

ファンタジア文庫特設サイト【https://fantasiabunko.jp/special/202104harem/】


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