第9話 歓迎の儀へ向けて

 リゼが「そうだ!」と手を打った。


「明日の歓迎の儀に合わせて、後宮でも花火を打ち上げられないでしょうか? みなさま、今日だけであんなに魔術を使えるようになったのです、練習すれば花火だってできそうです!」

「花火?」


 マノンが引き継ぐ。


「明日、勇者さまが召喚されたことを祝って、歓迎の儀という祝宴が催されるのですが、その際、王宮お抱えの魔術士たちが魔術で花火を打ち上げるのです。魔術の腕試しも兼ねていて、一番見事な花火を打ち上げたものには、ご褒美があるそうですよ」


 それは楽しみだ。


 しかし、マノンは小首を傾げた。


「ですが、花火は複雑な魔術の組み合わせ。上級魔術士でも難しいと聞きましたが……」


 リゼが「そうですか……」としょんぼりする。


 俺はちょっと考えて口を開いた。


「なら、みんなでひとつの花火を作るっていうのはどうだ? ひとつひとつの役割を分担して」

「わあ、それおもしろそー!」


 ティティが足をぱたぱたさせるが、マノンは鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をしている。


「みんなで、ですか」

「難しいかな?」

「あ、いえ。ただ、魔術士にとって、魔術は努力と血脈の結晶であり、誇りそのもの。連携ならともかく、他者と合わせてひとつの魔術にするというのは、あまり聞いたことがなく……」


 技術というより、プライドの問題ということだろうか。


 すると、ティティが手を挙げた。


「ティティは、別に抵抗テーコーないよ。みんなでキレーな花火打ち上げたほうが面白そうだもんね!」


 その意見に、マノンもにっこりと笑って頷く。


「そうですね。後宮のご令嬢たちは、もともと魔術士というわけではないので、その辺はフラットな方が多いかもしれません」


 俺は紙とペンを手に取った。


「じゃあ、なるべく初歩の魔術を組み合わせよう。メインを浮魔球の応用にして……」


 一人一人の魔力回路を思い出しながら、役割を振り分ける。


 リゼは頬を紅潮させて拳をぶんぶんと上下に振った。


「私、がんばって練習します! 勇者さまの歓迎の儀なら、ロクさまの歓迎の儀でもあるのですから、盛大にお祝いしなければ!」


 リゼはどうやら、俺が勇者だと信じて疑っていないらしい。その無邪気な信頼がなんだか嬉しくて、「ありがとう」と笑う。


「よーし、特訓がんばろー!」


 ティティの声に合わせて、俺たちは「おー!」と拳を突き上げた。




 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆




 王宮の北東にひっそりと建つ、召喚の間――別名、銀果宮。


 藍色の夜空に、大陸樹が枝を張っている。


 一昨日自分が召喚された場所で、リュウキは自分の前に居並んだ男女を睥睨した。


 ディアナが恭しく頭を垂れる。


「リュウキさま。こちらが、ギルドよりSランクの評を受けた、選りすぐりの冒険者たちでございます。リュウキさまには、この中から幾人かをお選びいただき、パーティーを組んでいただきたく」

「パーティーだ? 別に、必要ねぇだろ」

「仲間をまとめる力も、神器に認められるための大切な素養でございます。まずはパーティーメンバーとともに近隣の魔物を倒し、レベルをお上げください」


 豪奢な箱に収められ、大仰に祀られている神器の数々を、リュウキは忌々しい思いで見遣った。


 その『神器が持ち主を選ぶ』というシステムが、そもそも気に入らない。世界の危機なんだろ、おとなしくオレに使われておけ。


 ディアナはリュウキの心を読んだように微笑んだ。


「もちろん、リュウキさまが既に無類の英雄であることは存じております。しかし魔族を、ひいては魔王を倒すためには神器が必要不可欠。特に、北方を脅かす魔族――『暴虐のカリオドス』は強敵です。念には念を」


