第101話 勝利を撃ち抜く



『貴様……!』


 ガルディオが忌々しげにリゼを睨む。

 俺はその隙を狙って、アンベルジュを振り抜いた。

 白銀の魔力がガルディオの胸を裂き、肉が吹き飛ぶ。


『ぐぅ、ぅっ……!』


 触腕の拘束が緩んで、水龍が海中へと逃れた。

 抉れた肉を見て、サーニャがはっと身を乗り出す。


「核、みえた! 胸の奥!」


 しかし、たちまち周囲の肉が再生して核を覆い隠す。


『その程度で、このガルディオを倒せると思うてかァアアアア! 貴様ら全員嬲り殺してくれるわァアァアアアッ!』


 触腕がのたうち、船を激しく揺さぶった。

 猛る触腕をなぎ払いながら、「ティティ」と魔族を睨み付ける少女の名を呼ぶ。


「俺が核を引きずり出す。とどめを頼んでもいいか」


 ティティがはっと俺を見上げた。蒼い瞳が、恐怖と不安で揺れている。

 恐らくチャンスは一瞬だ。荒波がうねる戦場で、その一瞬を射止めるのは奇跡に近い。


 だが。


「大丈夫、ティティなら出来るって、信じてる」


 ――水龍を信じ抜いた君のように。


 ティティは俺を見つめ返し、しっかりと頷いた。


 荒れ狂う嵐の中、ガルディオが哄笑を響かせながら船を抱き込む。


『無は救い! 終焉こそが福音! 苦しみや絶望が深いほど、救いはより一層甘美になる! 惨めにのたうちながら、魔王様の慈悲を請え!』


 吹きすさぶ風雨に首を擡げ、その巨体をにらみ据える。

 俺は『強脚アクセル・ギア』を発動すると、弓を構えたティティに吼えた。


「行くぞ!」

「うん!」


 俺は甲板から身を躍らせると、ガルディオの触腕を駆け上がった。

 風を切って襲い来る攻撃をくぐり抜け、唸る触腕を薙ぎ払いながら、遥か高みに聳える上半身を目指す。


『思い上がるなよ、ちっぽけな人間如きが! その脆い肉体、海の藻屑にしてくれよう!』


 血のような双眸が俺を捉えた刹那、人魚の歌が響いた。

 触腕の動きが緩み、再生が遅くなる。


『ええい、耳障りな! やめろ、やめろォオオオオ!』


 胸に迫る俺目がけて、ガルディオはがむしゃらに触腕を振り下ろした。


「『空中舞踏スカイドライブ』」


 攻撃の全てを躱すや、大きく踏み込んで跳躍、アンベルジュを振りかぶった。


「おおおおおおおおおおおおおッ!」


 胸元に剣を突き立て、縦に斬り裂く。


『ぐ、ああああああああああああッ!』


 黒い肉が割れ、核が露出した。しかし。


『無駄だと何度言ったら分かる!』


 触腕が俺を引き裂こうと絡み付き、核の周囲の肉が再生しようと蠢く。


「ティティ!」


 うねる触腕を振りほどいて、俺は遥か船上で待つ少女の名を叫んだ。


 


 ◆ ◆ ◆


 


 勇者の背中が遠ざかる。

 天を突く怪物を目指して。


 荒れ狂う船上で、ティティは神器を握り締めた。


 この母なる海が、南国の太陽が、明るく朗らかな人々が、自分を守り、育ててくれた。

 まだ小さくて、海でひとりぼっちで溺れていた自分を、水龍が助けてくれた。


「今度は私が助ける番なんだ……!」


 強く優しい勇者あの人が、自分を信じてくれた。


 揺れる海上、強大に聳える敵を睨み上げる。

 ただ一張りの弓を手に。


 遠く、声が響く。

 命を抱く海に掛かる、淡く輝く朝靄にも似た、おおらかな声が。


【夜と朝が交錯する、時の狭間。大いなる海が抱く、刹那の静寂。魂は研ぎ澄まされ、放った光は狙い違わず届く。我が名は朝凪。遙かな海を渡り、彼方の勝利を撃ち抜くもの】


 全身が熱く熱を帯びた。

 血が巡り、魔力が溢れる。


「神器解放! 『朝凪の弓レンビリオン』!」


 右手に、魔力の矢が現れる。

 蒼い神器に、眩く輝く光の矢を番えた。


 雷鳴が咆哮し、突風が渦巻く。

 唸りと共に襲い来る触腕の攻撃を、フェリスたちが防ぎ、退けた。ウォンや船乗りたちが、武器を手に恐れ気も無く魔族に立ち向かう。人魚の歌が響き、遠く、水龍の咆哮が轟いた。


 冴え冴えと澄み渡った脳裏に、ロクの教えが蘇る。


『呼吸を深く。敵をよく見て。大丈夫、みんな絶対に君を信じて持ち堪えてくれる。君の狙い澄ました一射が戦況を覆す、その光景を思い描いて。大丈夫、絶対に当たる。その時が来るのを待つんだ』


 張り詰めた弦がぎしりと軋んだ。

 唸る風の中で睨み据え、待つ。

 その刻を。

 嵐渦巻く戦場で、全ての音が凪ぐその一瞬を。


「おおおおおおおおおおおおおッ!」


 天を突く雄叫びと共に勇者が振り下ろした剣、その刀身が、魔族の肉を切り裂いた。


ここ・・!」


 指先まで巡ったエーテルが膨れ上がる。

 全ての音が遠ざかり、心が静かに凪いでいく。

 訪れた静寂の中、ただ一点を睨み据えて、吼えた。


「この一射に賭ける! 『明鏡蒼射レイド・スナイプ』!」


 引き絞った弦から、魔力の矢が放たれる。

 入り乱れる戦場を切り裂いて、青い光が一直線に駆けた。

 必中必殺の一矢。勝利を撃ち抜く閃光。


「届けえええええええええっ!」


 空を駆け抜けた眩い矢が、狙い違わず、魔族の核を打ち砕いた。


 


◆ ◆ ◆





───────────────────




【追放魔術教官の後宮ハーレム生活】の3巻が、2/19(土)に発売となります。


いつも温かく応援くださっている皆様のおかげです、本当にありがとうございます。


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■書籍版『追放魔術教官の後宮ハーレム生活』

ファンタジア文庫特設サイト【https://fantasiabunko.jp/special/202104harem/】


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