第10話 夜空に咲く花
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
次の日。
昼すぎから、第二回魔術講座を開催した。
花火の役割を分担するため、グループを二つに分けて特訓する。日が傾く頃には、ほとんどの少女が安定して魔術を放てるようになった。
何度もシミュレーションを重ねて、迎えた夜。
王宮は今頃、歓迎の儀の真っ最中だろうか。後宮でも祝宴を開こうということで、広場にテーブルを出し、ごちそうが並んでいる。
「ついに、後宮にはお声が掛からなかったわね。やっぱり、前の勇者さまのことがあるから……」
「いいじゃない、せっかくのお祝いですもの、楽しみましょうよ」
明るい笑い声と、お祭りのそわそわした雰囲気。なんだか文化祭みたいだ。
「全員、準備できたか」
「はいっ」
広場の中央に、魔力量豊富なマノンが立ち、それを囲むようにして他の姫たちが二重の円に並んでいる。
遠く、王宮の方角がパッと明るくなった。
屋根の上に登って偵察していた侍女が叫ぶ。
「花火が始まりました!」
「よし。リゼ、頼む」
視線を送ると、リゼが緊張した面持ちで声を張った。
「
まずは円の内側に並んだ少女たちが、魔力を練りはじめる。
俺はそれぞれの魔力に目を配った。
最高潮になるタイミングを見計らって、合図を出す。
「
リゼやティティを中心に、火と水を得意とする少女たちが、頭上に向けて一斉に魔術を放つ。
「『浮魔球』!」
広場の上空に、魔力の球がいくつも生まれる。
ふわふわと浮かぶ色とりどりの魔球に向けて、マノンが手を掲げた。
「いきますよ~! 特大『風魔矢』!」
上空に向かって、風の柱がごうっ! と逆巻いた。
光の球が夜空に打ち上がり、みるみる遠ざかっていく。
「
リゼの声に応えて、魔矢部隊が上空に指を向ける。
「三、二、一、……今!」
俺の号令に合わせて、一斉に放たれた魔矢が夜空を切り裂き、はるか上空の浮魔球を撃ち抜く。色とりどりの球が弾けて、夜空に大輪の花が咲いた。
わあっと歓声が上がる。少女たちが手を取り合って飛び跳ねた。
「すごい、すごーい!」
「なんてきれいなんでしょう! 魔術とは、このような使い方もできるのですね!」
光の欠片が、夜空を彩る。みんなの魔力をひとつに束ねた、大輪の花。
空を見上げていると、たくさんの笑顔が俺を取り囲んだ。
「ロク先生! わたし、魔術がこんなに楽しいなんて、知りませんでした!」
「これからもよろしくお願いします!」
少女たちの瞳は、きらきらと輝いていて――ふと、もうこれ以上、嘘をつき続けることはできないなと思った。
リゼを見ると、頷いてくれた。
俺は少女たちに向き直り、「ごめん」と言った。
「俺は、魔術の講師じゃないんだ」
みんながびっくりした顔で俺を見る。
「実は二日前に、異世界から転生してきて」
「えっ、じゃあ……」
驚きと興奮、期待の入り交じった表情。
しかし俺は、首を横に振らなければならなかった。
「でも、勇者じゃない。魔術が使えないんだ。スキルも、その……魔力錬成っていう、誰にでもできるスキルしかなくて……本当の勇者は、俺じゃない。俺と一緒に召喚された、もう一人の男なんだ」
頭を下げる。
「騙してごめん。みんなの期待してた勇者じゃなくてごめん」
「そんな……」
少女たちは声を失っていたが、やがて首を振った。
「謝ることなんて、ひとつもございません」
「そうです、魔術講座、楽しかったです。ロク先生はとてもお優しくて、一人一人に目を配って、どんな小さな相談にも親身になって一緒に考えてくださって」
「私たち、ロク先生が後宮の主さまならよかったのにねって、みんなで話していたんです」
「みんな……」
リゼが「ロクさま」と微笑む。
「たとえ勇者じゃなくても、ロクさまが後宮の主と定められたことに変わりありません。私はロクさまに救っていただきました。返したいご恩があるのです。ロクさまが心安らかにお過ごしになれるよう、これからも精一杯お仕えします」
「私も」
「また、魔術を教えてください!」
少女たちの声が重なる。
胸に温かいものが広がった。
「ロクさま」
顔を上げる。
マノンが微笑んでいた。
「まだ、ロクさまに勇者の資格がないと決まったわけではありません」
「え?」
「勇者は神器が選ぶもの。神器を手にして、初めて勇者として認められます。ですので、異世界より召喚されたお二人のどちらが正式な勇者とはまだいえませんし、どちらも勇者である可能性もあります」
「……――」
白銀の魔力が通う右手を見下ろす。
役立たずと……無能と切り捨てられたこの俺に、まだできることがある……?
マノンは胸に手を当て、厳かに膝を折った。
「私たちは、いにしえの神話から脈々と続いてきた神姫の魂を継ぐ者。今この時より、ロクさまを支え、癒やし、歩みを共にするのが私たちの使命。後宮一同、誠心誠意、ロクさまにお仕えいたします」
マノンに続いて、少女たちが一斉に頭を垂れる。
「みんな……」
マノンがにっこりと笑って、手を叩いた。
「さあ、宴を! ここに最上の主を迎えたことを言祝ぎましょう!」
宮女たちが水を得た魚のように動き出す。後宮の少女たちは、息を合わせて次々に花火を打ち上げた。
異世界の空に花が咲く。侍女たちが楽器を持ち寄り、音楽を奏で始めた。色とりどりに染まる空の下、たくさんの笑顔が俺を迎える。
「ロクさま、ようこそ後宮へ!」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
打ち上がる花火の下、あどけない笑顔が咲く。
少女たちに手を引かれて笑っているロクの横顔を見ながら、マノンは目を細めた。
ロクが、リゼの本来の魔術を解放し、凍えた魂を溶かした時。
この人が、この人こそが、救世主なのだと思った。
後宮に集った、可愛い令嬢たち。もちろん、華やかな生活に憧れて入った者もいる。勇者を支えるという崇高な信念のもとに、自ら望んで入宮した娘もいる。だがその一方で、親に疎まれて居場所をなくし、あるいは身を売られてきた娘たちもいた。
楽しげな笑い声に身を委ねながら、目を閉じる。打ち捨てられ、人々の記憶から忘れ去られるのを待つばかりだったこの後宮に、こんなに明るい声が響くのはいつ以来だろう。
この人ならば、きっと彼女たちを幸せな未来に導いてくれると、そんな気がした。
そして、と心の中で小さく呟く。
そして、最後の最後でいいから、私の夢も、叶えてくれたら、とても嬉しい。
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