 リュウキは息を吐くと、冒険者たちに向き直った。


 白いローブに身を包んだ神官が、右端に立っている男から紹介を始める。


「この剣士は、『金蠍騎士団』に所属する、ガリフ・エルニアでございます。幼少のみぎりより神童と呼ばれ、大陸でも三本の指に入ると誉れ高く……」

「構えろ」


 リュウキの言葉に、剣士がぴくりと眉を跳ね上げる。


 リュウキは進み出ながら、昨日下賜されたばかりの剣を抜いた。


「聞こえねぇのか。構えろって言ったんだ。この世界のSランクってやつがどれくらいのものか、オレが直々に試してやる」


 剣士は一瞬押し黙り、剣を抜いた。その切っ先が、ひたりとリュウキを見据え――


「『勇壮鼓舞ナイト・ブースター』」


 リュウキは小さく呟くと同時、踏み込んだ。


 石床が砕け、身体が一瞬で加速する。


 両者がすれ違った、ほんの刹那の間。


 リュウキの剣が、相手の剣をはね飛ばしていた。


「ぐっ……!?」


 腕を押さえて膝を突く剣士を見下ろす。


「で?」


 周囲の神官からおお、とどよめきが湧いた。


「な、なんという速さ!」

「Sランク冒険者さえ太刀打ちできないとは……!」

「嘘だろ、金蠍のガリフを一瞬で……っ」


 おののく冒険者たちを見て、リュウキは「こんなもんか」と口を歪めた。


「全員帰らせろ」

「し、しかし……!」


 神官を遮るように、天に向けて手をかざす。


「『紅蓮炎』!」


 咆哮に応えて、深紅の炎が夜空に逆巻いた。


「ひ……!」


 神官が腰を抜かしてへたり込む。


「きょ、極大魔術……っ!?」


 凄まじい威力に後ずさる冒険者たちを、リュウキは慢侮の目で眺めた。


「Sランクの冒険者が、なんでレベル1の俺より弱ぇんだよ。話にならねぇだろ」


 悔しげに歯ぎしりする剣士の前にしゃがみ込む。


「オレはさぁ、剣なんて昨日初めて握ったんだよ。で? おまえは、なんだって? 幼少の頃から? 血の滲むような鍛錬を重ねてきたわけだ。それはご苦労だったなぁ、神童サマよぉ」

「ッ……!」


 鼻を鳴らして立ち上がると、神官に命じる。


「次はもっと骨のあるヤツを呼べ。俺の供に相応しいヤツらをな」


 冒険者たちが帰されたあと。


 不機嫌に舌を打つリュウキに、ディアナが「リュウキさま」と歩み寄る。


「なんだ。文句あるのか」

「いいえ、まさか」


 ディアナはにっこりと微笑むと、リュウキの腕に指を絡めた。


「さすがはリュウキさまですわ。なんといっても、リュウキさまは一流の勇者。付き従う者も一流でなくては」


 ふ、と笑みがこぼれる。


 そうだ、オレは選ばれたのだ。剣なんて持ったこともないのに、身体が動く。スキルなんて使ったこともないのに、何をすべきかが分かる。この世界に転生した瞬間から、何もかもを授かった。一流の剣技も、至高の魔術も、最強のスキルも。当然だろう、オレは英雄になるために喚ばれたのだ。ただ一人の勇者として。


「明日の歓迎の儀では、リュウキさまの御名が大陸中に轟くことになりましょう。楽しみですわね」


 ディアナの声が、心地よく耳を撫でる。


 あの男はどうしているだろうか。まるでオレを引き立てるために存在しているような、無能で使い道のない、あの可哀想な男は。


(せいぜい掃きだめの後宮で、鼻の下を伸ばしていればいい。おまえが女にうつつを抜かしてる間に、オレが世界ごと救ってやるよ)


 乾いた夜風に、大陸樹がシャラシャラと鳴っていた。

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