第8話 初めての魔術講座
そして、翌日の昼過ぎ。
後宮の中央にある広場で、急ごしらえの魔術講座がはじまった。
石畳の広場に、ドレス姿の少女たちがずらりと並んでいる。
その数、およそ五十人。
……どうしよう、会社員時代の新人研修より多い。
少女たちがきゃっきゃっと華やいだ声を交わす。
「外部から講師の先生を、それも殿方をお招きするなんて、いつ以来かしら」
「どんな講義なのかしら、楽しみね」
魔術の知識については、マノンが貸してくれた本で一夜漬けしたが、果たして通用するだろうか。
がちがちになっている俺の背に、小さな手のひらが添えられた。
「ロクさま、大丈夫です。リゼがついています」
俺を一心に見つめる双眸に、緊張がふっとほどける。
「ありがとう」
リゼは微笑むと少女たちに向き直り、ぺこりと頭を下げた。
「みなさま、お集まりいただきましてありがとうございます。このたび、後宮でも教養の一環として、魔術の基礎を学ぶことになりました。本日より魔術の講師をしていただきます、ロク先生です」
「ええと、初めまして、ロクです。よろしくお願いします」
たどたどしく自己紹介をして、さっそく実践に移る。
「じゃあ、それぞれ魔力を練ってみてくださ――あ、いや、練ってみてくれ」
マノンから、「
と、最前列の少女がおずおずと手をあげる。
「先生。魔力を練るとは、どうすれば良いのでしょう?」
そうなるよな。
マノンに聞いたところ、学校で教わる魔力錬成の方法は、すこぶる簡単。『意識を集中し、大気中のマナを感じ、魔力を練る』。
……実に抽象的だ。目に見えないものだけに、言語化が難しいのだろう。
――だが、俺なら直接
「まずは深呼吸して。鼻から吸って、肺をいっぱいにふくらませて、口から細く吐く」
俺の言葉に、少女たちは素直に従った。
少女たちの身体に、光の模様――魔力回路が浮か上がった。
火が熾るように、少しずつ輝きを増していく。
魔力の光は、おおよそ四色。大きく分けて、赤、青、緑、黄色。
おそらく四元素の属性――火、水、風、土に対応しているのだろう。どうやら個人の体質や気質ごとに、それぞれ相性の良い属性があるらしい。
まれに紫とか金色の子もいるが、属性が混ざっているのか、もしくは四元素以外の属性があるのか。
俺はひとまず、少女たちを色ごとに四つのグループに分けた。
「まずは、『
『浮魔球』は魔術の基礎中の基礎とされているらしい。
これが属性によって、『炎魔球』や『水魔球』になるという。
「リゼ、手本を見せてくれるか」
「はい!」
俺はリゼの背中に手を添えた。リゼの全身に、赤い模様が浮かび上がる。
リゼが「『炎魔球』!」と唱えると、赤い光が空中に現れた。
「まあ、なんてきれいなの!」
「素晴らしいですわ、リゼさま」
他のご令嬢たちの賞賛を浴びて、リゼは嬉しそうにはにかんでいる。
「じゃあ、もう一回呼吸から。ゆっくり繰り返すのをのを忘れずに」
魔力の通い方にも、それぞれ個性がある。身体の一部だけ強かったり、流れが速かったり。
俺は列の間を歩きながら、細かくアドバイスして回った。
「ちょっと呼吸が早いかな。もっとゆっくり、深く。君は、お腹の辺りに意識を集中して。そう、うまいぞ」
俺の指導を受けた少女たちがひそひそと声を交わす。
「なんだか不思議な魔術講座ね」
「小さい頃、家庭教師の先生に習った時は、とにかく実践という感じだったけれど……なぜ魔力を練るだけのことに、こんなに時間を掛けるのかしら?」
おおよそ、全員の魔力回路が整った。
「じゃあ、深く息を吸って」
みんなの魔力の輝きが最高潮になるタイミングを見て、告げる。
「唱えて」
「「「『浮魔球』!」」」
少女たちの声が重なり――広場に、無数の光の球が現れた。
わっと歓声が上がる。
「す、すごい! こんなに簡単に!」
「わたし、魔術って初めて使いました!」
「ティティもできたー! ロクちゃん先生すごいね!?」
どうやら成功だ。
少女たちは手を取り合って大はしゃぎだ。見ているこちらまで嬉しくなる。
「よし。次は『
「「「はい!」」」
『魔矢』は『浮魔球』と同様、初歩の魔術だ。
マノンによると、魔力を矢のようにして一直線に放つらしい。
それぞれのグループに分かれた少女たちが、的に向かって一列に並ぶ。
さっきと同じように、魔力が整うまで呼吸を繰り返させる。
そして。
「唱えて」
「「「『魔矢』!」」」
細い指先から放たれた光条が、次々に的を撃ち抜いた。
「できた、できた!」
「すごいわ! 今までどんな偉い先生に教えてもらっても、成功しなかったのに!」
「魔術って、貴族にしか使えないと思ってましたぁ!」
少女たちはめいめいに飛び跳ねて大盛り上がりだ。
その様子をほほえましく見守っていると、リゼが近寄ってきてそっと耳打ちした。
「あの、ロクさま。もしよろしければ、あの子たちにも教えていただけませんか?」
リゼが示す先、壁際に並んだ侍女たちが、楽しげな主の様子を羨ましそうに見学していた。
「もしよかったら、みんなもやってみないか?」
そう声を掛けると、嬉しそうに笑ってわっと駆け寄ってきた。
「ロク先生、魔力を練るって、どうやればいいのですかっ?」
「魔術の基礎も知らないのですが、私にもできるでしょうか?」
きらきらと目を輝かせた女の子たちに囲まれながら、俺は慌てて指示を出した。
「えっと、じゃあ、一列にならんで。まずは魔力を視るから……」
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初めての魔術講座は無事に終わった。
後宮の少女たちはもちろん、侍女たちも「魔術、初めて使いました!」「すごいです! 明日の講座も楽しみにしてます!」と大はしゃぎだった。
即席魔術講師をすることになった時は焦ったが、どうやらなんとかなったようで良かった。
夕食後、リゼたちは再び俺の部屋に集まっていた。
「ロクさま、本当にすごいです! これまでお会いしたどんな先生よりも分かりやすくて、優しくて、皆さまとても驚かれていました! リゼは一生ついて行きます!」
リゼは興奮に頬を上気させている。
その隣で、マノンが信じられないとばかりに苦笑する。
「まさかほんの数時間で、ほとんどの姫が魔術を使えるようになってしまうとは」
「そんなにすごいことなのか?」
なんだか、みんな簡単に使っているように見えたが……
マノンは首を振った。
「まずあり得ないことです。規格外と言ってもいいでしょう。それこそ、魔術の歴史が覆ります」
俺は思考を巡らせた。
「血筋と才能と努力、か……」
『魔力錬成は、魔術を使う人間なら誰でもできる』。
ディアナ王女は確かにそう言った。けれど、もし
(
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