第62話 先代勇者と先代聖女

 俺は迷わず、空に浮かぶデス・ピード目がけて地を蹴った。


「『大地鳴動アース・ガルド』!」


 少年の詠唱と共に地面が鳴動し、脈動した。


 俺の軌道に沿って足場が造られていく。


 俺は盛り上がった大地を駆け上がり、高く跳ぶと、デス・ピードを両断した。


『ギキイイイイイイ!』


 ムカデがのたうち、黒い霞となって霧散する。


 着地した時には、深緑に輝く槍が残った魔物を一掃していた。


「ロクさま!」


 辺りを覆う瘴気が消え去ると同時に、リゼが駆け寄ってきた。


「ああ、申し訳ございません、私がちゃんと防げていれば……!」


 俺の肩の傷を見て泣き出しそうなリゼの頭に手を置く。


「大した傷じゃない、心配いらないよ。よく戦ってくれた」


 頭を撫でると、リゼは「は、い……」と目を伏せて頷いた。


 その表情はどこか思い詰めたように曇っていて。


 その時、少年が歩み寄ってきた。


 フェリスたちが俺の前に出て、身構える。


 先代勇者は両手を挙げた。


「突然すみません。貴女がたを――貴女がたの大切な勇者さまを脅かすつもりはありません」


 人なつっこい表情と同様、全身に巡る回路は穏やかに魔力を湛えている。


 俺はまだ警戒の色濃いフェリスたちに目配せすると、進み出た。


「助かったよ、ありがとう」

「いいえ、ご無事で何よりです」


 柔らかそうな栗色の髪に、深く透き通る琥珀の瞳。こうして近くで見るとますます華奢さが際立つ。

 すんなりと伸びた手足は細く、身長は俺より頭ひとつ低い。対して、携えた槍は優に二メートルを超えている。実際に戦う姿を見ていなければ、持て余してしまうのではないかと心配になるほどだ。

 歳は十七、八──いや、もっと下だろうか。


 勇者は俺の肩を示した。


「よろしければ、傷の手当てを」

「ん」


 見ると、痛みはないものの、思ったより深く裂けていた。


 フードを被った少女が寄ってきて、呪文を唱える。


治癒ヒール


 金色の光が溢れ、傷がみるみる塞がっていく。


「ありがとう」


 礼を言うと、少女は俺を一瞥してすぐさま少年の隣に戻った。


 少年は透き通る双眸を柔らかく細めた。


「初めまして。オレの名前は│雨宮奏あまみやかなで。貴方の半年前に召喚された者です」


 耳に馴染む名前の響きに、懐かしさに似た感慨が胸に満ちる。


 俺と同じく異世界に喚ばれた、同郷の勇者――


「どうぞ、奏とお呼びください」


 差し出された手を握る。


 豆だらけの手は細く、柔らかかった。


「俺は鹿角勒だ」

「勒さん。旅の先々でも、御勇名は聞き及んでます。先日は失礼しました。後宮部隊が活躍していると風の噂で聞いて、一目見たくなりまして」


 奏はリゼたちに視線を送ると、眉を下げて笑った。


「良い方が主になられたようで、安心しました」


 その心から安堵したような表情に、リゼたちがふっと警戒を緩め、不思議そうに首を傾げる。


 俺は奏の隣に立つ少女に目を移した。


「そちらは」

「彼女は聖女――いえ、元聖女、パルフィーです」


 やはりそうか。


 フードの奥で、トパーズ色の瞳が煌めく。


 会釈をすると、パルフィーはそっぽを向いてしまった。


 奏が「照れ屋なんです」と困ったように笑う。


「オレとパルフィーは、魔王の手がかりを探して旅をしています」


 やはりそうか、と胸中で呟く。


 磨き抜かれた槍術を見ても分かる。消息を絶ってからも、彼は勇者として魔物と戦い続けているらしい。


 どこか飄々としつつも誠実そうな人柄と言い、理由もなく責を投げ出す人間とは思えない。


「召喚されてすぐに王宮を出たのには、何か理由が?」


 核心に切り込むと、奏はパルフィーに目配せした。


 パルフィーが頷き、フードを脱ぐ。


 その頭に、見慣れないものが付いていた。


 耳だ。


 柔らかなアッシュグレーの髪に、猫のようなキツネのような、ふさふさの耳が生えている。


 さらにローブの裾を払うと、長くしなやかなしっぽが現れた。


 ティティが「獣人だ」と目を見開く。


 口を結んだままのパルフィーに代わって、奏が説明する。


「パルフィーは、ディアナ王女の異母妹なんです」

「!」


 思わず目を見開く。


 つまり第二王女ということか。


「ディアナ王女に妹がいたなんて、知らなかった」


 小さく呟くと、フェリスも呆然と頷いた。


「当時から、先代聖女さまは国王陛下の御落胤だという噂は囁かれていたけれど、本当だったのね……それに、獣人だという噂も……」


 パルフィーが忌々しげに口を歪めた。


「獣人は迫害されてる。だから、本当は身分を隠したまま、辺境で慎ましく暮らして一生を終えるはずだった。けど、ある日突然、大陸樹が私を聖女に選びやがっ……選んだ」

「ディアナ王女の気性はご存知でしょう」


 奏の問いに頷く。


 ディアナにしてみれば、突然現れた第二王女――獣人の、腹違いの妹が、自分を差し置いて聖女になった。……標的にならないわけがない。いくら大陸樹に選ばれた正式な聖女とはいえ、パルフィーの立場はかなり複雑で危うい。


 奏は苦く笑った。


「加えて、オレみたいな勇者が召喚されてしまったもので」

「?」


 どういう意味だろう。


 奏の戦闘能力の高さは、すでに目の当たりにしている。


 強力な魔術と言いスキルと言い、『魔力錬成』しか使えない俺とは違い、十分な資格があるように見えるが……






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書籍版『追放魔術教官の後宮ハーレム生活』

1巻 【4/20】 発売

ファンタジア文庫特設サイト【https://fantasiabunko.jp/special/202104harem/】


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